□Virgin Snow  のだめは、ずっとずっと、千秋先輩のことが好きだったんデス。  あの、モーツアルトの連弾でフォーリンラブして。  学園祭のラフマニノフで近づきたいと思って。  R☆S のブラームスで突き放されたけど、それでも少しでも近づきたいと思って、先輩を追いかけてパリまでやって来たんデス。  もちろん、先輩ものだめのことが好きになってくれたらいいなーって思ったことはありましたヨ?  いつも遠く、前を向いて突き進む先輩が、ふと立ち止まって、のだめのことを振り返ってくれて、優しく微笑んでくれたらって。  でも、そんな事、ありえないって思ってた。西から上ったお日様が、東に沈みマスって。  一  指揮コンでみごと優勝した先輩は、のだめのことなんて振り向きもせず、ミルヒーと一緒に演奏旅行に出かけてしまいまシタ。  ミルヒーから届く便りでは、先輩は世界各国のお姉サンたちと楽しんだみたいデスし。  その頃ののだめと言えば、井の中の蛙状態で、挫折して落ち込んで。そして先輩のデビュー。泣きっ面に蜂状態。  どろどろした嫉妬で狂いそうになりながら、リストで Rui をコピーするのだめに、演奏旅行から帰ってきた千秋先輩は突然キスしてきたんデス。  もー、びっくりしまシタ!  あの時、のだめは自分のことで精一杯で、思わず先輩を突き飛ばしちゃったけど、立ち直って先輩のデビュー公演に駆けつけて。  そんなのだめを抱きしめてくれた先輩にもう一度キスしてくだサイ≠チてお願いしたら、楽屋に引き込まれて濃厚なのをされちゃいまシタ。腰がくだけて、気絶してしまうほどの……。  そして先輩は言ったんデス、お前のことが好きだ≠チて。  あれ以来、のだめおかしいんデス。  先輩に熱っぽい瞳で見つめられたり、突然抱きしめられたり、キスされたりすると、身体の中心がキュンってなって、熱くなって。  今までだって、先輩がお仕事で留守になるときは淋しかったケド、最近はもっと、身体の中から切ないというか、淋しくて。  一人ぼっちで先輩の帰りを待っているとき、先輩の匂いのするものを抱きしめて、胸いっぱいにその匂いを吸い込むと、先輩のキスとか、抱きしめられる時の体温とかを思い出して、きゅーんってしちゃうんデス。  のだめ、病気でショウか? ------------------------------  一週間足らずの短い期間だが、俺はコンクール事務局から用意されていた演奏会の1つに出るため、パリのアパルトマンを留守にした。  のだめと恋人になってから初めての事で、アイツがどんな反応をするのかと思っていたが、伝えたときの反応は、がっかりするほどあっけなくて……。  俺はほっとするのと同時に、すこし淋しいというか……。  でも、恋人になって初めて知った、アイツの初々しさとか、恋人にだけ見せる女らしさとか……、そんなものに少しやられっぱなしだったから、少し離れて冷静になるのもいいかと思ったりして。  俺からは初日に到着したとき電話をした。アイツはいつもの通り、腹が減っただの、ターニャや学校の話なんかをして。そんな今までと変わりのないアイツに勝手にがっかりしたりして。その後、アイツからはなんの連絡もなく……。  俺はとにかく、今の自分の力を出し切ろうと、仕事に集中した。  それなりにいい結果を出すことができて。アイツにこれから帰るって連絡しようとも思ったけど……。  なんとなく、ためらってしまった。  期待しすぎて、その期待に裏切られて、がっかりしたくないから。  アイツには、絶対にこんなこと、言えないけど。 ------------------------------  かちゃり。  アパルトマンの部屋は、鍵もかかっておらず、それはアイツがこの部屋で待っていてくれているということでもあって。  無用心だからちゃんと鍵をかけろとか、小言をいいたい気持ちより、待っていてくれることがうれしくって。  「……ただいま……」  小さく、声に出してみる。  寝室からリビングに続くドアから漏れる明かりで、ぼんやりと浮かぶベッドには、先客がいることを知らせるように、こんもりと盛り上がったブランケット。  ブランケットからは、薄茶色の子猫のような髪の毛がのぞいている。  俺はそっと近づくと、小さく声をかける。  「おい、のだめ?」  すっかり眠っているようで、小さな声をかけたくらいではびくともしない。  俺は少し面白くなくて、いたずら心から一気にブランケットを剥ぎ取ってみる。  「お前は俺が留守だと思って……!」  目の前にひろがる光景に、驚きのあまりブランケットを持った手が止まり、言葉が出てこなくなる。  「ん……うぅん……」  のだめが寝返りを打つ。  俺は起こしたくない気持ちと、このままこの姿を見ていたい気持ちと、しばらく葛藤して、結局ため息をつきながら健やかな寝息をたてる恋人にブランケットをかけなおした。  帰宅をした真一を迎えたのは、真一のワイシャツ一枚を羽織って、ベッドにもぐりこんでいたのだめ。  のだめの身体にはあきらかに大きすぎる真一のワイシャツは、のだめの身体をさらに華奢に女性らしく強調していて、第二ボタンまで外された胸元からは、豊かな谷間がちらっと覗いていて、寝返りを打ったことで、すらりとのびた白い足は太ももまであらわになっていた。  「はぁぁぁ……」  無邪気な恋人の、まだ目にしたことのないワイシャツの下の身体。  それはまるで、まだ誰も足を踏み込んでいない、美しいヴァージンスノーのようで。  「その気もねーのに、べたな格好で挑発するんじゃねーよ……」  その美しい雪原に足を踏み込みたいような、まだその美しさを眺めていたいような……。  もう一度大きなため息をつき、恋人が目を覚ました時に喜ぶだろう呪文料理を用意するため、キッチンへと向かった。  ダイニングテーブルで俺のワイシャツ1枚にカーディガンを羽織ったのだめが、美味しい美味しいと夢中で呪文料理を食べるのを1週間ぶりに見つめながら、そのよく動く唇が肉の脂身でてろてろと光る様とか、第二ボタンまではずれた胸元とか、腕が動くたびに魅惑的に動く鎖骨とか、そんなものをワインを飲みながらぼぉーっと眺めている。  なんで俺、こんなに悶々としてなくちゃなんねーんだ?  二  真一は思い出していた。  パリデビューの日。  演奏が終わって一番に駆けつけてサインをせがんだのだめ。  カーテンコールに応えて、二度目に舞台から戻ってみれば、ほっぺたにバカボンのようにウズマキをつけたまま、きらきら光る瞳で微笑み、真一をまっすぐに見つめていたのだめ。  おもわず抱きしめていた。  「お前さっき、もう一回キスしてほしいって言ったよな?」  「はい……。だって、この前は突然過ぎて、何にも覚えてまセンから……。  ちゃんとシテくだサイ」  「ちゃんと……ね……」 ------------------------------  真一は、のだめの腕を掴むと、そのまま自分の楽屋に引き入れた。  のだめは、どうしてよいのかわからず、立ち尽くしている。  真一は燕尾のジャケットを脱ぎ、タイもはずしてワイシャツ一枚になると、のだめを壁に押し付け、その瞳を見つめる。  「ぎゃ、ぎゃぼ……」  いつもと違う距離感に、のだめはあっという間に緊張して、がちがちに固まったまま、そらした視線をバッグを持つ自分の両手に落としている。  真一は、ワイシャツのボタンを外して首もとをゆるめながら、のだめの頬を左手で優しく撫でる。  「のだめ、俺のこと見て?」  のだめの顔がゆっくりと上げられ、真一の瞳をとらえた。  「先輩……」  「俺は……お前のことが好きだ……。  たぶん、あの悲愴≠聞いてからずっと……」  真一の顔が近づくと、のだめはぎゅっと両目をつぶる。  その初々しさに、胸の奥に温かいものが溢れるのを感じながら、真一は思いを込めて、やさしくその唇に触れる。  唇とくちびるを重ねるだけの、可愛らしいキス。  一瞬のあと、のだめの瞼が開けられ、真一の瞳をみつめる。  「のだめも先輩が好きデス……今までも、これからもずっと……」  その言葉に弾かれたように、真一の唇がもう一度のだめの唇を塞ぐ。  その柔かさを味わうように何度も重ねられたあと、その柔かい唇を割って、真一の熱い舌がのだめの口内に侵入する。  「う、うぅんっ……」  のだめの身体が弾かれたようにびくっと震えた後、逃げるように後退る。  真一は、のだめの身体を壁に押し付け、両手でのだめの頬を包み逃げられないようにしっかりとつかまえると、演奏後の熱とか、これまでの思いとか、そんな熱くて身体の芯まで焦がしてしまうような熱を、のだめの口内に送り込む。  ずるっ。  「え?」  そんな初めての刺激的な行為に耐え切れなかったのだめは、意識を失い、ずるずると壁をつたって崩れ落ちてゆく。  「お、おいっ! のだめっ?!」  コンコンっ!  楽屋のドアをノックする音が聞こえる。  「はぁぁぁ……」 ------------------------------  演奏後、楽屋訪問のために押しかけたケエコとマナブとか、三善家とか、もうどうでもいいのにと思いながら、なんとか自分の気持ちをごまかしながら対応する。  「あれ? のだめちゃんどうしたの?」  由衣子たちの突っ込みに知らん振りで楽屋を出て行こうとする真一の背後に、征子の鋭いツッコミが入る。  「まったく……。若いわね、我慢ってものを知らないの?」  「……」  佐久間を追いかけて、なんとか楽屋の外に逃げる。  真一のいなくなった楽屋では、征子たちがなんとかのだめを起こしてソファーに座らせると、水を飲ませたりと介抱してくれたらしい。  邪魔者(ヒドイ)の立ち去った楽屋で、身支度を整え、借りてきた猫のように静かになったのだめに声をかけた。  「ほら? 帰るぞ」  「はい……」  ぼぉっとして、いつも以上にぼんやりとしたのだめは、返事はしたものの、なかなか立ち上がろうとしない。  「先輩……。  さっき……、のだめに何かしまシタか?」  「……はぁぁぁ?!」  「楽屋に入って、そこの壁のところで、先輩がのだめのことを好きだって言ってくれて、その後、先輩の顔が近づいてきて、のだめはぎゅっっと目をつむったまでは覚えてるんデスけど、その後、何があったのか、覚えてないんデス……」  「……は、ははは……お前そんなこと言って、また俺のことを騙そうったって……」  「先輩、のだめ病気でショウか?」  「……」  のだめは顔をあげ、真剣な目で真一を見つめる。  正直、この後部屋につれて帰ったら、そのまま自分の熱い思いをぶつけて、のだめのヴァージンを奪ってしまおうと思っていた真一は、のだめからの驚きの告白をうけ、その衝撃のために言葉を失い、楽屋に立ち尽くすのであった。 ------------------------------  「先輩……お腹すきました……」  「なんか食べてくか?」  挨拶など諸々済ませると結構な時間になっており、デビューの日にしては簡単な食事しかとれなかったが、今の俺たちにとっては、食事なんてもう何だっていい。  店を出て、セーヌ河岸を歩けば、少しいいワインを飲んで火照った頬に風が心地よい。  「のだめ、こっち」  俺は適当な場所を見つけて腰掛けると、のだめを手招きする。  「は、はい……」  のだめはおどおどとやってくると、俺とは少し距離をおいて座る。  ガチガチに緊張して固まっているようだ。  「さっき楽屋で……何があったか思い出せない?」  「……えと……、のだめ何だかぼぉーっとしちゃって……。  ごめんなサイ」  「結構ショックなんだけど」  「え?」  