芒果布甸/Mango pudding



■top>>>
■長編 index>>>
■SS index>>>
■About Hongkong>>>
■About site,About me>>>
■備忘録>>>
■link>>>









 シュトレーゼマン音楽事務所の入るフロアに、エレベーターが到着した。


 扉が静かに開くと、中から一組の男女が降り立つ。


 イタリア人だろうか?
 二人とも健康的に焼けた小麦色の肌に、サングラスがしっくりと似合っている。


 長身の男性はスマートにイタリアンスーツを着こなし、インナーのシャツは胸元がゆったりと解放されていて、鍛えられた美しい胸板がちらりとのぞく。


 男性の左腕に腕を絡める女性は、光沢のあるシャンパンゴールドのドレスがボディラインにフィットするセクシーなデザインで、大きく開けられた胸元からは豊かな谷間がのぞいている。


 膝上のドレスの裾からのびる生足は、こんがりと小麦色に焼け、ヒールの高いサンダルが美しいラインを引き立てている。


 二人は事務所のドアの前で一瞬立ち止まりお互いを見つめ微笑みあうと、躊躇することなく慣れた手つきでシュトレーゼマン音楽事務所のドアを開けた。







 2nd Virgin






 「……あの、お約束でしょうか?よろしければお名前を伺えますか?」


 事務所に居合わせたオリバーは、断りもなく侵入した見慣れない二人の男女に、怪訝そうに声をかける。


 「ぷっ!」


 「くくく……」


 そこへ、エリーゼが現れる。


 「あんたたち、調子にのってんじゃないわよ。1ヶ月も休ませてやったんだから、しっかり働いて返してもらうわよ」


 「がぼん……」


 「……予想どおりだな」








 「なんだぁー、チアキとノダメかぁ!すっかり騙されちゃったよー!」


 コーヒーを運んできてくれたオリバーが、驚きの声を上げる。


 「ふんっ、チアキってばトラウマ解消した途端、ビーチリゾートではしゃぎまくったってわけ?ボーヤね、やっぱり」


 「い、いいじゃねーか、師匠からのお祝いを無駄なく楽しんだまでだ」


 そういって、コーヒーを口に運ぶ真一の左手薬指には、鈍く光るマリッジリング。


 「素敵なところでシタよ?今度、オリバーも彼女と行ったらいいデスよ、テンションがマックスまで振り切って、天国見マスよ?」


 のだめの左手薬指にはマリッジリングと重ねづけされたフルエタニティのダイヤモンドリングが輝いている。


 「ああ、あそこは地上の楽園だな……」


 そういって二人はまた、新婚旅行の楽しい思い出に浸っているようだ。


 のだめの輝くリングを見つけ、忌ま忌ましそうに舌打ちをすると、エリーゼはここぞとばかりに言い放つ。


 「思い出に浸ってる暇はないわよ、しっかり稼いでもらいますからね」


 びしっ!


 エリーゼはびっしりと書き込まれた二人の今後のスケジュールをテーブルに叩きつけると、不敵な笑みを浮かべる。


 「がぼん……」


 「……鬼……」









 「ごめんなサイ……」


 「……なんでお前が謝るんだよ」


 あれから1ヶ月、幸福感でいっぱいだったはずの二人は、深刻な表情を浮かべ、視線も合わすことなく、キッチンのダイニングテーブルで向き合っていた。


 新婚旅行から帰ってくると、二人には余韻に浸る暇がないほど、忙しい日常が待っていた。


 1ヶ月後にのだめが演奏するピアノコンチェルトで、タクトを振る予定の指揮者が、突然気まぐれにこんなことを言い出したからだ。


 「ワタシもビーチリゾートにバカンスに行きたくなりまシタ、チアキ、後のことは頼みましたヨ?」


 「はぁ?それはどういう意味ですか……」


 「チアキばっかり楽しんでズルイ。ワタシの代わりにチアキが振ればいいでショ?」


 「マエストロ!」


 エリーゼがシュトレーゼマンの提案にあわて、大声をあげる。


 「それって……、のだめと先輩が共演ってことデスか?」


 突然のことに呆然とする真一とのだめに、エリーゼはまだ時期尚早と否定的だったが、シュトレーゼマンの意志は固く、二人が夢にまで見た共演は、あっけなく決まってしまった。


