芒果布甸/Mango pudding



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 「ふぅ……」


 第3楽章まで一気に弾き終えて、のだめは肩で息をしていた。


 「ブラボー! ノダメチャン、素晴らしかったデスヨ」


 Aオケのメンバーからも、拍手が起こる。


 「ではこの調子で、本番までガンバリマショウ。
 そうそう、あくまでノダメチャンのピアノはお手本ということで……チアキ、ワカリマシタカ?
 って、あれ? チアキは?」


 客席で聴いていたはずの真一に呼びかけてみるも、客席にその姿はなく。


 「おのれチアキ……弟子の分際で生意気な……」


 「ふぉ? 失格の破門にしたんじゃないんデスか?」


 「誰がそんなことを言いマシタ?!」


 「え、ミルヒーが……あわわ……」


 怒りに震えるシュトレーゼマンの姿に恐れをなし、のだめが口をつぐむ。


 「ノダメチャン、これは命令デス。
 チアキを見つけ出して連れてキナサイ。
 さもないと今度こそ……本当に失格の破門デス!」


 「ぎゃぼっ!」






 ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 最終話






 「お前やっと言えたな? 俺はうれしいぞ! つか、遅いっつーの!」


 「お、おい……やめろってば……」


 真一はホールから有無を言わさず龍太郎に引きずり出され、強引に連れられ乗り込んだ電車の中にいた。


 平日の昼間、まばらな車内ではあるが、背の高い男二人が抱き合っている状況はかなり人目を引く。


 「おい抱きつくなっ! 離れろっつーのっ!」


 「だってよぉ……俺は本当にうれしくって……」


 真一に引き剥がされた龍太郎は、嬉しさに笑い泣きしている。


 「何がだ……」


 「ひっくっ……、だって! 千秋がやっと素直に、自分の気持ちに気付いてくれたからさ!
 俺はうれしいっ! ひーんっ!」


 ふたたび抱きつきそうな峰をなんとか阻止すると、真一は人目をはばかり、峰を抱えて車両を移動する。


 比較的すいた車内に空席を見つけ龍太郎を座らせると、小さくため息をついて自分も隣に腰掛ける。


 「わかったから……こんなところで泣くな、馬鹿峰」


 「うっ、ううっ……」


 「で? これからどこに行くんだよ?」


 「お前の実家。もう話はついてんだ」


 「はぁぁ?! 俺の実家ってまさか……」


 落ち着いて泣き止んだ峰が、不安そうな真一を不思議そうに見つめる。


 「まさかって?」


 「その……催眠療法とか……」


 「は? なんの話だ?」


 「前から……俺のトラウマをなんとかしようと、叔父がいろいろやらせてるんだよ……」


 「へぇ……お前も大変だなぁ。
 でもそんなんじゃねーよ? ただお前のかーちゃんに相談しただけ」


 「母さん?」


 「うん……前にトラウマの話してたとき、お前、へんな夢見るようになったって言ってただろ?
 余計なお世話だと思ったんだけど……お前のかーちゃんに連絡して、なんかお前が覚えてないことがないか、あの事故の話を聞かせてもらったんだよ」


