芒果布甸/Mango pudding



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 朝目覚めると……なんだろう?


 なんとなく……そういう気分だった。


 無性に人肌が恋しくて。


 このところ、新しいプログラムに没頭していて、やっとマルレの演奏も思い描いていたものに近づいてきて。


 今日ももちろん練習はあるけれど……。


 アイツにもだいぶ会ってない。


 何してるかな?


 今日も学校だろうけど……明日は水曜日だから学校は休みのはず。


 そう思ったら、もう今晩の予定はそれしかないと思った。


 俺は携帯を取り出すと、メモリーからのだめの番号を呼び出し、発信ボタンを押した。





 恋歌






 コール音が数回鳴って、留守電に繋がる。


 アイツに一度で連絡がつかないことくらい想定内だけど、なんだか今日の俺は余裕がない。


 メールしても……きっと返信はなかなか来ないだろう。


 そうだ……黒木君は今日は学校から練習に来るっていってたよな?


 黒木君にメールして……のだめに俺に電話するように伝えてもらおう。


 そう思って黒木宛てのメールを書こうとしていたその時……。


 ブブブ……。


 携帯が着信を知らせて震える。


 「も、もしもし?」


 「アロー! のだめデス。先輩、電話くれまシタ?」


 めずらしい。


 のだめが着信を見て、すぐに連絡してくるなんて……。


 「お前、いま……学校?」


 「そデスよ? レッスン室でかなり集中して弾けたカラ、時間を確認しよう と携帯を見たところだったんデス。
 そしたら先輩から着信あったので。愛のテレパシデスかね?ゲハ」


 「……なぁ、お前これから何か予定あるか?」


 「イイエー。別にないデスよ?」


 「ふうん……明日は学校、休みだよな?」


 「はい、そデスけど……どかしまシタ?」


 「いや、別に何かってわけじゃないんだけど……」


 「先輩は忙しいんデショ? 新しいプログラムやってるから大変だって、黒木クンが言ってまシタ」


 「うん、まぁな……。でも、だいぶ形になってきたし、それに……お前とも結構会ってないから、どうしてるかなと思って……」


 「ふぉ? のだめのこと、気にしてくれてたんデスか? 恋しくなったとか?」


 「そっ、そんなんじゃねーけど……今日、マルレの練習終わったら……、俺の部屋来ない?」


 「むきゃ? お誘いデスか?
 そデスねぇ……のだめここんとこ、ちょっとした引きこもり状態だったカラ、できればお外デートがいいデス。

 そデスね……ほら、コンコルド広場の大観覧車? いつかって言ったきり、まだ乗ってないじゃいデスかー。もうすぐ終わっちゃうみたいだし。のだめ、あれ乗ってみたいデス」


 「え……」


 のだめとデート。しかも大観覧車……。


 コイツとどこかに出かけて、アクシデントもなく予定通りに進むことなんて……はっきり言ってあまりない。


 しかもなぜ観覧車? 嫌がらせか?


 「なぁ……それ今日じゃなくてもいいだろ?」


 「えー! 思い立ったが吉日デスよ? それに、いつも先延ばしにしてたら、またいつ行けるかわかんないし……結局それでずっと行けてないんだし……」


 いつもなら、ここで俺が折れて、のだめの希望どおりに約束をして落ち着くところだ。


 メシでも食って、それから俺の部屋かあいつの部屋に泊まるパターンでもいいかとは思ったんだけど。


 なんだかこの日の俺はおかしかった。


 最短コースで、余計な寄り道はせずに、のだめをベッドに連れ込みたい。


 「今日はだめ。却下」


 「ええーっ! なんなん? 先輩って、いっつもそうやって俺様でカズオでっ! ヒドイッ!」


 「カズオでもなんでもいい。学校出たら、まっすぐ俺の部屋に来い」


 「どしてデスか? 納得できるような説明してくだサイよ?」


 「え……」









 俺のことを俺様だとかカズオだとか言うけど、いつもアイツの突然の思いつきとか、行動に振り回されて、言いなりになっているのは実際俺のほうだ。


 だからきっと、いつもと違う様子の俺に、のだめなりに違和感を感じたのだろう。


 「……朝からそういう気分だったんだよ」


 「……へ?」


 「俺は観覧車なんか好きじゃない。でも、お前が乗りたいっていうなら、付き合ってやってもいいと思ってる。
 だけど、今日はそういうゆとりというか……余裕がないくらい、お前とその……」


 口ごもって、無言が続いたあと、のだめが動物的直感をはたらかせて言う。


 「……真一クン、発情?」


 「なっ……」


 「でも、そゆうことデショ?」


 「……」


 「否定なしデスね。
 つまり……のだめで自分の性欲を処理しようと?」


 「……露骨な言い方すんな」


 「だって……そゆことデショ?」


 「……だめか?」


 「……真一クン次第デス。
 のだめをその気にさせるような台詞、カモンデス!」


 「え……今か?」


 「そデスねぇ……30分くらいなら、待ってあげてもいいデスよ?  30分過ぎてもその気にならなかったら、のだめ今日は大人しく帰りマス」


 「えっ……なんだよそれ……」


 「どしまシタ? のだめ、帰ってもいいデスか?」


 「まっ、待てっ!……会ってからでもいいだろ?」


 「いやデス! 会っちゃったら真一クン絶対、なし崩し的にのだめのこと襲うデショ?」


 「人聞きの悪いこと言うな……」


 「帰りまショウかね……」


 「の、のだめさん? あの……電話ではちょっと……」


 「しょうがない男デスね? メールでもいいデスよ?
 ムラムラするようなやつ、お願いしマスね?
 では、a plus!」


 「……はぁ」


 ああ、どうして俺は、いつものだめに勝てねーんだ?









 思ひいづる ときはの山の いはつづじ
 いはねばこそあれ こひしきものを


 逢ひみての のちの心に くらぶれば
 昔はものを 思はざりけり


 真一は和歌を二つメールに打ち込み、少し考えてから現代語訳を打ち込み始める。


 あなたの事を思い出す時は、口にはしないけど、本当は好きでたまらない


 あなたとの夜を知ったあとの思いに比べれば、それ以前など何も感じていなかったのと同じだ


 そして、さらに考え込んでから、短く用件だけ打ち込み、送信ボタンを押す。


 俺は今、ものすごくお前としたい。
 だから、このメールを見たら、俺の部屋に来い。

 真一


 「ふぅ……。今夜、覚えてろよ……」


 真一は大きく深呼吸をすると、どっと疲れた身体を引きずるように、練習場へと向かった。


 メールの送信先を間違えたことに気付くのは、それから数分後のことで……。


 コンヴァトのカフェテラスで、真一が慌てて送りなおしたメールを読みながら、頬を真っ赤に染めるのだめ。


 不幸にも誤って送信されたメールの宛先になった黒木は、友人の様子を見て、その後、自分にふりかかる災難など想像もせずに微笑んだ。


 そんな平和で、よくある午後のパリの風景。


 めでたし、めでたし。



--------END---


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 えと……真一クンとのだめは日本語メールのやりとりしてねーだろっ?!というツッコミは、真一クンの精一杯と、黒木クンに免じてお赦しください(笑)


 思ひいづる ときはの山の いはつづじ
 いはねばこそあれ こひしきものを≠ヘ古今和歌集(読みびとしらず)より。

 逢ひみての のちの心に くらぶれば
 昔はものを 思はざりけり≠ヘ小倉百人一首(権中納言敦忠)より。

 恋愛は、昔も今も変わりませんね。はうん、ロマンチック。


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