 「1ヶ月もあるんだから十分デショ?じゃあそういうことで」


 シュトレーゼマンはそうあっさりと告げると、エリーゼにガミガミと追い立てられながら、事務所を出て行く。


 「ほわぉ……」


 「え?……俺たち共演するのか?」









 真一は、のだめとの共演の前に1つ公演があり、そこからの1ヶ月は多忙を極めることになった。


 でも、真一にとってはそれがよかったようで、二人の初めての共演だからといって気負いもなく、いつも通り、音楽に誠実に、今奏でられる最高の演奏を目指してタクトを振った。


 しかし、のだめにとってはそう簡単な話ではなかった。リハーサルの時から緊張しどおしで、ミスばかり繰り返す。


 真一はそんなのだめを気遣い、自宅に戻れば公演の話は一切せず、リラックスして公演に臨ませようとしたが、それが逆にのだめを追い込んでしまう結果になってしまったようだ。


 のだめは本番でも緊張がとれず、とにかくミスしないように、真一に迷惑をかけないようにと意識するばかりで、まったく音楽を楽しむ余裕がなかった。


 そんな状態の演奏では、NODAMEの自由きままな、楽しいピアノを期待していた観客たちを満足させることはできず……。


 それでもピアノコンチェルト以外の真一の演奏には観客も満足し、演奏会はまるっきりの失敗とはならなかったのだが。


 一定の評価を得ることができた真一に対し、のだめは妻として喜びはしたものの、大切に思い描いてきた真一との夢の初共演については成功したとはいえず、のだめは心にぽかんと穴が空いたように虚しさだけを抱えてしまった。


 公演が終わって帰宅した二人は、キッチンのダイニングテーブルで向かい合い、ぎこちない会話を交わす。


 「初めてなんて、こんなもんだろ?
 これから何度でも共演する機会はあるんだから、そんなに落ち込むな」


 「……でも……」


 「それとも、俺のことが好きでいられなくなったか?」


 真一は、あのデビューから失踪して、戻ってきたのだめに言われた台詞を、冗談めかして持ち出す。


 「そんなこと、あるわけないじゃないデスか……」


 「……だったらいいよ。
 失敗しない人間なんて、いないだろ?」


 そういって真一は頭を深く垂れるのだめの顔を覗き込むために、テーブルにべったりと顔をつけ、のだめの頬に手を添え、のだめの瞳を自分に向けさせる。


 「神様に誓っただろ?
 愛し、敬い、慰め、助けて、死が二人を分かつまで健やかなときも、病むときも、順境にも、逆境にも、常に真実で、愛情に満ち、堅く節操を守るって」


 「真一クン……」









 しばらく、ぼんやりして過ごしていたのだめだったが、徐々に心の傷も癒え、日々の忙しさに流されるように過ごしていた。


 それに、二人が一緒にいられたのも初共演までのことで、それからはお互いにヨーロッパ各地を飛び回る多忙な日々が続いていて、真一の顔をみなくてすむのが気が楽だなんてありえないことなのに、今ののだめにはそれがまぎれもない事実だった。


