芒果布甸/Mango pudding



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 真一は焦っていた。


 のだめのやつ、子供が男か女かは、生まれたときのビックリにとっておきたいだの、子供の名前は生まれてきたときのインスピレーションが大事だとかいいやがって、事前に決めておかないから大変じゃねーか!


 しかも48時間以内ってなんだよ!


 のだめはといえば、真一が病院の手続きを済ませて帰宅前に病室によってみれば、あれだけ超安産だったにも関わらず、高いびきをかいて爆睡していた。


 「はぁ……」


 真一は、新生児室で眠る可愛い我が子をガラス越しに眺め、癒されながらも


 「やべっ、あと45時間しかねぇ!」


 と、慌てて家路につくのであった。





 48hours






 真一は帰宅すると、リビングの一角にてきぱきとベビーベッドやら子供の衣類や収納するラックやらを並べたりと、我が子到着の準備と平行して、母親の征子や、大川ののだめの両親などに無事出産の報告をする。


 どちらも大騒ぎで祝ってくれる気持ちはありがたいが、真一にはのんびり付き合ってる時間がない。


 「なぁ母さん、赤ん坊の名前なんだけど……」


 「え?決めてないの?あの雅之さんでさえ、事前に決めてあったのに……」


 まるでひとでなしのような言われように、真一は頭にきて電話を切ってしまう。


 「はぁ……、どうすりゃいいんだよ……」








 真一は途方に暮れていた。


 子供の名前をつけるなど、数時間前には考えてもみなかったことである。


 真一は回らない頭を懸命に回転させ、1人の人物を思い浮かべると、迷わず電話をかける。


 「あ、もしもし?俺、千秋だけど……」


 「お、親友!どうした?なんかあったのか?」


 「あ、ああ……赤ん坊が生まれた……」


 「えっ!それってお前とのだめの子ってことだよなっ!
 おめでとーーー!親父ぃーーっ!千秋とのだめに赤ん坊が生まれたぞ!新メニュー開発してくれっ!」


 「お、おい峰……、お前に頼みがあるんだけど……」









 「なんだぁ、そんなことなら俺にまかせろよっ!三日三晩くれ、親父と寝ながら考えるから」


 「だっ、だめだっ!あと42時間以内に名前をつけて出生届を出さないと、うちの子はフランスどころか日本の国籍すら権利を失うことに……」


 「じゃあ、なんで事前に名前決めとかなかったんだよ」


 「……」


 ループである(笑)
 しかし真一は、怒りにまかせてまたここで電話を切ってしまってもどうにもならないと自分を抑え、自分に残された最後の頼みの綱である峰に頭を下げるのであった。









 「しょうがねーな!こんなことで使うことになるとは予想もしてなかったけど、あれを出すしかねーな」


 「……なんのことだ」


 「俺と清良に子供ができた時のための名づけ候補リストだよ。親友の一大事だからな、特別に貸してやるよ!今からFAXすっから、待ってろよ☆」


 ガガガガ……。


 「おい峰……、男の名前が20枚でてきたところで申し訳ないんだが、あとどれだけ男の名前は続くんだ?」


 「うーん、残り半分だなぁ」


 「悪いんだけど、うちの子供、娘なんだよ。
 女の名前のみ、お前の自信作だけ見繕って、三分の一以下の量で送ってくれないか?」


 「そっか?そんな遠慮しなくても…「時間がねーんだよっっ!」」









 峰から届いた赤ん坊の名づけ候補リストに目を通す。


 一々、「宇宙☆」「大自然☆」「いきもの☆」「花・植物☆」とか分類されていて……、これが我が子の名づけでなければウザくてほうり出しているところだったが、今の追い詰められた俺にはとても有り難く……、正直助かった。


