芒果布甸/Mango pudding



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千秋真一デンタルクリニック






 野田恵17歳。

 育ち盛り、膨れ盛りのぴちぴちの女子高生だが、色恋よりも食べるのが大好きで、朝昼晩の3食のほかにも、おめざ・おやつ・お夜食は欠かせない大食漢。


 食べるのは大好きでも、ずぼらでろくに風呂にも入らない恵は、おのずと歯磨きもおざなり。


 食べて磨かなければできるのは虫歯。


 痛い、痛いと思いつつ放置すること半年。


 恵は猛烈な痛みに昨夜から襲われ、もう我慢できないと大嫌いな歯医者に駆け込むのであった。


 『千秋真一デンタルクリニック』


 友人のまきちゃんの『歯医者に行くなら絶対ここ!』との強烈なプッシュにより決めたその歯科医は、数ヶ月前に開業したばかりにもかかわらず、数ヶ月先まで予約がいっぱいで、連日女性患者が押しかけていることで有名な人気ぶり。


 そんな満員御礼状況にも関わらず、恵は我慢できない痛みがあったため、急患扱いで特別に見てもらえることになった。

 診察室に通され、痛む歯を押さえながら半年前から虫歯が痛むと訴える恵。


 「ひ、ひたひんでふ。な、なんとかひてくらはい。(痛いんデス。なんとかしてくだサイ)」


 すると、歯科医の千秋は、マスクでこもったダースベーダーのように冷酷な声で言い放った。


 「何故、半年も放置していた?」


 「……す、すひまへん……」


 まさか理由を聞かれるとは思わず、とまどった恵はつい謝ってしまう。


 「謝る必要はない。痛む歯で苦しむのは俺ではなく、お前だ」


 「……」


 「お前……、虫歯になっては治療をすることを繰り返しているな?
 なぜだ?なぜ今までの歯科医は、そんなお前の悪行を許していたと思う?」


 「は、はひ?」


 「それはな、こうやって治療前のインフォームドコンセントを怠り、その場かぎりの治療とは名ばかりのやっつけ仕事で患者数を大量にこなすためだ。
 わかるか?」


 「は、はひ……」


 「俺は、そのような儲け第一主義の腐った歯科医とは違う。わかるか?

 野田恵、お前はまだ17歳だ。その能天気な顔を見れば、あと70年か80年は元気に永らえるだろう。
 そのときお前は、好きなものを好きなだけ、美味しく食べたいとは思わないか?」


 「は、はひ……」


 「虫歯・歯周病の原因は歯の汚れだ。
 お前の暴走する食欲を心ゆくまで満たしたいのならば、歯の偉大さ、重要さに今すぐ気付き、しっかりと歯磨きをしろ。」


 「は、はひ……。せんせひ、わはりましたはら、はやく治療ほ……(先生、分かりまシタから、早く治療を)」


 「お前が俺との約束を守って、毎日、朝昼晩としっかり歯磨きができたら、俺が完璧な治療をすることを約束してやる。じゃ、頑張れ」


 「まっ!まってくだはひー!!!」


 インフォームドコンセントとは名ばかりの、歯科奉行千秋真一による長ったらしー説教を我慢して聞いていたものの、それでは痛みが治まるわけもなく、恵は必死で治療台から起き上がると、次の患者へ説教へと向かう千秋の背中に抱きついた。


 がばっ!むにゃにゃっっ!


 「せんせひ……、のだめ今日からいっひょうけんへひ歯磨きしまふから、約束しまふから、この痛いのどうにかしてくだはひ……(先生、のだめ今日から一生懸命歯磨きしますカラ、約束しますカラ、この痛いのどうにかしてくだサイ)」


 「だ、だめだ……、この今の痛みを教訓としてだな……、もう二度と歯の大切さを忘れてはならないと教え込み治療を始めるというのが、俺様の歯科治療のモットーなんだよ……」


 先ほどまで冷徹なダースベーダー然としていたはずの歯科医千秋の様子がおかしい。


 「いやでふ……、せんせひ、のだめを助けれくらはい……」


 ぎゅぅ〜!むぎゅうぅ〜!


 「や、やめっ……」


 背中に力いっぱい張り付く恵を引き剥がそうともがいて、なんとか身体を反転させ、恵の正面を向いた千秋の目に飛び込んできたのは、上目遣いで大きな瞳をうるうると滲ませ、小首をかしげて千秋の白衣の袖をきゅっっとつかみ、無言で訴える恵であった。


 「しょ、しょーがねーな……」


 あっけなく、恵のおっぱい攻撃と、おねだりうるうる攻撃に負け、自らの屈折鬱々の歯科治療モットーを曲げ、痛み止めを恵に施す千秋であった。


 そんなわけで、喉もと過ぎれば……で、恵の歯磨きは三日坊主で終わり、また半年後に飛び込んだ千秋真一デンタルクリニックで、デジャブのような光景が繰り返されるのは、また別のお話。





2010.10.5拍手お礼文としてup。


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