「お前がしてほしいって言ったんだぞ、……キス」  「……」  「俺もしたかったから、したんだけど……」  「え?」  真一はのだめの膝の上に置かれた両手をとると、のだめを自分のほうに引き寄せ、抱きしめる。  「ぎゃぼっ……」  自分の腕の中で、緊張のあまり固くなっているのだめを、真一はなだめるように右手でのだめの髪を優しく撫でる。  「俺だって……、急にお前を好きだっていう気持ちが溢れてきて、どうしたらいいのかわかんねーんだよ。  まだお前を好きな自分に慣れてないというか……」  「……のだめだって慣れないデスよ。  のだめのことが好きな千秋先輩なんて……。  ききききキスされるのだって……」  「うん……どうしたら慣れてくれる?  さっきみたいに、気絶されてばっかりじゃ困るんだけど……」  のだめは少し驚いたように顔をあげると、真っ赤な顔をして上目づかいで俺を見つめる。  「じゃあ……毎日のだめに好きって言って、キスしてくだサイ……」  「え……」  ……やられた。  そういって俺を見つめるのだめが可愛くって、俺はそれ以上何も言えなくなって、ただただ、のだめのことを抱きしめていた。  三  本当は帰したくなかったけど、今日はこのまま一緒にいても、俺の負けがこむばかりだと思い、部屋の前でお休みを言って帰すことにした。  「じゃあ、また明日」  「はい、おやすみなサイ……」  のだめをドアの前で見送り、一人自分の部屋に戻る。  シャワーを浴びてベッドに入っても、アイツを抱きしめたときの思ったより華奢な肩とか、キスする瞬間の目をとじた顔とか、柔らかい唇の感触とか、そんなものが後から後から浮かんできて、俺はその夜、なかなか寝付けなかった。  なんなんだよアイツ……。  この前まで、変態で世話の焼ける、ただの後輩だったくせにっ。  俺様にこんな思いさせるなんて……、覚えておけよっ! ------------------------------  ばたんっ。  後ろ手にドアを閉めると、のだめはそのままベッドにダイブした。  「ち、千秋先輩が、のだめのコト好きだって……、むっきゃあぁぁぁ!」  枕を抱きしめて、奇声を発しながらのだめはベッドをのたうちまわる。  「のだめ、どしたらいいんデショ?  先輩から抱きしめられたり、顔が近づいてきただけで、ドキドキして……。きききキスに慣れるなんて、ぜったい無理っ!  だって……先輩のこと、ずっと好きだったんデスよー……」  のだめの頬を、涙が伝う。突然の涙に、のだめはその日、自分の身に起きた出来事に、やっと気持ちが追いついたのだと気付く。  「今日は、のだめが生まれてきてから、いちばん幸せな日デス……。  明日になったら先輩にこの気持ち、伝えなくっちゃ……」  のだめはそうつぶやくと、幸せな気持ちのまま眠りについた。 ------------------------------  「おはようございマス!」  「お、おはよう……」  のだめは朝、いつもの調子で俺の部屋にやってくると、いつものように朝食の準備を手伝って、いつものように食事を始めた。  俺は寝不足で食欲もなく、コーヒーをすすってるっていうのに。  「千秋先輩」  「ん、なに?」  「ごはんが終わったら、昨日した約束のキス、ちゃんとしてくだサイね?」  「ぶっっ!」  「やだぁー、先輩ってば汚いー」  「だ、だって、お前が朝から変なこと言うから……」  真一は、噴出したコーヒーを拭きながら、真っ赤になって言い訳をする。  「むきゃ? 恋人同士の愛のささやきとか、キッスとかは、朝からするのは変デスか?  のだめ、そういうのよくわからなくて……。  ごめんなサイ……」  「ちがっ! そそそそうじゃなくて……。  朝からしても全然おかしくねーし、大丈夫だからっ」  「ほわぉ……よかったデス!  じゃあのだめ、急いで食べたら、歯磨きしてきマスね?」  「お、おう……」  やっぱり変態は先が読めねぇ!  昨日まで、抱きしめただけでもあんなにガチガチになってたくせに、こんな奇襲をかけてくるなんて……。  どきどき……。  ごちそーさまでシタ! と言って、食器を片付けると、のだめは部屋に戻っていく。  真一は上の空で後片付けをしながら、のだめの戻ってくるのを待った。 ------------------------------  「先輩……、のだめ準備できまシタ」  「う、うん……、今行く」  のだめは学校の準備をととのえ、真一の部屋に戻ってきた。  真一はのだめのためのカフェオレと、自分のコーヒーをもう一度入れなおし、ソファーに座るのだめのもとへ向かった。  「先輩……、のだめ言いたいことがあるんです」  二人のカップをテーブルに置き、ソファーに腰掛けると、のだめからそんなふうに切り出された。  「な、なに?」  「のだめ……、昨日はいろんな事が突然起こったから、気持ちがついていかなくて……。  あの……、のだめ昨日は、生まれてきてからいちばん、幸せだったって、先輩に伝えなくちゃって……」  そういってモジモジと鍵盤バックの持ち手をいじりながらささやくと、のだめは真っ赤な顔をあげ、真一を見つめる。  「先輩……、のだめのコト好きになってくれて、ありがとうございマス。  のだめ、とっても幸せデス……」  「うん……、俺も」  真一は、のだめの手からバックをとり、床に置くと、のだめの両手を掴み、しっかりとのだめの目を見つめて言う。  「俺は……お前のことが好きだ。  だから、キスさせて?」  「はい……」  真一は、のだめの小さな顎を掴み、顔を上に向かせる。  「のだめ、目とじて」  「はい……」  真一はそっとのだめの顔に近づき、両手でのだめの顔を優しく包み込むと、のだめのくちびるに自分のくちびるを重ねた。 ------------------------------  ほわぉ……。  先輩がのだめの顎を掴んだとたん、そこが火がついたように熱くなるのを感じマス。  ぎゃぼっ! 先輩の綺麗な顔がのだめに近づいてきマス!  瞳が潤んで色気ダダ漏れデスよ? その少し薄くて、綺麗なくちびるが、のだめのくちびるに重なるんデスか?  はうん……少し開き気味のくちびるから漏れた吐息が、のだめの頬をくすぐって……。  はい、もう目とじちゃいマス……、これ以上、至近距離で先輩のこと見つめていたら、のだめまた気絶しちゃいマス。  ふわり。  人間のくちびるって、こんなに柔かいものなんデスね。  ちょっと湿った感触が気持ちいいデス……。  あん……、まだ離れないでほしいって思うのは、のだめのわがままデスか?  「……気絶してない?」  「はい……、のだめ、気持ちよかったデス……」  「えっ! そ、そんなに?!」  「ほえ? 先輩のくちびる、やわらかくって、ちょっぴり湿ってヒンヤリして……、キスって気持ちいいなって……。  お、おかしいデスか? のだめ……」  「い、いや、そ、そういう意味か……。  はぁ……よかった……」  「じゃあのだめ、学校いってきマスね?  先輩の今日の予定は?」  「うん、午後からクラシックライフの取材を受けて……。  夕方から母さんたちと合流して食事だ。お前も来られるよな?」  「はいっ! まっすぐ帰ってきますから!」  「うん、じゃあ行ってこい」  ソファーからバッグを持って立ち上がり、玄関を開けようとドアノブにかかったのだめの手をつかむ。  「ほえ?」  「もう一回だけ……」  振り向いたのだめに、もう一度、行ってらっしゃいのキスを。  あっという間の出来事に驚いて、真っ赤になってるのだめが可愛くて。  「もう……先輩ひどいデス……」  「ほら、遅刻するぞ」  朝から俺様を翻弄した罰だ。  真っ赤な顔でアパルトマンの階段を駆け下りてゆくのだめを見送って、今までではありえない自分の行動に呆れながら、こんな新しい関係も悪くないとニヤつく俺がいた。 ------------------------------  佐久間さんって、夢見がちでぼーっとしてる人かと思ってたけど、結構鋭いんだな。  クラシックライフの取材ということで会って早々、昨夜の君は、本能と感覚で旋律を統制していて、今までと違った演奏だと感じたんだけど、何かあったのかな?≠ニ聞かれる。  「えっ?! ど、どうでしょう、師匠のもとで修業した四ヶ月のおかげかもしれません……」  「そうかー。いやぁ、うれしい発見だったよ!」  そういって豪快に笑うと、その後はいつものような佐久間節が炸裂して、インタビューというよりも、ポエムを聞かされ続ける数時間を過ごした。  四  急いで帰宅すると、すでに学校から帰宅したのだめの弾くピアノが聞こえる。  演奏旅行から戻ってすぐ聞いたような、叩きつけるようなリストではなく、ふわふわと弾むようなピンクのモーツアルト。  やっぱり演奏には、その時の感情が表れるものなんだな。  昨夜の俺もバレバレだったのだろうか?  「ただいま……」  「おかえりなサーイ!」  俺の帰宅に気づいたのだめが、ピアノを弾く手をとめ、出迎えてくれる。  「むきゃ? 先輩、なんだか顔赤いデスよ?」  「……ちょっと急いだから……」  のだめの恋するモーツアルト(愛の告白)に照れてとは言えず、そんなふうにごまかす。  「もう出られるか?」  「はいっ!」 ------------------------------  アパルトマンを出て、のだめはいつものように俺の左腕に右腕を絡めて、学校での出来事を楽しそうに話す。  弾むようにふわふわと歩くので、時々俺の腕にはむにゅ≠チと柔らかいものがあたるのだが……。  大学時代も、こんなこと幾らでもあったんだろうけど、今の俺はそんなことすらスルーできず、、その柔らかな感触の正体を想像をしてしまい、ついついのだめの話にも上の空で……。  「むぅ、先輩のだめの話、聞いてマス?」  「……ごめん、ちょっと考え事してた」  「先輩ってば、ひどいデスー」  ぷー。  頬を膨らませて拗ねたのだめが、俺の腕を両腕でぎゅっと抱え込むものだから、さらに柔らかなものが俺の腕におしつけられて……。  むぎゅぅぅぅ。  その無自覚攻撃は反則だろ?  「もー、先輩なに考えてたんデスか?」  上目づかいで、口を尖んがらせたのだめ。今の俺には、そんなのだめの表情も、この思いを煽る要素にしかならなくって。  「お、お前のこと考えてたんだよっ!」(反撃)  「ぎゃぼっ!」  途端にのだめは真っ赤になって、大人しくなる。  なんなんだよ、その恥じらいぶりは……可愛すぎだろ?!  真一とのだめは、ふたりとも頬を桃色に染めて、言葉少なく残りの道筋をレストランに向かって歩き続けた。 ------------------------------  「なに二人とも赤い顔してんの?」  到着した途端、俊彦からツッコミが入る。  「……うるせー」  「なんでもないデス……」  向かい側にいる、母親の何か言いたげな視線が気になるのだが、とりあえず気づかないふりをして……。  上品なフレンチレストランで、夕食が静かに始まった。 ------------------------------  「ぎゃぼっ!」  骨付きのラム肉を注文したのだめが、うまく切り分けられず、肉と格闘してる。  「しょーがねーな……」  のだめを抱え込む形で後から手を伸ばし、のだめの両手に自分の両手を重ねて、お手本を見せる真一。  「こうしてここにフォークを置いて、ナイフはこのへんに沿わせて……。  ほら、簡単だろ?」  「ほわぉ……先輩さすがデス!  一口食べマス?」  切り分けられた肉をフォークに差し、のだめは真一に差し出すと、真一はそのままのだめの手を掴んで、自分の口へと運ぶ。  