芒果布甸/Mango pudding



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 コンヴァトからマルレの練習場に到着すると、入口でそわそわと常任指揮者が待ち構えていた。


 僕の顔を見ると、慌てて駆け寄ってくる千秋君。


 どうしたんだろう?


 「黒木君、俺からのメール見た?」


 「え? メール? ごめん見てないや。今……」


 「あーーーーーっ! それっ! 見ないでくれっっ!」


 「え……?」


 「そ、それっ! 間違えて送信しちゃったメールなんだ。
 見ないでそのまま削除してくれるかな?」


 「う、うん、わかった……」






 黒木クンの災難






 千秋君が必死だ。


 了承の返事をしたのに、まだ僕のことを凝視して、動こうとしない。


 「あ、ああ……今この場で削除したほうがいい?」


 「で、できれば……」


 千秋君はそう言って、ぎこちない笑顔を浮かべる。


 「わかった。ちょっと待ってね……」


 僕が携帯をとりだしていると、練習場の入口から、テオが飛び出してきた。


 「チアキーっ! なにやってるんだよっ、コンマスが怒鳴ってて僕にはどうにもできないよっ! 早くきてよっ!」


 千秋君はテオの言葉にいらだちと諦めの表情を浮かべると、僕のことを懇願するような表情で見つめる。


 「千秋君、絶対にメールは見ないから。安心して行きなよ」


 「……ごめん。黒木君のこと信頼してるから。頼む」


 そういって、僕に向かって両手を合わせると、千秋君はテオを怒鳴りつけながら戻って行った。









 一人残された僕の右手には携帯があって、待受画面には確かに一通の着信メールを知らせるメッセージが表示されていた。


 いつもクールで冷静な千秋君だけど……あんなふうに取り乱すことがあるとすれば……恵ちゃんかな?


 恵ちゃんに送ろうとしていたメールを、間違えて僕宛てに送信してしまったとか?


 千秋くんをあそこまで必死にさせて、僕に読ませたくない恋人宛てのメールって……どんな内容なんだろう……。


 ものすごく気になる。


 恋人宛ての人に見られたら恥ずかしい(決めつけ)メール。


 恋人にだけささやくような甘い言葉とか、ロマンティックな台詞なんだろうか。


 千秋君と恵ちゃんも、ああみえてやることはちゃんとやってるんだろうし……(想像して赤面)


 な、なに考えてるんだ、僕は!


 友人たちのプライベートを覗き込むようなこと……こんなこと良くないとわかっていても、気になり始めたら思考はそのことでいっぱいになってしまう。


 自分の中の悪魔が囁く。


 気になるなら見てしまえ。


 見ないで削除してしまったら、一生後悔するぞ?(おおげさ)


 同じ後悔するなら、見ないより見たほうがいいに決まってるじゃないか?


 お前がメールを見たかなんて、本人には言わなければわからないことだ


 自分の中の悪魔に、欲望を支配されてしまった黒木の右手が着信メールを開封しようと指をのばした瞬間……。


 「あら首席? こんなところでなにやってるの?」


 「うわあああっ!」


 ノエミから突然、声をかけられた。


 「くくく……なんだか悪いことしようとしてた子供が、見つかったみたいな驚きようね?(するどい)」


 「ななななに言ってるの? 急に声をかけられて驚いただけだよ……」


 「……ふーん。練習、行かないの?」


 「……今行く」


 肩をすくめてつまらなそうな表情を残して、立ち去ったノエミの後ろ姿を見送る。


 ああ驚いた。今も心臓がバクバクとうるさい。


 やっぱりこんなことしたらダメだ、千秋君の信頼を裏切ることなんて僕にはできない。


 やっぱりメールは開封しないで削除しよう。


 黒木は千秋からのメールを選択すると、目をつぶって削除ボタンを押した。









 オーボエを手に練習場に入ると、すでに千秋君は指揮台に上がり、総譜をチェックしていた。


 席について準備をしていると、ふと視線を感じて顔を上げる。


 すると、自分のことを心配そうに見つめる千秋君と目が合った。


 きっとメールのことを心配しているんだろう。


 僕は笑顔をつくって、大丈夫≠ニ声に出さずに口の動きだけで千秋君に伝える。


 千秋君はわかってくれたようで、ほっとしたように表情を緩めるとありがとう≠ニ唇だけ動かし、両手を合わせた。


 やっぱりあの時メールを開封しないでよかった。


 もしメールを開封していたら、一時の好奇心は満たされたとしても、恥ずかしさのあまり千秋君の顔を直視できなかっただろうし、僕は一生後悔と罪の意識に苛まれて、重い十字架を背負って生きて行かなければならないところだったはず(おおげさ)