 「え?」


 「驚いてたぞ? お前が他人にトラウマの事話すなんてって。
 もしお前がその気になったら話したいことがあるから、連れて来て欲しいって頼まれてたんだよ」


 「話したいこと?」









 「お前ん家、でっかいけど不便な場所だよなぁ」


 駅を出てバス停に向かう峰を、真一はタクシー乗り場にひっぱっていく。


 「お、おい。俺、金ねーぞ?」


 「バーカ。それくらい出してやる」


 「おお! さすが俺様千秋様!」


 途端に笑顔になる龍太郎に呆れつつ、真一もやっと笑顔になったところで、携帯が鳴った。


 「あ、のだめ……」


 躊躇する真一の手から、龍太郎が携帯を奪い電話に出る。


 「のだめか? 俺、峰だけど……あ、そか、悪い悪い。……大丈夫、千秋は俺が必ず連れてってやるから安心しろ。……うん、わかった、じゃーな」


 「お、おい……」


 真一に一言も話させないまま電話を切ってしまった峰は、悪びれる様子もなく笑って言った。


 「エロジジイが、練習に帰ってこなかったら今度こそ失格の破門だって激怒してるってよ」


 「……はぁぁっ?! 訳わかんねーっ!」


 「まぁさ……エロジジイはのだめのあの演奏、お前に聞かせて煽りたかったんだろうな。
 ま、それは大成功だったよな?」


 龍太郎がいたずらっ子のような無邪気な笑顔で見つめる。


 「う、うるせえ……」


 「うわ、やっぱ素直じゃねーよなぁ……」


 「ほら、タクシー来たぞ。乗らねーのかよ?」


 男二人を乗せ、タクシーは真一の実家に向かい走り出した。









 学園祭、本祭。


 シュトレーゼマン指揮による、Aオケと真一のピアノによる公演が本番を迎えた。


 「こう……髪は色っぽく少し濡れ髪風に乱れさせて……シャツのボタンは3つくらい開けてデスネ……」


 「なっ、なにバカなこと言ってるんですか、アナタはっ!」


 「まぁこんなふうにアナタをイジルのも、これからしばらくできなくナリマスカラ」


 「え……」


 いつの間にか楽屋に現れたシュトレーゼマンが、いつものようにふざけたことを言っていると思ったら、そんなことを突然告げられた。


 「さあ、行きマスヨ? 楽しい音楽の時間デス」









 「千秋せんぱい……」


 公演当日。


 のだめは客席で一人、真一の登場を固唾を呑んで見つめていた。


 あの日、数時間後に戻ってきた真一は、とても疲れた表情で龍太郎と現れた。


 それでも、何かふっきれたような笑顔をのだめに見せ、のだめ、お前はすごいよ。でも俺もまけねーから≠ニつぶやくと、シュトレーゼマンの前に進み、頭を下げた。


 「精一杯やらせていただきますので、ご指導よろしくお願いします」


 それから公演まで、真一はAオケとのリハ、それ以外も一人レッスン室にこもり練習漬けで、夕食は裏軒で済ませる毎日。


 龍太郎に誘われて、のだめも何度か一緒に食事をしたが、真一は龍太郎とのだめの会話を微笑みながら聞いているばかりで、自分からは何も話してくれなかった。


 マンションに戻る帰り道では、ぽつぽつとパリでの生活について質問されるくらいで、自分の事は話そうとせず……。


 公演の前夜、いつものように裏軒で食事を済ませ、マンションに二人で戻る。


 のだめが帰国してからは、一度も真一の部屋を訪れていない。


 「じゃあ……いよいよ明日は本番デスね?
 のだめ、楽しみにしてますカラ……ぎゃぼっ!」


 部屋の前で、いきなり抱きしめられた。


 「キス……してもいい?」


 「え……」


 聞くだけ聞いて、答えも待たずに塞がれるくちびる。


 強引に、貪るように……でもキスだけで愛してると言われているような、情熱的なキス。


 長いようでいて、あっという間に離れていくくちびるに、まだ離れないでと言いたかったけど……。


 「お前のこと、思って弾くから。
 気合入れて聴けよ?」


 真一はそういい残すと、力強く抱きしめていたのだめの身体をそっと放し、額に優しくキスを残し、部屋の中に消えていった。