「うん、旨いな。  で、どーせお前もこっちが食べたいんだろ?」  「ゲハ、お見通しデスね?」  「ほら……」  真一は自分の皿のフィレ肉をフォークに差し、のだめの口に運ぶ。  その際、のだめの口にシンクロして、自分の口もあーん≠ニ開いているのには、もちろん気付いていない。  「あーん……。  むきゃぁぁぁ! 肉汁たっぷりで美味しいデス!」  いちゃいちゃ……。  あの、のだめ受験準備中にも三善家で繰り広げられた二人の無自覚なイチャつきは、さらに甘さを増してバージョンアップしており、目の前に繰り広げられる光景に唖然とする三善家一同。  しかし、本人たちは、日常的に行っている行為を無意識にしているだけなので、周囲の戸惑いにはまったく気付かない。  「……真一も変わったな」  「ほんと、あんなに堂々とやられると、何も言えないよ……」  「のだめちゃん、ずるいー!  由衣子も真兄ちゃまにお肉切ってほしいー!」 ------------------------------  「真兄ちゃま! のだめちゃん! いろいろ頑張ってね!」  「はいっ! ありがとデス!」  「真一、これからが大事だぞ? 油断しないで頑張りなさい」  「はい。わざわざありがとうございました」  食事を終えた一同は、店を出て挨拶をかわす。  「真一、ちょっと」  「な、なんだよ」  征子が、一同から離れたところへ、真一を引っ張ってくる。  「真一、わかってると思うけど、のだめちゃんは私がご両親から預かっている大切なお嬢さんなの。  変なことして、泣かせるようなこと、しないで頂戴ね」  「……どういう意味だよ……」  「のだめちゃんは女の子で、あなたは男ってこと。わかるでしょ?  そこんとこよく考えて、大切にして。頼んだわよ?」  「……わかった……」  俺の返事を聞くと、母はにやりと笑って俺の肩を意味深に叩くと、のだめと由衣子のもとへ行き、のだめにもなにやら話しているようだ。  「くくく……真兄もついに観念したのかぁー」  「……何の話だよ?」  「言ってもいいの?」  「……言わなくていい……」 ------------------------------  三善家一同とわかれ、アパルトマンへ戻る道を二人で辿る。  「お料理、美味しかったデスね?  三善の皆サンとも久しぶりにゆっくりお話できて、とっても楽しかったデス!」  「うん……」  「先輩? どうかしました? 飲み過ぎまシタ?」  「うん……」  「先輩のワインの飲み方って、お水飲むみたいデスもん。ホントに大丈夫デスか?」  「うん……」  「もー、さっきからうん≠オか言ってないデスよ?」  「うん……あ、ごめん……」  のだめは変な先輩≠ニ失礼なことをつぶやくと、これ以上は何を言っても無駄だと思ったらしく、俺との会話は諦め、鼻歌を歌いはじめた。  俺は先ほど、母親から釘を刺されたことを考えていた。  もちろん、母親から何か言われたからって、俺たちの関係が変わるわけでもないし、俺だってアイツに対する何かが変わるわけでもない。  今までだって、のだめのことは大切にしてきたし、これからだってそれは変わらない。  ただそれと、若い男女が行う愛の営みはまた別の話であって、俺はアイツと早くそういう関係になりたいと思ってるし、それにあたってはアイツの意志を尊重して、気持ちを大事にしてやりたいと思っているわけであって……。  ただ、この点について、のだめがどんなふうに思っているのかが、まったくわからない。  のだめは、真一が付き合ってきた女性たちとまったく違うのだ。というか、のだめのようなタイプの女性というのが、今まで自分の知っている女性の中にも見当たらない訳で……。  しかも、初めてだったとはいえ、少し深いキスをしただけで、気絶してしまうような状態で、それ以上先になんてすぐに進めてもいいのか、さっぱりわからない。  真一がそんなことを悶々と考えているうちに、アパルトマンに到着してしまった。  今日はもう遅いし、少し二人っきりで過ごしたい気持ちもあるけど……。  「先輩、これからお部屋に寄ってもいいデスか?」  「えっ?! い、いいけど……」  自分があれこれ迷って躊躇しているうちに、のだめから自分が望んでいたことを言われ、真一はいそいそと玄関のドアを開けた。  真一がいそいそとドアを開けると、のだめは突っ立ったままで、部屋に入らない。  「どうした? 入らないのか?」  ありえないほど優しい声で促す自分に、真一本人が一番驚いた。  それだけコイツに帰ってほしくないんだな、俺は。  「はい……」  のだめは真一に促され、静かに部屋に入る。  ジャケットをクロゼットにしまい、リビングに移動しようとしたが、のだめはまだ寝室に立ち尽くしたまま。  「どうした? 今、カフェオレでも……」  「先輩、今日……、  のだめ泊まっていってもいいデスか?」  五  「えっ?!」  のだめはそう言うと、真一の顔を覗き込む。  「明日、ガッコはお休みだし……、そのう、のだめと先輩は恋人同士デショ? だから……」  そういって固まったままの真一のそばまで近づくと、真一の袖口を掴みもう一度、だから、泊まってもいいデスか?≠ニ真っ赤な顔でつぶやく。  「お、お前それ……どういう意味で言ってるんだ?」  同じように赤面して、真一が尋ねる。  「え? どういう意味って、そのままの意味デスけど……。  恋人同士なら、お互いの部屋に泊まって、朝まで過ごしてもいいのかなぁって、思ったんデスけど、だめデスか?」  「駄目じゃねーけど……、その……つまり……俺は男であってお前は女なんだから……若い男女が一つの部屋で一夜を過ごすってことはだな……つまりその……」  「なんデスか? モジモジしちゃって先輩らしくないデスよ?」  「だ、だからっ!  それはすなわち、今夜お前のヴァージンをもらっていいってことなのかって聞いてんだよっ!」  「ぎゃぼっ!」 ------------------------------  「はぁ……そういうことかよ……」  「ごめんなサイ……」  のだめは直接的な表現が真一の口から飛び出した途端、慌てて言い訳をしはじめた。  「のだめの部屋、いまちょっと住みにくいんデス。  久しぶりにバスタブにも浸かりたいし、清潔で気持ちいい先輩のベッドで、先輩に腕枕してもらって眠ってみたいなぁって……。  大学時代には許されないことでしたケド、今なら許してくれるのかなぁって……。だめデスか?」  「はぁ……駄目じゃねーけど、そういうの今の俺にとっては生き地獄なんだぞ?」  「ふぉ? どういう意味デスか?」  「好きな女がベッドの横で寝てたら、やりてーんだよ普通に」  「ぎゃぼっ!」  「……いやか?」  「……いやじゃないデスけど、まだ心と身体の準備が……」  「心はわかるけど身体の準備ってなんだよ?」  「女の子にだって色々あるんデスよ?  好きな男の人に、自分のす、すべてを見せるにあたって事前の準備が……」  「そんなもん、しなくていいから……、なぁ? ちょっとだけ……」  「ぎゃぎゃぼっ! だめデスー! じゃあのだめ帰りマス!」  「お、おい待てって!」 ------------------------------  結局、真一はのだめを帰したくなくて、生き地獄を選んだ。  今のだめは、ご機嫌で風呂に入っている。  「……俺っていつから、こんなにアイツに甘くなったんだ?  はぁ……」  先に入ってほしいと言われたので、真一はすでに風呂上がりでやることもなく、リビングのソファーに座り、ビールを煽っている。  時々、バスルームから聞こえる水音にいろいろと妄想してしまうのは仕方のないことで、それが嫌ならアイツはまだ身体を交わしてない付き合い始めの彼氏の家で風呂に入りたいなんて言い出すべきではないのだ、絶対。  だから俺は悪くない、これは不可抗力だ。  「いいお湯でシタ!」  「わっ! びっくりした……」  そんなふうに悶々としていたところに、風呂上がりで肌をピンク色に染め上げ、しっとりと濡れ髪の、のだめが現れた。  「先輩、気持ち良かったデス。ありがとうございまシタ」  「うん……なんか飲むか?」  「じゃあ……のだめもビール飲もうカナ?  たまには夫にお付き合いしマス。妻ですカラ」  「誰が夫だ……」  真一が冷蔵庫にビールを取りに行く。  そのあとを、のだめがちょこちょことついてくる。  「ん? なに? グラスいる?」  「……そのままでいいデス。ありがとデス」  真一からビールを受け取ると、おとなしくリビングに引き返していく。  ふわりっ。  のだめからの甘い残り香が真一の鼻腔をくすぐる。  「……」  真一はため息をつくと、冷蔵庫から二本目のビールをとり、リビングに戻った。 ------------------------------  「ぷはぁー! お風呂上がりのビールは美味しいデスね?」  のだめは、湯上がりとアルコールの相乗効果で、目元はぽわんと緩み、くちびるは赤みを増し、まさに美味しそう≠ノ仕上がっている状況。  そんなのだめの様子を、真一はソファーの背もたれについた右手に頭をもたげ、ビールを飲みながら眺める。  ちょびちょびとビールを煽るのだめの、無防備にさらされた白い喉元から目が離せない。  コトン。  真一はテーブルにビールを置き、のだめの手にあるビールも取り上げる。  「むぅ。まだ飲んでるのに……」  「もう終わり……」  真一の美しい顔が、のだめに吸い寄せられるように覆いかぶさり、右肩が真一の大きな手に掴まれる。  「せんぱ……」  「黙って……」  そう言った隙から、真一の唇がのだめの唇を塞ぐ。  優しく重ねられた唇が、ちゅっと音を立ててすぐに離れていく。  「苦しくなったら言えよ?」  「……はい……」 ------------------------------  のだめ、大学時代から夢だったんデス。  もし、先輩と恋人同士になれたら、先輩のベッドで、先輩に腕枕してもらって眠りたいなって。  だって、先輩は一度そうしてくれるって約束して、だからのだめはミルヒーのお寿司とかお肉の魅力的な誘惑を断ったのに……。  嘘に決まってんだろっ! って廊下に放り出されて、のだめあの時は辛かったデス。  ちょっといいワインを飲んで、少し気持ちが大きくなってたのかもしれまセン。  先輩の部屋に着いて、のだめは思い切ってお願いしてみたんデス。  先輩ってば、すっかりのだめのお願いを勘違いして……むきゃー!  も、もちろんのだめのヴァージンは先輩に捧げるつもりデスよ?  でも、まだそんな……キ、キスにだって慣れてないのに、無理デスよ、えっちだなんて……。  それに、大好きな先輩にのだめの全部を見てもらう時、先輩の目に少しでもよく映りたいカラ、のだめは昨日からお手入れだって始めたんデス。  先輩、ごめんなサイ。  もうちょっとだけ、のだめのこと待っててくだサイ。  のだめ、先輩のために、ぴかぴかになってみせますカラ!  お風呂から出て、先輩のところに行ったら、先輩はお風呂上がりのフェロモンむんむんで……。  なんだか落ち着かなくて、一人リビングで待っているとどうしていいかわからなくなって、ビールを取りにキッチンに向かった先輩の後をついていったんデス。  ん? なに? グラスいる?≠チてのだめを気遣ってくれる先輩の表情は、ありえないくらい優しくって……。  のだめはまたドキドキしちゃって、慌ててリビングに戻るとあんまり得意じゃないビールをぐびぐび飲むしかなくて……。  むきゃ? 先輩にビールの缶を取り上げられてしまいまシタ。  ぎゃぼ! 