芒果布甸/Mango pudding



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金盥と満月







 ばぁーんっ!


 「千秋せんぱーいっ!」


 のだめがいつものように突然うちにやってきた。


 家主に断りもなく、無遠慮に開け放たれた玄関には、何か、たくらんだような顔のアイツが立っている。


 「断る!」


 「ぎゃぼっ!まだ何も言ってないじゃじゃいデスか……」


 「お前が言ってくることなんて、どうせ決まってる。今度はなんだ?ガスか?電気か?それとも水道か?あ?
 どうせごろ太でも買って金がなくなったんだろ?

 お前もいい加減、ライフラインの重要性というものをだな……」


 「らいふらいん?」


 「……お前、本当に大学生か?その程度の英語理解しろ。
 生命線という意味だ」


 「生命線なら、のだめ自信ありマスよ?」


 ほら、見てくだサイよ?手首の付け根まで、あるでショ?108歳まで生きるっていわれたんデスよ!と、のだめは自慢げに手のひらの生命線を指差し、千秋の顔を覗き込む。


 「……はぁ。そうじゃなくて……、生命線というのは、生きていくために欠かせないものという意味でなぁ……」


 ガックリと肩を落とす千秋に、のだめはしばらく考えてから、ああっ!と声をあげ、手のひらで拳を打って言う。


 「のだめにとって、生きていくために欠かせない生命線は千秋先輩デスよ?

 のだめ、もう先輩がいなかったら生きていけまセンもん……」


 のだめが両手の人差指をつんつんとつつきながら、千秋を上目遣いに見つめる。


 千秋はのだめからの突拍子もない言葉に、顔を真っ赤に染め、途端に落ち着きを失う。


 「ばっ、馬鹿なこと言ってるんじゃねぇ!
 おおおお俺はお前の先輩であって、ここここ恋人でも何でもねーんだから……」


 「だってぇ、先輩のごはん美味しいし、ガスがとまってもお風呂借りられるし、電気とまってもネットも借りられるし……」


 「……」


 のだめの言葉を愛の告白と勘違いし、勝手に真っ赤になって、照れていた千秋は、わなわなと怒りに震え、拳を握りしめる。


 「かっ、かっ、帰れーーーーっ!
 そしてもう二度と家に来るんじゃねぇーーー!」


 「ぎゃぼーーーっ!」









 「もうっ、先輩ってば赤くなったり青くなったり信号デスか?
 とにかく、今日はそんなんで来たんじゃないんデス!
 先輩、今日は何の日か知ってマス?」


 「……また、宇宙規模でくだらないことじゃねーだろうな?」


 「失礼デスねー。とっても風流なことデスよ?」


 「お前が風流ねぇ……。想像もつかねぇ」


 「今日は十五夜デス!一年で一番、月が綺麗なんデスよ?」


 「へぇ……、あ、団子でも作れっていうのか?」


 「まぁ、お団子はあったらあったで嬉しいデスけど……。
 とにかく、今日の月パワーはすごいんデス!お月見しまショウ!」









 のだめがいつものように突然うちにやってきた。


 でも今日は、メシをたかるわけでもなく、風呂やネットを貸せというわけでもなく、月見をするんだという。


 のだめは、自分の部屋に戻ると、結構な大きさの金盥【かなだらい】を持ってきた。


 「お前、こんなものなんで持ってたんだ?」


 「前に、近所のおじいさんが捨てようとしてたのを貰ったんデス、あったら便利かなぁと思って」


 さっそく役に立ちます、ってなんで月見に金盥なんか……。


 ベランダに移動した、のだめが叫ぶ。


 「千秋せんぱーい、タライにお水入れてくだサイ!」


 「……水?」


 キッチンの蛇口が一番ベランダに近かったので、俺は蛇口にホースをつなぎ、蛇口を捻る。


 「出したぞー」


 「はーい」


 たらいに水をはる間、手持ち無沙汰な俺は、結局ついつい団子なんかを作ってしまった。


 器用で、なんでも手早く出来てしまう、自分の手先と頭脳が憎い……(うぬぼれやさん)