 練習が終わり、僕は千秋君を安心させてあげようと、千秋君のもとに向かう。


 「あの、千秋君……」


 僕の呼び掛けに気づいて千秋君が振り返ったところに、ノエミからふいに声を掛けられた。


 「ねえ首席、さっきすごい真剣な顔で見てたメール、あれなんだったのよぉ?
 声かけたときの驚き方、半端じゃなかったしぃー。
 ずっと気になって、ちっとも練習に集中できなかったんだから、責任とってちゃんと教えてよ?」


 「えっ、いやっ、あの、それは……」


 ノエミの台詞に千秋君の顔は、信じていた者に裏切られた驚きと悲しみが入り交じった、それは複雑な表情を浮かべていて……。


 「ち、千秋君っ、違うよ?
 本当にメールは見ないで削除してるから安心して?
 ノエミは知りもしないくせに、変なこと言わないでよ!」


 「ふーん……。なんか知らないけど、千秋絡みだったんだ?
 なんか最悪のタイミングで余計なこと言っちゃった的な?」


 「いやだから、誤解なんだってば!メールは見てないんだよ!余計なことじゃなくて、事実無根なことだから!(必死)」


 僕の剣幕にさすがのノエミも口を閉ざし、おとなしく引き下がったけど。


 ああ、最悪だよ!


 「あの黒木君……」


 ずっと黙ったままだった千秋君が口を開く。


 「俺は黒木君のこと信頼してるし、読まずに削除してくれたっていう言葉を信じるよ」


 「千秋君、ありがとう。それだけが紛れも無い真実で、それしか事実ではないんだから、本当に安心してね?」


 「うん……でももし……俺が黒木君の立場だったら、つい開封して読んでしまったとしても、それは人として当然の欲求だし、理解できる。
 だから俺は、決して黒木君のことを責めたりしない……」


 「いや、あのだから……本当に読んでないんだよ(涙)
 たしかに好奇心に駆られて、見てしまおうかと思ったことは否定しないけど、すんでのところで踏み止まってるから!」


 「うん、信じるよ……。
 でも、もし見てしまったのだとしたら、俺はいつもあんなことしてるわけじゃないから……それだけ信じてくれないかな?
 あれはちょっとした気の迷いというか、ついついアイツに乗せられて……くそっ(鬱)」


 「いや千秋君? 僕は本当に見てないからさっ! だからそんな落ち込む必要なんてないんだってば!」


 僕は必死で千秋君に真実を訴え続けたけれど……。


 猜疑心にとりつかれてしまった千秋君には、僕の言葉は届くことなく……。


 それからしばらく千秋君との関係は、ぎくしゃくしたものになってしまった。


 練習場で会えば軽く挨拶をしても、すぐ恥ずかしそうに視線を外されてしまうし、そうかと思うと視線を感じて顔を上げれば、恨めしそうな千秋君の視線を感じて……。


 僕は無実なのに、なんでこんな目に……。


 こんな仕打ちを受けるのだったら、いっそのこと見てしまえばよかったとさえ思えてくる。


 ていうか、そこまで千秋君を落ち込ませるほどのメールって、一体どんな内容だったの?


 めちゃくちゃ気になるよ!




--------END---


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 ツイッターでフォロワーさんに募集したお題で出た「間違いメール」で書かせていただきました。
 黒木クン視点、初めてですよね?
 黒木クンファンは多くて、今までもリクエストが多かったのですが、なかなか書けなくて……。
 今度はのだめちゃんで書いてみたいです>くろきん
 リクエストありましたら、お気軽に〜!


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