先輩の綺麗な顔がのだめに近づいてきマス……はぅん、キスされちゃいまシタ。  昨日キスしたときは、ちょっとひんやりしてるって思ったけど、今夜の先輩の唇はほんのり温かいデス。  少し重なって、あっという間に離れていってしまったけど、それはキスに慣れていないのだめに対しての先輩の気遣いで、苦しくなったら言えよ?≠チて言ったあと、また先輩の唇がのだめの唇に戻ってきてくれまシタ。  嬉しい……!  もうずっとキスしていたいほど……。 ------------------------------  ちゅっ、ちゅっ……。  何度か触れるだけの優しいキスを繰り返して、真一はのだめの様子を窺《うかが》いながら、徐々に触れる時間と強さを深めていく。  お互いの唾液で滑りのよくなった唇を、吸って、舐めて、そして撫でる。  そのうちにのだめが少しずつ、ぎこちないけど、真一の動きにあわせて、ついばむように動きはじめた。  ソファーの背にのせられていた真一の腕は、のだめの頭を抱き寄せ、のだめの両手もそれに合わせて、ぎこちなく真一の背中に回される。  真一が薄目を開けて、そっとのだめの顔を見下ろしてみれば、のだめの瞼は自然に閉じられ、眉はそっとよせられていて、苦しいというより気持ちよさそう?  のだめは今、真一の動きに合わせて、夢中で真一の唇を吸っていた。  先輩の唇、男の人なのにとっても柔らかくて気持ちいい……。  先輩の柔らかい唇が撫でるように触れて……、そして何度ものだめの唇を吸って、それだけですごく気持ちよくて……。  気がついたら、のだめも先輩の下唇をはさんで吸ってまシタ……。  吸われるだけじゃなくて、のだめからも吸い付くと、さらに唇が先輩の唇の柔らかさとか、温かさとかをもっと感じることができて。  求めて、求められているこの行為に、どんどん夢中になって、身体が熱くなっていくのを感じマス。  のだめの頭を抱える先輩の右手に、ぎゅっと力が込められて、先輩の唇がさらにのだめの深いところを求めてくるのを感じマス。  のだめも何かに強くしがみつきたくて、先輩に回した両手に力を込めて、ぎゅうっと抱きつきまシタ。 ------------------------------  キスって、自分が言葉にできない切ない想いを、相手に伝えるためにするのかも知れない。  お前が好きだ。俺のものになって?  あなたが好き。このままずっと離れないで……  のだめの、真一の背中に回した腕にぎゅっと力が込められた。  二人のくちづけは、さらに加速度を増して。  静かなリビングに、二人がたてるキスの音と、抱きあった身体がたてる衣擦れの音が響いていた。 ------------------------------  真一とのだめの唇が、ゆっくりと音を立てて離れる。  のだめはまだ瞳をとじたまま、ふぅっと息を吐くと、真一の肩に頭を預けて呼吸を整えている。  のだめの髪を優しく撫でながら、真一も呼吸を整える。  二人の唇は赤く、火がついているように熱い。  「のだめ、大丈夫か?」  「……はい……」  「少しは慣れた?」  「……そんなこと、わかんないデス……」  「でもお前、結構積極的だったぞ?」  「……そんなこと……知りまセン……」  「じゃあ無意識でやってるんだ?  お前ってそっち系の能力、高いのかもな」  「……そっち系って?」  やっと呼吸を整え、真一の言葉に不思議そうに顔を上げて尋ねるのだめに、真一はのだめの耳に唇を寄せ、ささやく。  「ん? えっち系?」  「……もうっ!」  真一の言葉にふくれたのだめは、両手でこぶしをつくって、真一の胸を叩く。  「痛てーな!」  真一は笑いながら、のだめの両手首を掴むと、のだめの瞳をしっかりと見つめる。  六  のだめを見つめる先輩の目、すっごくえっちで……、のだめは背筋がぞくぞくっとしまシタ。  実はさっき、耳元でん? えっち系?≠チて低い声で囁かれたときも、ぞくぞくって身体が震えちゃったんデスけど、先輩に気づかれてないカナ?  ふぉ? また先輩の顔が近づいてきまシタ。  のだめの瞳を見つめながら、先輩の指がのだめの頬をすうっとなぞって、そのまま耳をゆっくりと触りながら、唇が近づいてきたカラ、のだめはまた目を閉じて、両手で先輩につかまりまシタ……。  真一の舌が、のだめの唇をゆっくりと撫でる。  舌先でそっと、触れるか触れないかのぎりぎりのところから、焦らすようにゆっくりと撫でてゆく。  のだめは気持ちよさそうにはぁっ……≠ニ息を吐き、唇を緩める。  少し開かれたのだめの唇から、真一の舌先が徐々に唇の内側へと侵入し、撫でてゆく。  その動きに、のだめの唇はどんどん緩められていき、気がつけば開けられた唇から、のだめの可愛い桃色の舌が突き出されていた。  のだめの唇が、身体が、徐々に柔らかに緩んでいくのを感じ、俺はのだめが少しずつ自分のものになっていくような喜びを感じていた。  俺に身体を預け、舌先で撫でてゆけば気持ちよさそうに唇を開放してゆき、ついにのだめの舌が顔を出す。  まずはそっと舌先で触れる。  一瞬驚いたようにびくっと震えるが、俺がそのまま離れると、再びのだめの舌が、俺を求めて伸ばされてきた。  少しずつ、舌先でのだめの舌を撫でて慣らしてゆく。  のだめの舌が緊張から緩んだのを感じ、俺の舌を絡めてみる。  ゆっくりと、撫でるように舌全体を愛撫するように絡めていけば、のだめも徐々に俺の舌に絡めてきた。  ゆっくりと絡み始めた舌が、徐々に激しく絡まってゆく。  のだめの両手は真一の髪に差し込まれ、キスに連動するように真一の髪をかきまぜる。  真一は、左手でのだめの腰を抱き、右手は背中をゆっくりと撫でていたが、脇腹をかすめて前に回すと、そっと首筋を撫でながらずっと触りたかった、豊かな胸のふくらみへと、指をのばしていった。  これがフレンチキスっていうんデスね?  パリの街中でこんなキスをしているカップルをたまに見かけマスけど、これは……のだめには街の中でなんて、絶対に無理デス。  立っていられまセンもん。  先輩の手がのだめの身体を優しく撫でてくれマス。  とっても気持ちいいデス。  あ……先輩の手が脇腹を掠めて、のだめの胸の谷間をゆっくりと上下してマス……。  「あっ……」  俺の手がのだめのふくらみを包み込んだ途端、のだめの舌の動きが止まり、小さく声が漏れた。  でも、俺の手を拒否するわけではないようだ。  俺はのだめの様子をうかがいながら、胸への愛撫を進める。  初めてふれたそこは、予想以上に大きく、俺の大きな手にも余るほどで……。  俺は高まる期待に押し潰されそうになりながらも、焦らず、ゆっくりと進める。  まずは外側から円を書くようにゆっくりと撫でる。  のだめは、小さく浅い呼吸を繰り返している。  快感を逃そうとしているのか?  もっと熱くさせたい。俺以外のことを考えられないくらいに。  「あっ、せんぱ……だめ……」  「……お前の胸、柔らかくて最高に気持ちいい。  もうちょっと触ってもいいか?」  「……はい……」  先輩にえっちな目でそんなこと囁かれたら、のだめ断れまセン。  それに……のだめもすごく気持ち良くて、止めてほしくなかったし。  先輩の大きな手が、のだめのおっぱいを優しく撫でてくれて、すごく気持ち良くて、のだめはそっと目を閉じまシタ。  先輩の手が徐々にのだめのおっぱいの中心に向かっていきマス……。  「あんっ、あっ……」  真一の指先がのだめの胸の中心のたちあがりを掠めた途端、のだめの口から初めて、嬌声が上がった。  真一は、頬を赤らめて嬌声をあげるのだめの姿に、一気に下半身に血が集まるのを感じる。  指先で何度ものだめの胸のたちあがりを撫で擦り、その可愛い姿を目に焼き付ける。  「せんぱいっ……あんっ、だめデス!」  のだめは自分の身体を支えられないのだろう、そのまま俺のほうへ倒れ込んでくるので、しっかりと抱きしめた。  「……お前ってこんな可愛かったのな……」  「……や、やめてくだサイ」  「ほら……、普段はずうずうしいくせに、こういうときはそうやって照れるんだ……」  真一は自分の胸に倒れ込んで顔を埋めているのだめを両肩を掴んで起こし、顔を覗き込む。  「お前、可愛いすぎ……」  「……先輩のいじわる……」  「……なんでだよ?」  「だって……そんなこと言われても、どうしていいのか……困りマス……」  真一は、そんなのだめの可愛い姿に胸に温かいものが溢れてきて、本当はそのままずっと抱き合って、キスをして、身体を触っていたかった。  でも、このまま続けていると止まらなくなりそうだったので、ありったけの理性をかき集め、今夜はストップをかけることにする。  「そろそろ寝る? それともずっと起きていたい?」  真一が笑いながら冗談めかしていうと、のだめは顔を真っ赤にして怒る。  まるで夜の二人は、昼間の関係が逆転してしまったかのよう……。  真一に手を引かれ、頬を赤らめたのだめがベッドまでやってきた。  「お先にどうぞ?」  真一に促され、のだめが恐る恐るベッドに入る。  続いてベッドに入ってきた真一は、のだめの横に横たわるとのだめの上に覆いかぶさる。  「ぎゃ、ぎゃぼっ!」  「ん?腕枕、夢なんだろ?」  真一はのだめの頭を抱えると、自分の左腕にのせ横たわる。  右手でのだめの背中を抱き、自分のほうへ横向きにさせると、優しく髪を梳き、落ち着かせるように話しかける。  「……静かだな」  「はい……」  「ドキドキしてるんだ?」  「はい、すっごく……。  心臓が口から飛び出そうなくらい……」  真一はのだめを優しく見つめ、微笑むと、  「じゃあ、よく眠れるようにおまじない……」  そう言ってのだめの唇に優しいキスをした。  二人の唇は、離れがたそうで……。  それでも心地よい余韻を残した優しいキスに、心は穏やかで。  「おやすみ、また明日」  「おやすみなサイ……」  のだめは真一の左肩に顔を埋め、目を閉じた。 ------------------------------  夢みたいだけど、夢じゃない。  今、のだめは先輩に腕枕をしてもらって、先輩のベッドで眠りにつこうとしていマス。  腕枕って……、結構固いんデスね?  それに……、すっかり力をかけていいものなのか、結構気を使うというか……。  でも、先輩の腕はたくましくって、やっぱり男性なんデスね。  はうん……素敵デス。  先輩がのだめのこんなに近くにいてくれて、大好きな香りに包まれて、朝まで眠っていいんだなんて……。  のだめの夢、かないまシタ……  真一のおまじないが効いたのだろうか、左肩にのせられたのだめからは、規則的な呼吸音がきこえてくる。  はぁ、今夜俺は、なかなか眠れそうにねーけど……  真一は小さくため息をつきながら、しかし昨日から新しい発見を幾つも与えてくれるのだめの可愛いらしさに、胸を温かくしながら眠りにつくのだった。  七  ちゅっ、ちゅっ……。  ほわぉ……。なんだか気持ちいいデス。  「ぎゃはぁ! くすぐったいデスよー!  わんちゃんってば、やめてくだサイー!」  「……俺は犬じゃねぇ……」  「ぎゃぼっ!」  のだめは今朝、とっても気持ちいい夢を見まシタ。  黒くて、大きなわんちゃんが、のだめにのしかかって、ぺろぺろとのだめの顔を舐めてくれている夢。  とっても気持ちよくて、くすぐったくて、おもわず声を上げてしまったら、ちょっと不機嫌な顔をした先輩の顔が目の前にあって。  のだめは死ぬほど驚いて、飛び起きまシタ。  わんちゃんだと思ってたのは、先輩だったんデスね……。  「おはよう、のだめ」  「お、おはようございマス……」  そうでシタ。