 「ずるい……火をつけるだけつけておいて……」


 のだめの呟きは、宵闇の中にこぼれて消えていった。









 シュトレーゼマンと共に、千秋真一が舞台に現れる。


 客席からは本物の巨匠の登場にどよめきが沸き起こる。


 一部の観客からは、真一から無自覚に垂れ流される色香に、ため息がこぼれる。


 拍手がおさまり、いよいよ演奏が始まった。


 第1楽章。


 この鐘の音は、俺とのだめの出会い。


 自分の境遇に、運命なのだと半ば諦めて、腐ったような生き方をしていた俺に、現れた救いの手。


 俺はのだめに、のだめのピアノに惹かれ、アイツに恋をした。


 最初は、一緒にいられればいいと思っていた。


 アイツの、楽しいピアノを近くで聴くことができればいいと。


 久しぶりに音楽の楽しさを味わった。


 でも……それだけじゃ満足できなくて。


 それに……音楽を表面的にしか楽しまないアイツを、なんとか引き上げたくて。


 のだめからの告白に、本心とは逆の言葉を……驕った俺の言葉に傷ついて、だから背を向けられたけど。


 間違いに気付いた俺を、アイツは優しく受け入れてくれた。









 第2楽章、ロマンス。


 木管に導かれ、真一のピアノが優しくアルペッジョを奏でる。


 甘美な旋律。


 千秋先輩は優しい。


 俺様で、不機嫌そうに眉間にいつもしわを寄せているケド……。その優しさにのだめは……惹かれて、虜になったんデス。


 お互いに……同じ気持ちだってわかって。


 情熱的に求められて。


 スケルツォ。


 いつもは隠しているくせに、音楽に対しても人一倍強い情熱を持っている人。


 それは二人きりになったとき、私を愛してくれる千秋先輩そのもので。


 ずるい。


 昨夜、あんな風に火をつけておいて、こんな風に告白するなんて。


 のだめの頬が、落とされた照明の中で、人知れず桃色に染まる。


 のだめも……愛してマス









 第3楽章。


 観客はみな、巨匠と真一の演奏に強く引き込まれていた。


 さすがシュトレーゼマン!∞あのピアノを演奏しているのは誰?


 嫌だ……終わりたくない。


 すごく気持ちいい。


 もっと教わりたい……感じていたい。


 俺は諦めない。


 音楽も……この恋も。


 あふれ出す情熱。


 真一の全霊をかけた演奏に応えるように、シュトレーゼマンの指揮のもと、Aオケのメンバーたちは、最高の演奏をしている。


 真一のピアノによる情熱的なカデンツァが畳み掛ける。


 「ブラボーーーーッ!!!」


 スタンディングオベーションが起こる。


 最高潮の盛り上がりで、桃ヶ丘音大学園祭、本祭Aオケ公演は幕を閉じた。









 「しょうがねーなぁ……どれだけ粘着なんだよ」


 満席の会場の片隅、割れるような拍手と歓声の中、松田が呟いた。


 「諦めるの?」


 その隣に座り、俯いていた彩子がその言葉に顔を上げた。


 「なぁ彩子、世の中にはさぁ、千秋よりいい男なんて星の数ほどいるんだよ。
 しかも目の前に、容姿端麗、頭脳明晰、才能に満ち溢れて、輝かしい将来が待つ、この松田様がいるってわけ。どーよ?」


 「……ちょっと性格悪いけど」


 彩子の呟きに、嬉しそうに松田が笑って答えた。


 「お互い様だろ?」









 六本木(クラブ)→京都(芸者)→温泉(卓球)→そして昨日はまた六本木で飲んで……。


 「ひぃぃぃっっ!?」


 「逃がしまセンヨ?」


 真一は、座席にしっかりと固定されていた。


 「のだめがついてますカラね?
 大丈夫、先輩は飛べマス」


 「のだめ……」


 「ミルヒーとニナ先生、峰クンやお母様がばっちりセッティングしてくれてマス。
 センパイ? のだめに火をつけた責任、きっちりとってもらいますカラね?」


 「はぁぁぁっ?!」


 「のだめは……ムラムラのモンモンでオアズケも限界点越えてるんデスよ!!!
 なんなんデスか? せっかく愛しい恋人が帰国したっていうのに、放置プレーも甚だしいってんデスよ!!!」