 そんなある日、久しぶりに二人揃ってパリで過ごす貴重な休日に、事務所からの呼び出しが入る。


 「ノダメちゃんにチアキ、ひさしぶりデスー!
 おかげさまで、ビーチリゾートでのバカンス、キュートな水着ギャルに囲まれてとっても楽しかったデース!」


 「……それはよかったな」


 「あれぇ?チアキ、ご機嫌ナナメですカ?」


 「……いえ、そんなことないです……」


 「ノダメちゃんも元気ありませんカ?」


 「ぎゃぼ、そんなことないデス……」


 「それより、今日はなんですか?
 揃ってパリにいられる休みなんて、俺たち久しぶりなんですけど……」


 「それは、せっかくの夫婦水入らずのところをお邪魔してしまって悪かったですネ。では早速用件をお伝えしまショウ。

 ノダメちゃん、リベンジのチャンスをあげマス!
 ショパン生誕200年祭でもう一度二人で共演してもらいますヨ?」









 「のだめ、気が重いデス……」


 自宅に戻り、のだめはめずらしく真一に向かって弱音を吐いた。大好きな真一の呪文料理さえ、喉を通らない様子だ。


 「楽しみたいのに、また失敗したら、今度こそ真一クンと共演できなくなるんじゃないかって思うと、心配で……」


 そんなのだめの様子に、真一は痺れを切らしたように言う。


 「なぁ、お前にとって俺との共演ってなんだ?そんなに嫌なものか?
 俺との共演を失敗したくないって大事に思ってくれるのはうれしいけど、そんなに俺って頼りないか?」


 「えっ……のだめ、そんなつもりじゃ……」


 がたっ。


 「ごめん、ちょっと頭冷やしてくる……」


 真一は夕食を済ませたテーブルから立ち上がると、そういってアパルトマンから出ていってしまった。


 「ふぇ……」


 のだめは、ひとりっきりの広いアパルトマンで、久しぶりにテーブルにつっぷしておいおいと泣くのだった。









 「ターニャ……のだめどしたらいいんでショウ?」


 のだめは戻って来ない真一を、広いアパルトマンで待つことに耐え切れず、ターニャのアパルトマンまで押しかけて泣きついていた。


 しばらく、のだめの泣き言を黙って聞いていたターニャであったが、きっぱりと言い放つ。


 「私はアンタのことが大好きだし、いつもは9割方アンタの味方をするわ。
 ……でもね、今回ばかりは100%アンタが悪い。チアキに同情するわ」


 「え……」


 「ノダメ、私これでもピアニストなの。
 アンタのようにはいかないかもしれないけど、私だっていつかプロオケでピアコンがしたい。
 ねぇ、アンタの今の悩みってなによ?今ののだめ、最低よ!」









 真一は一人、バーで飲んでいた。


 携帯が着信を知らせてブルブルと震える。


 のだめだろうか?


 真一は朦朧とする意識で着信を確認する。


 「え?」


 バーから出て、今さっき着信のあった相手に発信する。


 「もしもし?真一だけど……」


 「よう、家出夫」


 「……なんだよそれ……」


 「さっき、嫁が俺のところに連絡してきたんだよ。お前が来てないかって」


 「……そっか。で、アイツは?」


 「なんか、泣き言いってたな。
 ウジウジ言ってるなら、ピアノなんてやめちまえって言ってやったぞ?」


 「おい……」


 「おまえら、まだあの時のこと、引きずってんのか?」


 「そんなこと……俺はなんとも思ってねーよ……」


 「だったら簡単じゃねーか。
 さっさとイかせてやれ。

 初めての男を忘れさせられるくらい、気持ちいいやつをな」


 「……その言い方、なんとかなんねーか?」


 その後、雅之は、最近の征子の男関係の動向につき、あーでもない、こーでもないと息子相手に悩みをぶちまけ、ウザがられて電話を切られることになる。


 「はぁ……なんなんだよ、俺の親って……はぁ……」


 言い方はさておき、雅之のアドバイスのおかげで、しっかりと気持ちを固めた真一は、のだめより一足先にアパルトマンへと戻る。


 「ターニャ、のだめがそっちに行ってないか?」









 のだめはターニャのアパルトマンを追い出され、行くあてもなくパリの街をさまよっていた。


 無意識に握りしめていた携帯が、着信を知らせて手のひらの中でブルブルと震える。


 「もしもし……」


 「ハーイ、ノダメサン!今どこにいるの?」


 「Rui……のだめ、今どこにいるんでショウ?」


 Ruiはなんとかのだめにタクシーを拾わせると、そのまま運転手に自分のアパルトマンの住所を伝え、のだめを自分の部屋へと来させた。


 「Ruiの部屋にくるのは初めてデスね。
 ほわぉ……なんだか落ち着きマス」


 「あはは、ワタシも片付けが苦手で。散らかっててゴメンね」


 Ruiはとりあえず二人が落ち着けるスペースをつくると、ワインボトルとグラスを手に戻ってきた。


 「とりあえず、女二人で飲もうヨ!」









 「さっきチアキから電話あったヨ?」


 「え……」


 「もう部屋に戻ってるって。
 のだめがワタシのところに連絡してきたら、帰るように伝えてくれって頼まれたんだけど……、たまにはいいよネ」


 「……Rui、事情は知ってるんデスね?」


 「あー……まぁ、なんとなく?
 でも、そんなことじゃなくてさ、二人で会うのだって久しぶりデショ?今日は朝まで飲もうヨ!」


 Ruiは、最近したショッピングの話や映画の話、フランクとのことなどとりとめのないおしゃべりをしばらくした後、のだめの様子をうかがいながら話を切り出した。


 「香港で、どうしてフランスに留学したか、話したよネ?」


 「はい……」


 「きっかけはワタシの演奏に対する酷評だったけど、結局ワタシはあの頃、ピアノを楽しむ気持ちとか、忘れちゃってたんだよネ。
 なんだっけ、日本の諺で"初心忘るべからず"?」