昨日、のだめは先輩のお部屋に泊まったのでシタ。  お風呂上がりのフェロモンむんむんの先輩に、抱きしめられて、キスされて……。  昨日は生まれて初めてのフレンチキスを経験して、生まれて初めて先輩にのだめのおっぱいを触られて(パジャマの上からだけど)、そして生まれて初めて先輩のベッドで腕枕してもらって朝まで……むっきゃぁぁぁぁ!  「なに赤い顔してるんだよ?」  「だって……ぎゃぼっ!」  真一がのだめの身体に覆いかぶさる。  照れて、ゆでだこみたいな真っ赤な顔ののだめに、心がほっこり温かくなる。  「おはようのキスさせて……」  「はい……」  真一は優しくついばむようなキスを繰り返した後、ゆっくりと舌を差し込み、のだめの舌を絡みとる。  徐々に深くなっていくキスに、のだめは真一に強く抱きつき、真一ものだめを抱きしめる。  しばらくして二人の唇が離れ、強く抱きしめあったまま、呼吸を整えていると、のだめが突然切り出した。  「先輩……そのぉ……何か硬くて熱いものがあたってるんデスけど……」  「……うん……それはつまり……その、あれだ……いわゆる俺のペ「ああっ! あれデスねっ?!」」  なんだろう? この胸騒ぎは?  のだめの瞳がキラキラと輝いていて、朝の優しい光の中で、最高に可愛いのに。  それに、この展開はやりようによっては、昨夜から少しずつ進んできた俺たちの関係がまた一歩前進するかもしれないし、コイツも俺と一晩過ごしたことで心境に変化があったのかもしれないし、そんなふうに明るい側面もあると思うのだが。  しかし、この可愛い変態と、決して短くない付き合いの、俺の本能がなにか危険を察知しているらしい。  「先輩……のだめお願いがあるんデスけど……」  きた!  俺の下で、上目づかいでおねだりをするのだめ。  この瞳の輝きはとんでもないことを言い出すに違いない。  真一はごくりと唾を飲み込み、冷静を装うと聞き返した。  「なんだよ? 言ってみろよ……」  「あのぉ……先輩のソレ、のだめに見せてもらえまセンか?」  「……ソレって?」  「そのぉ……今、先輩の中心で硬くなって、のだめの太もものあたりにあたってるソレデス」  「はぁぁぁっ?!」  やっぱり可愛くっても変態は変態だ。  まだキスしかしてない彼氏のモノを見せろと言い出すなんて……。  俺は呆れて開いた口がふさがらないものの、一応理由を聞いてみることにする。  理由によっては……いやいやありえない、一応聞いてみるだけ。  今後のためにも変態の思考を理解するため、一応だ。  「なんで見せてほしいんだ?」  「えっ?! なんでって、先輩はのだめの恋人デショ?  恋人の大事な部分を見て、どんなものなのか確かめておきたいというか……」  「……」  ありえない、無邪気すぎる。  小悪魔にもほどがある。少しお仕置きをしなければ……。  「じゃあ、ギブアンドテイクだ」  「はい?」  「俺のを見たいなら、お前のも見せろ」  「ぎゃ、ぎゃぼっ!」  「どうする? 俺が先に見せるか?それともお前が先に見てほしいか?」  「い、いえ、それはその……」  「自分で脱ぐ? それとも俺が脱がせてもいいか?」  のだめを仰向けにし、上にのしかかってにやりと笑う真一。  戸惑うのだめを見て、面白がっているようだ。  真一からの反撃に戸惑い、言葉を失っていたのだめだったが、ふと思い出したかのように静かに呟く。  「じゃあ先に、のだめにギブアンドテイクデスよ。  昨日、先輩のだめのおっぱいに触りまシタよね?  見せてくれなくていいデスから、のだめにも触らせてくだサイ」  「えっ?!」  今度は真一が戸惑う番だった。  俺のモノを触らせろといって、瞳をキラキラと輝かせるのだめ。  触ってもらうのは決して嫌ではないし、むしろ願ったり叶ったりというか……。  ただ、それが恋愛感情からくるセクシャルな欲望によるものではなく、純粋に好奇心からくる無邪気な願望であるのが切ないというか……まあいっか。  「しょーがねーな、ちょっとだけだぞ?」  そういって真一は身体を起こすと、ベッドのヘッドボードへ枕を二つ重ね、背中をもたれかける。  「ふぉぉぉっ!」  のだめは飛び起きると、真一の腰のあたりに正座して、覗き込んだ。  「じゃ、いきマスよー」  のだめが瞳をキラキラさせて手をのばす。  怖いような、嬉しいような複雑な心境で、真一はのだめの手を迎え入れた。  「ふぉ? 硬いデス……」  のだめの手がそっと真一のモノに重ねられる。  「……本番はもっと硬いぞ……」  「……そデスか……動かしてもいいデスか?」  「えっ? い、いいけど……」  のだめの手が上下にゆっくりと動かされる。  「ふぉ? ぴくぴくしてマスよ?」  「う、うん……」  最初は、手の平で上下に摩るだけの動きだったが、のだめは慣れてくると、指を真一のモノに沿わせて扱くように力を入れてきた。  「うっ……の、のだめ……もういいだろ?」  「先輩……気持ちいいデスか?」  徐々に質量と硬さを増してきたのを感じ、のだめはとろんとした目で真一を見つめる。  「う、うん……」  ほわぉ……先輩の顔、凄く色っぽいデス。  のだめが先輩をこんなふうにさせてるんでショウか?  のだめ、なんだか変デス。  先輩の熱っぽい目を見つめていたら、身体の中心のあたりがキュンってして……。  先輩に抱きしめてもらって、キスしてほしいって思う。  「のだめ……もうやめろ……」  真一はありったけの理性をかき集めてつぶやくと、のだめの手を掴み、動きを止めさせる。  「先輩……キスしてくだサイ……」  恍惚の表情で、のだめは真一の上に跨がると、キスをせがむ。  真一はのだめを抱き寄せ、キスをせがむのだめの唇に唇を重ねる。  徐々に激しくなるキス。  真一はのだめを抱きしめたまま身体を反転させると、そのままのだめの身体をベッドに押し付け、のだめの口内を犯しつづけた。  やめろ、千秋真一。このまま止まらなくなるぞ?  そんなふうにストップをかけようとする自分と、大丈夫、今ならのだめもその気になって、このまま最後まで行っても自然な流れなんじゃないか? と欲望のままに押し進めようとする自分。  「んんっ! うぅんっ……」  ふと、自分の下で苦しそうに眉を寄せるのだめの表情が目に映り、真一は弾かれたようにキスを解いた。  「……シャワー浴びてくる……」  真一は逃げるようにバスルームへ。  のだめは一人ベッドに残され、バスルームから聞こえる水音をぼおっと聞いていた。  ほわぉ……身体の芯が熱くて、頭がぼぉーっとしマス……。  のだめ、あのまま処女喪失することになるかと思いまシタ。  でも……、それでもいいかなって思ったんデス。  そのくらい先輩のキスが気持ち良くて……。  先輩は突然、キスをやめてバスルームに行ってしまったケド、どうしたんでショウ?  のだめ……なにかいけないコトでもしてしまったんでショウか? ------------------------------  真一は、熱いシャワーを頭から浴びながら、自分の中で高まって、蓄積されて、吐き出すことのできない切ない思いを洗い流してしまおうとしていた。  人生には、こんなことがある。  ずっと近くにあって、よく知っていると思っていた、自分にとってはなんてことのない当たり前の場所。  ある日、ふと踏み込んでみると、そこには想像もしていなかった光景が広がっていた。  見たこともないような可憐な花が咲いていたり、美しく澄んだ小川のせせらぎが心地よく音を立てていたり。  でもそれは、その場所のまだほんの入り口で……。  その奥にはきっと、自分だけが見つけることのできる、真っ白で夢のように美しい秘密の場所がある。  知っていると思い込んでいたけど、何ひとつ知らなかった自分。  「くそ……なんなんだよアイツ……」  洗い流そうとしても、流しさることもできない切ない思いと、猛りおさまることのない自身を持て余し、真一は自分自身で処理するしかなかった。  バスルームに逃げ込んでしまった気まずさと、その中で行ったことへの気恥ずかしさから、真一は身支度を終えても、しばらくバスルームの鏡の前でぼぉーっと自分の姿を見つめていた。  「……先輩……」  「うわぁぁぁぁっ!」  鏡に映った自分の背後から、のだめがぬっと顔を出す。  「な、なんだ? どうした?」  「……それはこっちの台詞デス。  のだめ、お腹すきました……」  「……今、仕度するから。お前もシャワー浴びとけ」  真一はバスルームから出て、嫌でも視界に入る乱れたベッドに小さくため息をつき、キッチンへと向かう。  ブブブ……。  携帯が着信を知らせて震える。  「……はい、千秋です」  「ハーイ千秋、デビュー公演はまあまあ成功だったようね?」  「……おかげさまで」  「急で悪いんだけど、仕事よ。  明日からスペインで客演。五日間ばかりだけど。  これから用意して、すぐ出発してちょうだい」  「……わかった」  ちょうどいい。  俺もアイツから少し離れて、冷静になったほうがいいんだろう。  そうして気分を切り替えると、真一はお腹を空かせた愛しい恋人のために、朝食の準備にとりかかった。  八  今朝は、のだめの予測不可能な攻撃により、欲望のままのだめのヴァージンを奪ってしまいそうになった真一。  苦しげなのだめの喘ぐ声に引き戻されたものの、不自然にバスルームに逃げ込んでしまった上に、のだめに高ぶらされた欲望を鎮めることもできずバスルームで自身を慰めてしまった。  のだめは、俺の不自然な態度を、変に思ってないだろうか?  でも、モノを見せろだとか、触らせろだとか言い出すアイツのことだ、心配ないか?  てゆーか、どちらかといえば俺が被害者なんじゃねーか?  そんなふうに悶々としながら朝食を準備していると、ふんわりとオムレツが仕上がったところにタイミングよくのだめが現れる。  「むはー! ふんわりオムレツっ! 美味しそうデス!」  いつも通りの無邪気な笑顔にほっと胸を撫で下ろすと、真一は不機嫌な表情を無理矢理つくって言う。  「美味しそうじゃなくて、実際旨いんだよ」 ------------------------------  テーブルに向かいあい朝食をとりながら、真一はさらっと仕事のことを切り出した。  「明日から仕事になった。  今夜、夜行でスペインに発つから……」  のだめは食事の手を止め、顔をあげる。  「……ずいぶん急デスね?」  「うん……さっきお前がシャワー浴びてるとき、エリーゼから電話があった」  「……いつまでデスか?」  「……五日間」  「……ミルヒーとの演奏旅行に比べたら、あっという間デスね」  よかったぁ! とのだめは笑顔を見せる。  「メシの心配か?」  「ゲハ、ばれまシタ?」  けろっとした顔でのだめはあっさり答える。  「じゃあ先輩、今日は準備とかオベンキョで忙しいデスね?  のだめ、お邪魔にならないように、部屋に帰ってピアノの練習でもしてマス」  のだめはそう言うと、顔も上げずに一気に朝食をかきこみ、ごちそうさまでシタ! と、さっさと食器を片付けにキッチンへ向かう。  真一は、邪魔なんかじゃないとか、準備なら出かける直前で十分だとか、そんな言葉を思い浮かべるが、口には出せないまま……。  「先輩のも洗っときますカラ、食べ終わったらそのまま置いといてくだサイ!」  キッチンから、洗い物をする音と一緒に、のだめの元気に張り上げる声が聞こえてくる。  「わかった……」  のだめの淡白な態度に、ほっとすると同時に、真一はなんだか割り切れない思いを抱えたまま、食べ終わった食器をそのままに、準備にとりかかった。 ------------------------------  今日は学校がお休みだから、少しでも一緒にいたいとか、明日飛行機で出発じゃだめなんデスか? とか、先輩と離れるの寂しいデスとか、そんなことを言うのはのだめの我が儘なんデスよね?  先輩は駆け出しの指揮者で、のだめはただのピアノ留学生。  先輩に世界で活躍してほしくって、のだめはあの日、先輩と離れてしまうことも覚悟して先輩の背中を押したのだから。  こうして、今でも一緒に居られて、先輩と恋人同士になれて、あの時に比べたら夢みたいな状況で……。  寂しいだなんて、贅沢なこと。  だからのだめは、先輩を困らせるようなことは言っちゃだめなんデス。  それに、先輩の恋人として恥ずかしくないよう、先輩に少しでも早く追いつくために、のだめはピアノを頑張らなくちゃいけないんデス!  ざーーー。  のだめの食器を洗う手が止まる。  口をへの字に曲げ、下唇を噛みしめると、こぼれそうになる想いに蓋をした。 ------------------------------  のだめのことは気になるけど、あとで昼メシを作って、呼べばいいだろう。  そんなふうに真一も自分の気持ちに蓋をして、客演の準備に集中する。  総譜をひらき、音楽の世界に向かえば、真一はあっという間に引き込まれてゆき、時間の過ぎるのも忘れてしまう。  「……いけねぇ、今何時だ?」  気付けば、ランチにはもう十分に遅い時間。  キッチンに向かうと、テーブルの上にはのだめ手製のおにぎりと……手紙?  千秋先輩  お勉強に集中しているようなので、おにぎりをつくっておきまシタ。よくできた妻を持って、幸せな夫デスね?  のだめは、ピアノも十分練習したので、ターニャとショッピングに行って来マス!  ちゃんと食べてくだサイね?  LOVE のだめ  勉強してる俺を気遣って、ピアノは切り上げたのか……。  「誰が夫だ……」  受ける相手もいないまま、おきまりのツッコミを口にして。  真一は時間を気にしつつ、のだめのおにぎりを頬張る。  そろそろ出なくちゃいけねーのに、アイツ、何時に帰ってくる気だ? ------------------------------  そのころのだめは、ターニャを誘ってカフェでお茶をしていた。  「で? 私に話ってなによ?」  「実は……千秋先輩のことで……」  のだめはカフェオレボールを両手で包み込み、視線を落としたまま、もじもじとなかなか言い出せない。  「チアキがどうしたのよ? やっと告白でもされた?」  「ええっ?! ターニャー、どうしてそれを……」  「ふふふ……やっぱりねぇ〜。おめでと、ノダメ!」  「あ、ありがとございマス」  「それで? その幸せいっぱいのノダメさんが、一人身で寂しい私になんの話?  のろけるんだったら、短めにしてよね〜」  「……えと、その……。ターニャは年下だけど、もう経験済みなんデスよね?」  「なにが?」  「そのぉ……つ、つまりデスね、男の人とそういうコト……」  「ああ、セックス?」  「ぎゃぼっ! ターニャーそんなはっきりと……はぅぅ……」  「え? ノダメってやっぱりヴァージンなの?」  「……はぅぅ……」  「それで? 何を悩んでるのよ?  そんなのチアキに任せておけばいいじゃない〜!  きっとあの生真面目な性格でねちねちと教えてくれるでしょ? 何から何まで……くっくっくっ……」  「……ターニャ、顔がやらしいデス……」  「う、うるさいわね。私だってただで相談に乗るほどお人よしじゃないのよ? 最近ご無沙汰だから、手近なアンタたちで妄想くらい楽しませてもらわなくちゃ。  で? どこまでいったの?」  のだめは恥ずかしがりながらも、真一のデビューコンサート後から、今朝までの出来事を、ターニャに促されるまま、包み隠さず報告する。  「へぇぇ……。チアキって結構優しいじゃなぁい?  うぶなアンタに付き合って、モノまで触られても襲わないなんて、よっぽどアンタのこと、大切に思ってくれてるのね〜。  愛を感じるわぁ〜! ああっ! 私だって、そんなふうに思われてみたい〜!」  「そ、そなんデスか……」  「そーよー? それにしてもチアキ、かわいそうに……くっくっくっ」  「……可哀想というわりには、笑っているようデスが……」  「まぁとにかく、さっさと許してあげなさいよ?  アンタ、本物の恋人同士になりたくないの?」  「ホンモノ?」  「そうよぉ〜。男と女はセックスしてこそ本物の恋人同士になるのよ。  身も心もささげて、すべてをさらけ出して愛し合ってこそ、本物の恋人でしょ?」  「……でも、のだめ……怖いデス……」  「何が怖いのよ?」  「……何ってそれは……ターニャだって女の子なんだから、わかるデショ?」  「はぁ? わかんないわよ。  だって相手はチアキでしょ?  アンタがずっと大好きで、やっとチアキもその気持ちに応えてくれて……。  その上、ピアノも含めて全部、のだめのことを一番理解してくれて、大事にしてくれてる男でしょ?  その相手にすべて捧げることの、何が怖いの?  ノダメ、これ以上の幸せなロスト・ヴァージンはないわよ?」 ------------------------------  「はぁ……アイツ、どこで何やってんだよ?」  出発時間を目前にして、真一はアパルトマンのドアに鍵をかけると、大きくため息をついた。  荷物を手に、重い足取りでアパルトマンの階段を下りる。  「センパーイっ!」  どーんっ!  「あぶねーなっ!」  聞きなれた舌足らずで自分を呼ぶ甘い声に顔を上げれば、胸に飛び込んでくる愛しい恋人。  弛みそうになる頬をおさえ、不機嫌な声をつくってその行動をたしなめつつも、空いた右手でしっかりと抱きとめる。  自分の胸元でふぐふぐと匂いを嗅いでいたのだめが顔を上げ、上目遣いで真一を見つめる。  「先輩……もう行っちゃうんデスか?」  「うん……時間だから。  いちおうギリギリまで待ってたんだぞ?」  「ごめんなサイ……」  「いいよ……間に合ったから。  ……おにぎり、サンキュ」  「先輩、気をつけて。頑張ってくだサイ。  のだめ、先輩が帰ってくるのをいい子で待ってマスから」  真一は、のだめのそんな台詞にくすっと頬をほころばせる。  「……お前は留守番の子供か?  じゃあ……向こうに着いたら電話するから……」  「はい……」  「ん!んんっ!」  アパルトマンの中庭で、そのまま二人の世界にどっぷりと浸かってラブシーンを演じそうな二人に、咳払いがとどく。  「まったく、私のことなんか目にも入らないみたいね」  「げっ……」  ターニャの存在にまったく気付いていなかった真一が、慌ててのだめから離れる。  「じゃあね、ノダメ。また、明日ね〜!」  「はいっ! 今日はありがとデス!」  にかっ!  ターニャは、チェシャ猫のような微笑みで、真一に何かいいたげな視線をなげかけるも、黙って手を振りながらアパルトマンの中に消えていった。  「おい、アイツがいるならいるって言えよ……」  「……ごめんなサイ……」  真一は左手のクロノグラフで時間を確認すると、アパルトマンの中庭にそわそわと視線を走らせ、誰もいないことを確認する。  「じゃあ、時間だから行かないと……。  メシ、ちゃんと食べろよ? ピアノもちゃんと練習して……。  朝夜は冷えてきたから、温かくしておけ。  あと、ちゃんと毎日風呂にもはいって……」  「先輩、お母さんみたいデス……」  「……うるさい。  ……じゃあ、恋人じゃないとしないこと、してやる……」  そういって、真一はのだめの腰を引き寄せると、すばやくのだめの唇にキスを落とす。  二度、三度と柔かいのだめの唇に唇を寄せ、名残惜しそうにすっと自分の唇でのだめの唇を撫でると、もう一度右腕だけでのだめを強く抱きしめる。  「じゃあな……」  真一の唇が、のだめの耳元を掠めるようにささやく。  「はい……、いってらっしゃい……」 ------------------------------  真一は、プラットホームに滑り込んできた、スペイン行きの夜行に乗り込んだ。  今朝、エリーゼから連絡をもらったときは、これで少し離れて、のだめへの膨らむばかりの気持ちをクールダウンしようと思っていたのに。  シートに体を預け、考えるのはただひとつ。  真一は、そっと人差指で自分の唇をなぞってみる。  まだ唇に残っている、のだめの柔かい唇の感触。  俺、どうしちゃったんだ? なんなんだよ、このザマは。  日本からずっと一緒で、さんざん迷惑をかけられて、面倒ばかりみさせられていた後輩に、すっかり骨抜きにされて……。  さっき離れたばかりなのに、もう会いたい。あの舌足らずで甘い声が自分を呼ぶのを聞きたい。  そして、抱きしめて、キスして……。  真一は、惚けてうっすらと開けられた唇を意識して閉じると、ぼぉーっとする頭を左右に小さく振り、仕事に集中するため、総譜を広げ音楽の世界に没頭していった。  九  千秋先輩が行ってしまいまシタ。  のだめは1人、アパルトマンの部屋に戻ると、ピアノチェアに腰かけ、先ほどの真一を思い出していた。  優しいキスをして、耳元で甘く囁いて……。  のだめは、思い出すと熱くなる自分の身体を抱きしめる。  そして、ターニャに言われた言葉が脳内を駆け巡る。  本物の恋人になりたくないの?  あの日から、幾度となく見ている、真一の熱く濡れた黒い瞳。  そして今朝、真一自身に手で触れたとき、初めて見た真一の恍惚の表情。  あれが、本物の恋人だけが見ることのできる、愛しい人の姿なのでショウか? 思い出しただけで、身体の中心がキュンとしマス。  ターニャは言いまシタ。  何が怖いの? これ以上の幸せなロスト・ヴァージンはないわよ?  先輩、のだめ決めまシタ。  先輩が今度のお仕事から帰ってきたら、のだめのすべてを先輩に捧げマス!  かかってこいってんデスよ!(ファイティングポーズ) ------------------------------  スペインのホテルに到着した。  チェックインして、簡単な打ち合わせを済ませると、1日目の予定はあっという間に終わってしまう。  真一は、昨夜からずっと聞きたかった声を聞こうと、携帯に手を伸ばす。  「……もしもし? 先輩?」  真一の耳元で、ふわふわと甘い声が踊る。  「……もしもし、のだめ? 俺……」  「はぅん……、今のもう一回お願いしマス……」  いつもの変態な発言はスルーして。  「さっき、ホテルにチェックインして、打ち合わせ済ませたとこ。  ……ちゃんとメシ食ってるか?」  「……先輩の声聞いてたら、お腹がすいてきまシタ……」  その後は、学校のこととか、ターニャやフランクの話など、たわいのない会話が続く。  およそ、離れている恋人同士とは思えない、甘さもへったくれもない会話。  俺は、そんなのだめの態度にすこしがっかりとしながらも、耳にあてがわれた携帯から聞こえるのだめの甘い声に、電話の向こう側ののだめの柔かい唇を想像し、身体が熱くなっていく自分に飽きれた。  千秋真一、童貞でもあるまいし。しっかりしろ。 ------------------------------   演奏会本番が無事終了した。  音楽には、いつものように誠実に、自分が今できる最高の演奏をしたつもりだ。  歓声があがる観客席を満足気に見渡す。  ここにアイツがいれば、もっと最高なのに……。  楽屋に戻り、シャワーを浴びる。  昨日からオリバーがスペイン入りして、俺のサポートをしてくれている。  なんとなく、俺はそのまま帰りたくなくて、めずらしくオリバーを誘ってみた。  