 「えと……のだめさん? ちょっと落ち着いて……話せばわかるから」


 「ガタガタ言ってんじゃないってんデスよ!!!」


 「ひぃぃぃぃっっ!!!!
 降りるっっ! 降ろしてくれぇぇぇっっ!!!!」


 真一の叫び声が機内に響き渡る中、パリ行きのプライベートジェットは轟音を轟かせ、滑走路を滑るように飛び立った。









 13時間ほどのフライトで、真一はのだめに抱きつき、子犬のように震えながらも無事、パリの地をその足で踏みしめた。


 青ざめた表情、震える体。


 到着ロビーで三十分ほど、のだめからの介抱をうけてなんとか落ち着くことができた。


 「せんぱ、い?」


 心配そうに自分を覗き込む恋人を、力いっぱい抱きしめ、耳ともにささやいた。


 「火をつけた責任とりたいんだけど?」









 久しぶりに抱いたのだめの身体は、熱くて、甘くて……自分自身をその中に埋めると、とろけて一つになってしまいそうだった。


 このまま一つになってしまえばいい。


 突き動かされるまま、止まらない衝動にしたがって抱いていると、絶頂を迎える刹那、のだめの口からこぼれた言葉。


 「ずっと一緒デス……」


 そうだ。お前はもう、ずっと俺のもの。


 あの時、出会ってしまったから。


 もう俺はお前を離さない。


 鐘の音が、俺の脳内で激しく鳴り響く。


 のだめ、愛してる


 「せんぱ、いっ……」


 全身を桃色に染め、甘い香りを立ち上らせるのだめを絶頂に導き、純白のシーツの上で満足そうに微笑んだのだめを見つめ、俺はすべてを解き放った。









 「なんで帰ってくるかなぁ、この男は……」


 最近、ネットゲームに嵌っているこの峰龍太郎は、慢性的な寝不足に陥っていて、目の下にこさえたクマをこすりながら呟いた。


 「いつでも行けるだろ? 海外なんて」


 「はぁ……その台詞、どの口が言ってるんだよ?」


 「いいじゃないのっ! 私は嬉しいわぁ、あの馬鹿女に邪魔されずに千秋様を独占できるんだからっ!」


 真澄がうれしそうに右腕を真一の左腕に絡める。


 千秋真一は、飛行機恐怖症を克服(?)して、無事恋人の野田恵とともにパリの地を踏みしめた。


 そのまま恋人とイチャコラしつつ、本場ヨーロッパで音楽家の道を進めばいいものの、なぜかとんぼ返りで帰国。


 彼いわく、俺にはこの場所で俺にできることがある≠セそうだ。


 夏の音楽祭、選抜オケでコンミスをした清良とかいう女が千秋君とまたオーケストラがやりたい≠ニか炊きつけたらしい。


 なんだそれ? 俺も参加したいぞ?


 だって千秋は才能があって、努力も怠らない、最高の音楽家だから。









 構内を、練習場に向かって足を進める。


 ピアノ、バイオリン、フルート。


 へたくそが奏でるひどい音が耳に届くが、俺は不思議なことにいらつくことなく、微笑みさえ浮かべている。


 ここで、俺に今できることをやるために。


 俺の愛する恋人は、遠く離れたヨーロッパの地で、信頼するピアニストのもと、最高の演奏家を目指して留学中だ。


 のだめに出会うまで、俺はすべての可能性を人生から除外して、死んだも同然だった。


 でもアイツに出会って……のだめと、のだめのピアノに恋をした。


 そのすべてが欲しくて、俺はいままでの自分を打ち破り、前進したのだ。


 幸せってなんですか?


 そんな質問を投げかけられることがあったなら、俺は嬉々として答えるだろう。


 愛する女を持ち、夢に向かって突き進むこと


 愛する女がいて、叶えたい夢がある。


 「千秋ぃーーーっ!練習始めるか?」


 「……うん、始めよう」


 練習室の窓から、空を見上げる。


 その空とパリの空は繋がっている。


 その空の下、恋人を思う。


 俺も頑張る。お前も頑張れ


 ありがとうに、愛してるを足して、お前に伝えたい。


 「バーカ……」


 言葉にならない気持ちを込めて、真一の思いは指揮棒に乗って、オーケストラの奏でる音楽に溶け込み、空に放たれた。








------- end---



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