 空がしらみ始めた頃、俺はいくつかの名前にチェックをして、リビングのソファーで意識を手放した。









 「……い、おい真一、大丈夫か?」


 「う、うぅん……のだめ?」


 「なーに寝ぼけてんだ、お前」


 「うわっ!お、親父か……」


 目を覚ましてみれば、昨夜帰宅したまま、リビングのソファーで峰の名づけリストに顔をつっぷして寝てしまっていたようだ。


 「俺は仕事だからもう出かけるぞ?お前はいいのか?」


 「え?今何時だ?」


 「もうすぐ10時になるぞ」


 何とか寝不足の頭を働かせて、今日のスケジュールを確認する。


 「そっか……。リハは午後からだから……」


 「じゃ、俺は行くぞ」


 そのまま荷物を持って玄関に向かう雅之を送る。


 「あの、昨日はありがとう。すげー助かった」


 「……征子には内緒にしとけ」


 「お、おお……」


 パリの新居で、オーナーである父親を見送り、俺はシャワーを浴びるべくベッドルームに向かった。









 キッチンで一人きりの朝食をとりながら、昨日チェックをした、いくつかの名前の候補に目を通す。


 音楽に因んだ名前や、女の子らしい名前、外国暮らしでも通用するような名前など、幾つか候補はあるものの、どれも決めかねるというか……。


 のだめに選ばせるか?


 真一はリストを鞄のなかにおさめ、練習場へと向かった。









 マルレの公演にむけて、リハを行っていても、思考がおのずと名付けにむかっていく。


 タクト、譜面、音符……、おんぷちゃんって可愛いよな(どこかで聞いたようなキャラクターですが)


 ヴァイオリン、弦、弓……、ゆみちゃん……、ありきたりか?(全国のゆみサマごめんなさい)


 旋律、ハーモニー、調和……、しらべちゃん……って女の名前っぽくねーか。


 心ここにあらずの常任指揮者の様子に、どんどんと眉間にしわがよるコンマスであった。









 「おい、千秋……」


 リハが終わり、そそくさと帰り支度をする常任指揮者にコンマスが声をかける。


 「なんだ?今日のいい加減なリハは!
 お前はなんだか上の空だし……」


 「すみません……」


 「なにかあったのか?」


 「……ええ、実は……」









 練習場近くのカフェで、コンマスと二人。


 いよいよ追い詰められた真一は、コンマスに自分の今置かれた状況を説明する。


 「そうか!ついにお前も父親か、おめでとう!」


 「あ、ありがとうございます」


 「奥さんはまだ病院か?」


 「あ、はい。でも明日には退院ですから、それまでにいろいろとやっておかないと……」


 「そうだな、出生届はもう出したのか?」


 コンマスから鋭いツッコミが入る。


 「いえっ、ま、まだ……、名前を決めてなかったものですから……」


 「え!?それは大変だな……」


 コンマスのシモンは、何か懐かしむように目を細める。


 「俺のときは結婚から5年かかったからな、もう産まれてくるのが待ち遠しくて……。

 名前は息子だったら俺の父親の名前を、娘だったら好きだった叔母の名前をつけるつもりだったが、結局、娘が生まれてみれば、妻は当時夢中になってたドラマのヒロインの名前にしちまってな……」


 「はぁ……(参考にならねぇ!)」


 「そういえば……、お前の名前の由来は聞いたことあるか?」


 「え?」


 「お前もパリで生まれたんだろ?ご両親はお前の名前を用意していたんじゃないか?」


 「……」


 "あの雅之さんでさえ、事前に決めてあったのに……"


 真夜中に母親から言われた言葉がよみがえる。


 「ご両親に聞いてみたらどうだ?参考になるかもしれないぞ?」


 「そう……ですね……」


 真一は、シモンからの思いもかけない提案に、この夜の予定を頭に浮かべてみる。


 「ありがとうございました。では、またリハで」


 真一は、伝票を掴むと、あわただしくパリの街へ飛び出していった。









 真一は、雅之が今夜演奏会を行う、プライベートな会場に足を運んでいた。


 父親に事前に連絡をいれ、主催者には話を通してもらっていたので、すでにピアニストを待つばかりとなった会場の片隅に着席する。


 父親と再会し、交流を復活させてからも、なかなか機会を得られず父親の演奏会に訪れたことはなかった。


 なぜか、自分が父親になった今、雅之の演奏会でのピアノを聴かなければならないような気持ちになったのだ。


 小さな会場のステージ部分に据えられたグランドピアノに、登場した雅之が着席する。


 聴こえてくるのは、シューマンの子供のためのアルバム「愛する5月よ……」


 シューマンが、長女マリーの誕生日の贈り物として用意した数曲に書き加えられていった子供の指導用作品となっているピアノ曲。


 雅之のようなピアニストが演奏会で演奏するような作品では決してない。


 副題に「もうすぐおまえは来るのだね!」とつけられたその曲は、ドイツの暗い冬に明るい太陽が輝く5月を待ちわび、喜びを表現している。


 まるで、子供の誕生を待ちわびていた両親の喜びを表現しているように……。


 続いても子供のアルバムから「冬の時 その1」「冬の時 その2」


 真一が生まれたのは、真冬のパリ。2月17日。


 自分たちの出産に、はからずも居合わせた雅之は、その喜びと、自身が父となった日に思いを馳せ、この曲を奏でているのではないか。
 そんなふうに真一は素直に受け止める。