 「ショシン……」


 「ノダメサンの今の悩みもさ、チアキを追いかけてピアノを頑張ってた頃のこととか、いつか共演したいって決意した頃のこととか、思い出したら解決するんじゃないかナ?」









 Ruiは、タクシーを呼ぶと、のだめが乗り込むのを見送る。


 「ノダメサン!」


 「はい?」


 「チアキの指揮者デビューの初めての女として、ワタシが嫉妬するくらいの演奏をしてよネ?」


 そう言ってにっこり微笑むと、Ruiはウィンクをしておどける。


 「はいっ、負けまセンよ!Rui、ありがとデス!」


 すっかり立ち直ってのだめは笑顔をつくると、走り出したタクシーの中から、Ruiが見えなくなるまで手を振りつづけた。









 「ただいまデス……」


 長い廊下をぬけ、リビングにたどりつくと、ソファーで真一がうたた寝をしていた。


 のだめの帰りを待っていたのだろう、テレビには見てもいないプリごろ太のDVDがつけっぱなしになっている。


 「真一クン、ゴメンナサイ……」


 のだめはソファーの真一を抱きしめると、つぶやく。


 「のだめ忘れてまシタ。
 どんな思いでここまで来たのかとか、真一クンとゴールデンペアになろうって誓ったときのこと……。
 のだめ、もう迷いまセンから……」


 「謝るのは、また失敗したときでいい。
 でも、その時は絶対ゆるさねー。離婚するからな」


 「ぎゃぼっ!狸寝入り、ずるいデス……」


 真一はむっくりと起き上がると、のだめの瞳をまっすぐに見つめ、宣言をする。


 「曲も決めたから」


 「なんデスか?」


 「ショパンのピアコン第1番」


 「えっ!それは……」


 「文句はいわせねー。
 いいか、俺がお前の初めてを忘れさせてやる……」


 「はぅん、久しぶりの俺様デスね……」


 真一はそのままのだめを抱き上げ、寝室に向かった。


 「ぎゃぼっ!なにするんデスかー!」


 「ナニ……するんだよ。
 俺様を待たせた分、しっかり返してもらうからな……」


 真一はのだめを寝室のベッドに横たえると、顔の脇に両腕を置き、のだめの瞳を熱っぽい瞳で見つめ、つぶやく。


 「こっちの初めては忘れるなよ……」









 ショパン生誕200年祭が華やかに開幕した。


 シュトレーゼマンは、オープニングを飾る会場の観客席に、友人たちと並んでステージを見つめる。


 ステージ上には、数年前に自分がロンドンで大変な思いをして振った、ショパンのピアノ協奏曲第1番を、楽しそうに奏でるのだめと真一がいる。


 「チアキも生意気になったものデス……」


 そういって悔しがるような台詞を吐きつつ、その顔には満足そうな表情が浮かんでいた。




--------END---


よろしければぽちっとお願いします↓










 大変お待たせしました。
 リク祭★第七弾、ミッキー先生よりリクエストのSSです。

 リク内容は、「☆ショパン生誕200年を記念して、今後の音楽界を背負ってたつ若い音楽家を集めた式典が開催される。勿論、のだめさん、真一くんもお声がかかりました。 巨匠たちの見守る中、それぞれの音楽を奏でる事ができ るのか? ・・・って感じのお話しをお願いします」

 むむ、シンプルなだけに、とっても難しいお題でした。

 しかも、今回ののだめサンは、イジイジ、ウジウジ、メソメソ、香水の大好きな変態×天才なのだめサンではなく、人間的なのだめちゃんで……。

 書いててめっちゃフラストレーション溜まりました。いや、そんな風に書いてるのは、誰でもない自分なんですが(笑)

 でも、その代わりに真一クンに俺様を炸裂させてもらいました。
 こんなのも、たまにドデスカ?

 次回は最強ののだめサンを書きたいと思います!

 落ち込んでたり、失敗しちゃってたり、悩んでいたりする、スランプ真っ只中の読者さんがいたら、「そっか、のだめサンでも悩んだり、落ち込んだりするのね」と、元気を出していただけたらうれしいです!

 そんな、ちょっとお疲れ気味のあなたに愛をこめて献上します。


 2010.11.11 香水


  SS indexに戻る