 「せんぱーい、水止めてくださーい」


 水道の蛇口を閉め、団子を持ってベランダにいくと、のだめは空も見上げず、金盥の場所を気にしてるようだ。


 「何してるんだよ……」


 「お月見デスよ?」


 「あのなぁ、月ってのは空にあるもんなんだよ、ほらあそこに……」


 見上げた夜空には、大きくて、まんまるで、黄金のように光り輝く満月。


 「すげぇ……」


 俺が月に見とれていると、のだめが声をあげる。


 「よし、できまシタ!」


 「何をやって……」


 のだめの足元にある金盥には、たっぷりと張った水面に、先ほどまで見上げていた満月が映り込んでいる。


 「むきゃっ!風流デショ?」


 「ま、まぁな……」


 「むきっ、先輩素直ぢゃないデス」








 月がだいぶ天上に上がってきた。


 のだめは、金盥の前にしゃがみこみ、中を覗き込んでいる。


 「なぁ?なんでわざわざタライの中の月なんか見てるんだ?」


 「内緒デス」


 「……はぁ?それが、場所を提供して、水まで汲んでやって、団子までつくってやった俺様に言う台詞か?」


 「お団子は頼んでまセンよ?」


 きいっ#


 のだめの言葉に切れた千秋が、思いつめたようにお団子を盛った皿を自分の膝に載せると、すごい勢いで両手をつかって、団子を食べ始める。


 「ごがげぎがっ、じどぶじぼだべざげでー!(お前には、一口も食べさせねー!)」


 「ぎゃぼっ!ち、千秋先輩、無茶なことやめてくだサイー!死んじゃいマスよー!」


 「ぐえっ!げほげほげほっ!」


 のだめは慌ててキッチンから水を汲んで千秋に渡し、背中をごんごんと叩く。


 「もう……、変なとこ子供っぽいんデスよね、先輩は。

 そんなに知りたかったら、のだめの言うとおりにしてくだサイ。
 そうしたら、理由を教えてあげマス」









 「ど、どうすればいいんだよ……」


 大量に詰まらせた月見団子をなんとか流し込み、少し涙目になった千秋がのだめに聞く。


 「じゃあ先輩、のだめの隣に来てくだサイ」


 のだめはしゃがみこんでいた場所から横に移動し、右手をひらひらとさせて、俺にそこまで来いという。


 「しょ、しょーがねーなぁ……」


 本当のことを言えば、なぜのだめがこんなことをするのか、知りたくてしょうがないのだが、仕方なく……といった振りをしてしまうのは、俺の性分だ。


 俺がのだめの横にしゃがみこむと、のだめはうれしそうな、まるで今夜の満月のようにぱっと笑う。


 ちょうど、タライの中の月は、夜空に上っている今夜の満月のように、俺たちから見て中央上部に映り込んでいる。


 「さぁ、千秋先輩、タライの中を覗き込んでくだサイ」


 のだめに言われるがまま、タライを覗き込むと、俺とのだめの顔が並び、そのうえにぽっかりと満月が上っている。


 「……中国の古い言い伝えでは、まぁるい水面に映った十五夜の月と一緒に映り込んだ男女は、永遠の愛を約束されるのデス、ゲハ。


 ……もう、千秋先輩はのだめから離れられまセンよ?」


 じゃばぁーーーーっ!


 千秋は、まるでちゃぶ台をひっくり返す星一徹のように、金盥を一気にひっくり返し、なみなみと注がれた水ともども、十五夜の満月を流し去る。


 「ぎゃぼーーーーっ!何するんデスかーーーっ!」


 「……不吉な呪いを水に流してやったまでだ。

 今度、変なまねしてみろ?
 その時こそ、お前の息の根を止めてやる……」


 「がぼん……」









 「パパー!蕾、うさぎサンが欲しいデス……」


 「う、うさぎさんだな?一つだけだぞ?」


 「むっきゃぁーーーっ!」


 「蕾ちゃん、よかったデスね」


 俺の娘は、俺に似て宇宙一可愛い。母親ゆずりのおねだり攻撃は最大の武器で、俺はそれに勝てたためしがない。


 そして、残念なことに、どんなに俺が努力しても、生まれたときから母親から刷り込まれた奇声も、しっかり受け継いでしまっている。


 「真一クン!のだめ、月餅が欲しいデス……」


 「はぁ……、また食うのかよ?一つだけだぞ?」


 「むっきゃぁーーーっ!」


 「はぁぁ……」


 あの呪いは水に流すことができなかったようだ。


 今年の中秋の名月、香港では中秋節というらしいが、のだめからどうしてもとおねだりされ、シーズンが始まる忙しい時期だというのに、その合間の短いオフを使って香港くんだりまで連れてこられてしまった。


 中秋節を祝う人々が集まるこの公園には、夕食を済ませた香港人の家族たちがぞくぞくと集まってくる。


 公園内には、さまざまな形の紙で作られた、色とりどりの大きなランタンが飾られている。


 公園内の人々も、手にそれぞれ紙でできたランタンを持ち、子供たちはうさぎなどの動物や、蓮の花をかたどったものなど手にしている。


 さっき蕾にねだられて買ったのも白いうさぎの形をした紙ランタンだ。明かりは現代風に電球になっているので安心だ。

 紙ランタンの柔かい明かりに蕾の顔が照らされて、その神々しさに俺はおもわず見とれてしまった。









 一通り、展示されたランタンをみてまわると、芝生の敷き詰められた広場に出た。


 ここで、人々は自分の家族と一緒にレジャーシートなどを広げ、満月を眺めるのだ。


 「あれ、何やってんだ?」


 「むきゃ?ああ、のだめたちもやりまショウ!」


 のだめは露店に向かって走り出し、なにやら手にして戻ってきた。


 「さ、蕾ちゃんはパパと一緒に見ててくだサイね?」


 のだめは真四角な缶のふたのようなものを裏返し、真っ赤なろうそくに火をともしては、何本も並べてゆく。


 「ママ、ろうそく綺麗デスね?誕生日みたいデス!」


 蕾の喜ぶ姿に、のだめは笑って答える。

 ろうそくを全てともすと、手早くシートを敷き、俺は蕾を抱えて、シートに座り込む。のだめもその横に座り込んだ。









 あれから何年がたったのだろう。


 夜空に上る、黄金の満月は、あの時の美しさそのままだ。


 変わったのは、俺たちの関係が夫婦になったことと、もう1人、大切な大切な家族が1人増えたこと。


 「真一クン、なに考えてるんデスか?」


 ろうそくの温かな明かりに照らされて、のだめの瞳がオレンジ色に輝く。


 「内緒……」


 「むきっ、真一クンのけちんぼ……」


 俺は、夜空のまんまるな満月に、のだめの願いをかなえてくれたことを、こっそりと感謝した。



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2010.10.22 香水


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