 人としてこの世に生を受け、自分の両足で歩き始め、そしていつしか自分が子の親となる不思議と喜び。


 真一は、幼い頃に聞いた雅之の頑なで誠実なピアノが、さらに円熟味を増し、美しい音の響きとともに人々の心を打つことに誇りを感じ、そんな父を持ったことに、喜びを見出すのだった。









 真一は、演奏会終了後、雅之には声を掛けることなく、会場をあとにした。


 雅之が演奏したベートーベンのピアノソナタを聞き、真一はまだ自分が日本でSオケを指揮していたころのことを思い出したのだ。


 大学の定期公演でいきなりSオケを指揮することになったベートーベン交響曲第三番英雄。オケをまとめることに悩んでいた真一を導いてくれたのはのだめの英雄だった。

 あのとき俺は雷(いかづち)に打たれたんだ。









 病室へ面会時間ぎりぎりに駆けつけると、のだめはちょうど我が子に母乳を与えているところだった。


 まるでそれは聖母マリアのようで、俺は一瞬見とれてしまった。


 「あ、真一クン……。遅かったデスね?」


 「う、うん……。ちょっと寄り道してた」


 「寄り道?」


 母乳をやりおえ、はだけた胸元を直しながら、のだめが我が子を大事そうに抱えなおす。


 「うん。でも子供の名前、決めたから」


 「ふぉぉぉ!なんていうんデスか?」


 真一は、ベッドに横たわるのだめの横に腰掛けると、愛しそうに我が子の頭を撫でながら言う。


 「うん……。

 つぼみって言うんだ。「蕾」ていう字、一文字」


 「ほぁお……チアキ ツボミちゃんデスか?」


 「最初は俺の「真」とかお前の「恵」の字を使うとか、音楽に因んだ名前とか、いろいろ考えてたんだけど。

 女の子だから、母親のお前にあわせて、漢字一文字で三文字の名前をリストからさがして……。

 いろいろいいのもあったんだけど、最終的にはこれにした。

 「蕾」って、雷に草冠なんだよ。

 雷っていう字は、古代中国人が陰と陽の活力がつまったものとして表した字なんだ。
 つぼみも、その小さな身体に花を咲かせるためのエネルギーを蓄えているだろ?

 俺たちの娘も、この小さな身体にたくさんのパワーを宿して、成長して、いつか俺たちにすごい力を与えてくれるような子に育って欲しいと思って……。


 まぁ、雷っていうのは、お前がSオケ時代にベートーベンを弾いてくれたときのこと、思い出してなんだけどな……」


 のだめが胸に抱く、可愛いわが子は、その小さな手を力いっぱい握り締めている。


 その可愛いふくらみは、まるで、春を待ちわびる花の蕾のように。  



--------END---


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 育児SSに向けて、名づけ祭をしていたところ、このようなお話ができました。
 検索していると、最近の出生届提出リミットはどうも3日(72時間)以内のようなのですが……。48時間のほうが面白そうなので、このままにします(爆)

 皆サマにいろいろ可愛い名前をいろいろ考えていただいたのですが、まったく違うものになってしまってごめんなさい(笑)

 でも、あのやりとりがあったから、このお話が生まれたといえます。ありがとうございました。

 らいすサマの「和(なごみ)」ちゃんは、最後までかなり有力な候補だったのデスが、同じように漢字一文字で三文字の名前を考えいていて、漢字の成り立ちを調べていたら、このお話が浮かんだもので。

 ということで、当サイト的、千秋家の長女は「蕾(つぼみ)」ちゃんといいます。芒果布甸/mangopuddingともどもよろしくお願いします。


 2010.10.13 香水


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