「オリバー、もしよかったらこの後、すこし付き合ってくれないか?」 ------------------------------  演奏会までは音楽に集中していられたが、いよいよ本番が終わってパリに帰るばかりとなると、最近、俺を悩ませていることが頭をもたげてきて、誰かに話を聞いてほしくなった。  オリバーは、その外見に関わらず、うちの事務所にはめずらしく繊細で気配りのできるタイプだ。  だからオリバーになら、俺の胸のうちを打ち明けて、相談に乗ってもらってもいいかなと思ったのだが、こうしてバーで男二人グラスを傾けてみても、なかなか言いだせるものでもなく……。  「めずらしいね、チアキがそんな風に飲むなんて。なんかあった?」  ずっと黙って真一の様子を見ていたオリバーが、助け舟を出すように訊ねてきた。  「あの……こんなこと聞いていいかどうか、すごく言いづらいんだけど……」  「なんだよ? 気にしないで言ってみてよ。  僕だって聞かれても答えられないことは答えないしさ」  「うん……じゃあ聞くけど……。  オリバーはヴァージンの女性と付き合ったことはある?」  真一は思い切って切り出すと、真っ赤な顔でオリバーの顔を覗き込む。  「え?」  「ご、ごめん……、やっぱりこんなこと、聞くべきじゃなかったよな。  忘れてくれ……」  オリバーは真一の慌てた様子にくすりと微笑むと、答える。  「いや……、そんなことないよ。  意外な質問だったから、ちょっと驚いただけで。  チアキがそんなこと聞くなんて、興味本位じゃないんだろ?」  そういってオリバーは小さく微笑むと、静かに語りだした。  「そうだな……。  僕の恋人はハイスクール時代の同級生で、付き合い始めて、もうかれこれ十年になるかな」  「へぇ……それはすごいな」  「僕たちは異性と付き合うのもお互い初めて同士だったから、そういった男女の経験もすべてお互いが初めてだった。  だから僕は、ヴァージンの子としか付き合ったことがないということになるね」  「へぇ……」  「チアキは? ヴァージンの子とは付き合ったことがないの?」  「う、うん……今までは」  真一の初めての女性は、ヴァイオリンのレッスンを受けていた時に知り合った、音大を出たばかりの二十四歳の女性だった。  当時、真一は高校一年生で、誕生日を迎えたばかりの十六歳だったから、八歳も年上の女性ということになる。  年上で、もちろん彼女は経験者だったから、真一の初めてはすべて彼女に導かれるままだった。  そのあとに付き合った彩子もすでに経験は済ませていたから、真一はのだめに対して持っているような悩みを今まで抱いたことがない。  「それで? ヴァージンの子と初めて付き合ったから、どう進めたらいいのか悩んでるとか?」  「う、うん……。  例えば、どのくらい待てばいいのかとか……」  オリバーは真一の可愛らしい悩みに、こっそりと微笑んで、でも真一にはわからないように表情を引き締めると、あくまで僕と僕の彼女の話なんだけどと前置きをしてから答える。  「僕たちは友達として付き合っていた期間もとても長くて、付き合いだした時はすでにお互いのことをよく理解していたんだ。  だから、そういう関係になるのに時間は必要なかったというか。付き合い出してすぐだったよ」  「すぐってどのくらい?」  「最初の週末。一週間もかからなかったよ」  「そんなにすぐ……」  「もちろん、僕だってもっと時間をかけて彼女を待つつもりだった。同じ初めてでも、女性と男では大違いだろうから。  でも彼女が言ったんだ、初めてが怖いのは一週間後でも一年後でも一緒よ≠チて。  だから大事なのは、時間じゃなくて、彼女をその気にさせることじゃないかな?」  「……その気……」 ------------------------------  真一が思い切って切り出してしまえば、すっかり雰囲気も打ち解けて、あとは男同士の酒の席にありがちな会話へと自然にシフトしていく。  「そ、それでさ、どうだった?」  「え? 何が?」  「だからその……彼女との初めてのとき、最初から、その……うまく行ったのか?」  「うまくって?」  「つまりその……大変なんだろ? ヴァージンに挿入するのは……」  「ああー。知りたい?」  「ぜひ……お願いします」  真っ赤になって、子犬のような目で、すがるチアキはなかなか可愛い。  「大事なんだな、彼女のこと」  「……うん。できるだけ辛くないようにしたいし、その後のこともあるし……」  「その後のこと?」  「いや、その……。いい思い出にしてやりたいというか……」  「へぇぇ……チアキってロマンチストなんだな、意外と」  そういうと、チアキはこれ以上ないくらいに真っ赤な顔になった。  「僕は思うんだけど……」  話だすと、チアキは恥ずかしがって逸らしていた顔を、恐る恐るこちら側に向け、僕を真剣な目で見つめる。  「アダムとイブだって、最初はお互い初めてで、しかも僕らとは違ってなんの知識もなかったんだ。  だけど、お互いを求める気持ちで、きっとなんとかなったんだろ?  ようは気持ちだろ? お互いをどれだけ好きで、愛しく思っているか。 その気持ちがあれば、テクニックなんていらないと思うな、僕は」  「……ロマンチストなのは、どっちだよ……」  チアキは、僕の煙に巻くような話に、ちょっとガッカリしたようだった。  でも、ちょっといじめたくなったんだ。  いつもクールで、感情をあまり表に出さないチアキが、こんな風に冷静さを失ってるところなんて、あまり見られるものじゃないだろ?  それに、真面目で勉強家なチアキのこと、きっと僕のアドバイスなんかあってもなくても、彼女のために必死に勉強するんだろうなと思ったら、可笑しくって……。  「ま、頑張って!」  「……くそっ」  「ところでチアキの彼女ってどんな子なんだい?ちょっと興味あるんだけど……」  「……大学の後輩」  「じゃあ僕と彼女みたいに、付き合いは長い?」  「うん……三年になるかな?」  「へぇ……じゃあお互いのことはよく理解してるわけだ」  「理解してるつもりだったんだけど……。  恋人になってから、今まで見たこともなかったような表情をしたり、行動があったりで、ちょっと戸惑ってる……」  「ふぅーん。それでクールな黒王子も、冷静でいられないわけだ」  そういうと、オリバーは微笑んで、グラスを真一に向けて掲げる。  「じゃあ、いろいろ頑張って。  チアキと彼女が一日も早く結ばれるように祈ってるよ」  「……サンキュ」 ------------------------------  真一は部屋に戻って荷造りを済ませてしまうと、ベッドに仰向けに寝転び、ベッドサイドに置かれた携帯をにらみつける。  結局、1日目に俺から電話しただけで、アイツからは一度も連絡してこねーし……。  可愛くねー。  アイツ、電話したら喜ぶかな? 明日帰るって、連絡しようか?  携帯を握り締め、メモリーを呼び出して、発信ボタンに指をかけて……。  恋人らしい甘いささやきの一つも聞きたいけど、またアッサリかわされるんだろうか?  もんもん……。  くそっ! なんでこの俺様がのだめ相手に、中学生でもあるまいし。  真一は、携帯をベッドに放り投げると、シャワーを浴びるためバスルームへと向かった。  十  演奏旅行から帰ってきて真一を待っていたのは、真一のワイシャツ一枚で無邪気にベッドに横たわるのだめだった。  真一は、キッチンで肉を煮込みながら、先ほどの衝撃の光景をもう一度脳内に浮かべていた。  真一のワイシャツ一枚の格好で、ベッドに眠っていたのだめ。  想像の中で、真一はそのボタンに手を伸ばし、上から一つずつ外していく。  ぷちっ、ぷちっ……。  すべてボタンを外し終わると、シャツの襟元に両手をかけ、少しずつ肌からはだけさせていく。  ごくり。  「……先輩……?」  「うわぁぁぁぁぁぁっ!」  突然かけられた声に、真一は身体を十センチメートルくらい飛び上がらせ、死ぬほど驚いて振り向いた。  その視線の先には、先ほど想像の中でシャツを脱がせようとしていたのだめが、まだ依然としてシャツ一枚の格好で、眠そうに右手で目をこすりながら、立ち尽くしている。  「おおおお起きたか?」  「ふぉ? 本物の先輩。おかえりなサイ」  「た、ただいま……」  「それより先輩、お肉が焦げる寸前五秒前の匂いデス……」  「おおおおそうだな、今、火を止めようと思ってたところだ」  真一は慌てて鍋の火を止める。  「そ、それよりお前……、その格好……」  のだめは、ねぼけ眼で自分の格好を見下ろすと、ワイシャツ一枚だったことを思い出し、焦りまくる。  「ぎゃぎゃぼっ! こ、これは二週間前にランドリーボックスから盗んだシャツじゃないデスよ?  そ、それに、身につけてベッドにもぐりこんで胸いっぱいに空気を吸い込むと、より濃厚な先輩の匂いがするからなんて、変態的な行為をするために着たわけでもないデスよ?(完全に目そらし)」  「い、いや……、そういうことじゃなくて……。  さ、寒いだろ? そのままじゃ……」  「はい、じゃあのだめ、いつものワンピースに着替えてきマスね?」  そういって、自分の部屋に戻ろうとするのだめを、なぜか引き止めてしまう真一。  「ま、まてっ! もう夕食だから……。  ほ、ほら、このカーディガンでも羽織っとけ」  真一は、自分が羽織っていたカーディガンを脱ぎ、のだめにそっけなく渡す。  「メシ、並べるから。手、洗って来い」  そういい残すと、そそくさとテーブルに準備に向かう。  「ほわぉ……、先輩のカデガンっ! ムハー!」  真一の黒カーデに顔を埋め、喜ぶのだめの姿を、ダイニングからこっそりと覗く真一。  ワイシャツにカーディガンもなかなか……って俺は何を考えてんだ……。  久しぶりに二人でとる夕食。  といっても、たった1週間たらずだけど。  ずっと会いたかった対象を目の前にして、真一はいつもよりワインの回るのが早いことを自覚していた。  よく動くてろてろと光る唇や、飲み込むたびにこくんと動く首筋など、視界に映るものすべてに煽られて。  しかもその恋人は、彼氏のワイシャツ1枚(+黒カーデ)のベタな姿で、無邪気に料理を頬張っている。  これは何の拷問だ?  「先輩、演奏会はどうでシタか?」  「うん、まぁなんとか……」  「むきゃ? 余裕デスね?」  「……そんなことねーよ」 ------------------------------  のだめ、完全に充電切れデス。  たった五日間なのに、先輩と別れる前の優しいキスを思い出しては、毎日切なくて……。  先輩の匂いに包まれたくなって、思わず、二週間前にランドリーボックスからお借りした(盗んだ)先輩のワイシャツを身につけて、ベッドにもぐりこみまシタ。  のだめ、うっかり眠っちゃったみたいデス。  目を覚ますと……ふがふが……キッチン方面からとってもいい匂いがしマス!  そおーっとキッチンに向かうと、お鍋の前で先輩が腕組みをして目をとじたまま、微動だにしまセン。  ほわぉ……夢にまで見た、本物の先輩デス。  嬉しい!  のだめの変態的な行為が先輩にもばれそうになったケド、なんとかごまかしまシタ(いや、ごまかせてないけど)  むきゃ? 着替えようとしたのだめを先輩が止めて、しかもカデガンまで貸してくれまシタ。  とっても嬉しいケド、どういう風の吹き回しデショ?  食事が始まってからも先輩はとっても無口で、のだめが話かけても不機嫌そうに短く返事するだけ……。  お仕事、うまくいかなかったのでショウか?   ------------------------------  「先輩……お疲れでしょうから、のだめ、もう部屋に戻りマスね?」  食事を終え、食器を片付けると、キッチンで食器を洗ってた俺のところへのだめが顔を出した。  「え……もう帰るのか?」  「……だって先輩、口数も普段よりさらに少ないし、ご機嫌もあまりよくないみたいだし……、帰ってきたばかりでお疲れみたいだカラ……」  のだめは真一から目をそらすとうつむき、モジモジとつぶやく。  「……そんなことねーよ。  それともお前、もう帰りたいのか?」  うつむいていたのだめが、顔を上げる。  「……そんなことあるわけないじゃないデスか……。  のだめは……もっと先輩と一緒にいたいデス……」  真一は、さっきまでの不機嫌な顔はそのままに、それでも少しうわずった声でつぶやく。  「……じゃあ、ソファーで待ってて。  今、コーヒー入れるから」  「……いいんデスか?」  「……大丈夫だから、待ってろ」  「はいっ!」  スキップをしながら、リビングに戻るのだめを見送ると、真一はほっと安堵のため息をついた。  真一は自分のコーヒーと、のだめのためにカフェオレを入れ、いそいそとリビングのソファーに腰掛ける。  「ほら、カフェオレ」  「ありがとデス!」  それから二人は、離れていた間に起きた、とりとめのない話をする。  コンヴァトでののだめの学生生活は順調なようで、真一は自分のことのように嬉しい。  のだめはのだめで、プロの指揮者として順調に仕事をこなす真一を、頼もしく誇らしく感じていた。  「本番の日はオリバーが来てくれたんだ」  「ふぉ? オリバーさんって、どんな人デスか?」  「覚えてないか? ジジィが桃ヶ丘から連れ戻されそうになった時にいた、体の大きい、サングラスかけたドイツ人だよ」  「ふぉぉ……あの人がオリバーさんデスか? のだめ、ボディーガードかなにかかと……。マネージャーさんなんデスね?」  「まぁ、ボディーガード兼マネージャー?  ああ見えて、結構繊細でいい奴なんだよ……」  会話が途切れる。  二人の手の中にあるカップは、すでに中身は飲み干され空っぽで。  のだめは、自分に向けられている真一からの射るような視線を感じ、ふと顔を上げる。  「……先輩……おかえりなさい」  「……ただいま」  真一は、ずっと触れたかったのだめの唇に唇を寄せる。  空になったカップをとりあげ、サイドテーブルに片付けると、その両手でのだめの柔かい身体をしっかりと抱きしめる。  「なんで電話してこねーんだよ?  焦らせやがって……」  「そんなつもり……」  ふたたび、真一の熱い唇がのだめの唇を塞ぐ。  のだめの腕が、真一の首に絡まる。  真一は左手を、のだめのむき出しのふとももにそっと這わせる。  「あ……せんぱ……」  うわ……なんだよ、赤ん坊みたいなすべすべの肌しやがって。  やばい、気持ちよすぎる……。  真一は夢中で、のだめの肌と甘いキスを味わう。  どうする? このまま進んでしまおうか?  のだめは拒否する様子もなく、柔らかな身体を真一に預けて、キスに感じているようだ。  真一はキスをとめ、抱きしめるのだめの身体を優しく撫で擦りながら、耳元でささやいてみる。  「のだめ……俺やめられそうにない。  お前は? まだその気になれないか?」  「先輩……のだめ、決めたんデス……。  先輩が帰ってきたら、のだめのこと……」  のだめは真一の胸に埋めていた顔をあげると、真一を潤んだ瞳で見つめる。  「先輩……のだめのヴァージン、受け取ってもらえマスか?」  のだめが甘い声でささやく。  抱きしめた腕の中で桃色に頬を染めたのだめが、潤んだ瞳で真一を見上げている。  「いいのか?」  「はい……」  のだめは返事をすると、恥ずかしそうにうつむき、真一の胸にもう一度顔をうずめる。  両手におさまる華奢な肩は、小刻みに震えて。  真一は、震えるのだめをなだめるように、もう一度ぎゅっと抱きしめ、のだめの柔らかな髪に優しくキスを落とした。  十一  やった! 俺はやったぞ!  真一は驚きと喜びに沸き返る幸福感の中、小さくガッツポーズをする。  その瞬間、真一の時《と》間《き》は止まり、アパルトマンのいつもの部屋はキラキラと七色に瞬き、脳内には祝福のファンファーレが鳴り響く。  俺、よく我慢したよな?  あんなことも、こんなこともして(されて)  でも、のだめからこんな風に可愛い告白をしてもらえるなら、この1週間のつらかった夜も、いい思い出だよな(じぃーん)  千秋真一、よく頑張ったっ!(涙)  俺は今、幸せだぁーーーーっっ!(背景にエンジェルを背負ってます)  そうとわかれば、もう一分一秒も待っていられるか!  「のだめ……ベッド行くぞ」  真一はのだめの手をとり立ち上がると、寝室に向かおうとする。  「あ、あの……」  そんな真一の背後から、のだめの小さな声が届き、真一は振り向く。  「どうした?」  「……えっと……」  のだめの表情が翳り、真一から目を逸らす。  はっ! もしかして俺、がっつき過ぎか?  いかん、いかん! こんなにガツガツしてたら、さすがにアイツだってひくよな?  千秋真一、冷静になるんだ。  お前が興奮して、我を忘れてどうする!  のだめは初めてなんだ。のだめが緊張しないように、俺がここは落ち着かなければ……。  真一はぎこちなく笑顔を作ると、のだめを安心させるように、優しくささやく。  「先にシャワー浴びたいか?  そうだよな、俺焦っちゃって……ごめん。  じゃあ、お湯溜めてくるから、ここで待ってて……」  そういって、のだめの手をほどき、バスルームに行こうとするが、今度はのだめの手が真一を引き止めるように、握られる。  「いえ、そうじゃなくて……」  のだめはソファーに座ったまま真一を見上げ、動こうとしない。  きっと怖いんだな? ここは俺が優しくリードしなければ。  一緒に入るか?  いやいや! 違うだろ?! ヴァージンで初めてで、最初から一緒に風呂はねーだろ!  大丈夫、怖くない。俺がお前を女にしてやる  いやいや! どこの色男だ? 恥ずかしくってそんな台詞言えるか!  真一がそんなふうに脳内で一人相撲をとっていると、ソファーに座り込んだままののだめが真一から視線を逸らし、気まずそうにつぶやく。  「ダメ……なんデス……」  「……だめ?」  最初は、自分のがっつき加減に恐れをなしたのだめが、恐怖を覚えて怖気づいたのではないかと焦った真一だったが、徐々に落ち着きを取り戻すと、もう一度のだめに訊ねる。  「のだめ、どうした?」  「えっと、その……決心はしたのデスが……」  「うん?」  「そのぉ……大変言いづらいことなのデスが、ちょっと状況が変わりまシテ、今日は都合が悪いというか……」  「……ごめん、意味わかんないんだけど……」  「えと……先輩に差し上げたい気持ちはやまやまなのデスが、身体が無理なんデス……」  「身体が無理……」  モジモジとうつむいたまま、はっきりとしないのだめの言葉に、何を言おうとしているのかさすがの真一にも皆目見当がつかず、徐々にイライラを募らせる。  「のだめ、何が言いたいんだ?  受け取ってくれって言ったかと思えば、身体が無理って……意味わかんねーよ。  からかってンのか?」  「ち、違いマス! そじゃなくて……」  のだめは口をへの字に曲げ、今にも泣き出しそうな声で呟いた。  「生理になっちゃったんデスよ、今朝……」  「あ、ああ……(赤面)」  「もぉ……やデスよ……恥ずかしい……。  のだめにこんなこと言わせるなんて、先輩、ひどいデス……」  「だって、それはお前が……」  「……ごめんなサイ……」  「……いや、俺も鈍くてごめん。  それにこれは、お前が謝ることじゃねーだろ……」  「だって……先輩ガッカリしてるカラ……」  「えっ?!(どきっ)  ま、まぁそうだけど……それはお前のせいじゃねーし……」  のだめの鋭いツッコミに、気まずい空気が流れる。  仕方のないことだと理性ではわかっていても、気持ちがついていかない真一は、まだのだめを気遣う言葉をかけることができないでいる。  そんな中、のだめがふいに顔を上げ、口を開く。  「でものだめ、ちゃんと決意したこと、先輩に伝えたかったんデス。だから……」  真一を見つめるのだめは真っ赤な顔で、大きな瞳は潤んで揺れて、今にも涙がこぼれそうで……。  真一はそんなのだめに愛おしさが溢れ、胸がいっぱいになる。  もう一度、のだめの隣に座りなおすと、のだめを見つめ、右手でその頬を包むと、優しい微笑が口元に浮かぶ。  「うん、すげー嬉しい。サンキュ……」 ------------------------------  「そんなことよりお前、生理中にそんな薄着でいいのか?」  着替えようとしたのだめを引き止めたのは自分のくせに、それを棚に上げ、真一がのだめを咎《とが》める。  「大丈夫デスよー。ちゃあんと毛糸のパンツ、はいてマスから。ほら……」  ぺろっ。  のだめは無邪気にワイシャツの裾を捲くり、可愛らしいベビーピンクのニットのパンツを真一に見せる。  「ばっ! み、見せなくていいんだよっ!  はぁ、お前って奴は……」  「むきゃ? 先輩、毛糸のパンツにムラムラ?  さすがむっつりデス……痛っ! 痛いデスよー!」 ------------------------------  冷えるといけないからと、お湯をたっぷり入れたバスタブに浸からせ、暖かい格好に着替えさせると、真一はホットチョコレートを作り、のだめに飲ませる。  「大丈夫か? 辛くない?」  「はい、大丈夫デス! 先輩って優しいんデスね……」  「俺は前から優しいだろ?」  「そデスか? 生理中だからって、こんな風に労わってもらったこと、ないデスよ?」  「だってそれは……お前が生理中かどうかなんて、彼女じゃない頃は気にしなかったからだろーが」  のだめはホットチョコレートを両手に抱えてフーフーと冷ましていたのだが、真一の台詞に一瞬固まってしまう。  「……先輩、彼女ってのだめのことデスよね?」  「……そうなんじゃない?」  「むきゃぁーーー! のだめが先輩の彼女だって!」  そんな些細な一言に、大喜びする可愛い恋人。  「ばーか……」  照れて顔を真っ赤にした真一は、捨て台詞を残すとバスルームへ逃げ込んだ。 ------------------------------  二人は、心も身体もぽかぽかに温まって、寝室のベッドの中に抱き合ってもぐりこむ。  もうすっかり、官能的な空気は消え去ってしまったけど、真一の心もすっかり穏やかに落ち着き、こんな夜も悪くないと思い始めていた。  のだめを横向きに寝かせ、背中からすっぽりと包むように抱きしめ、洗いたてのいい匂いのする柔かい子猫のような髪に鼻先を埋める。  「……くすぐったいデスよー」  「……我慢しろ」  くすくす……。  「なぁ……いつまで?」  「何がデスか?」  「……生理」  「……えと……一週間くらい?」  「はぁ……長げーな……」  「……我慢してくだサイ」  「わかってるよ……」  十二  変態の森に足を踏み入れてからというもの、俺はのだめのちょっとした仕種、表情、言葉に翻弄されつづけている。  先の読めないジェットコースターに乗り込んでしまったかのように、俺の感情は急上昇したり、急下降したり、右へ左へ振り回されたりと、かなり心臓に悪い。  これが恋なのか? ------------------------------  「それで? その後どうなったのよ?」  コンヴァトのカフェテラスで、ターニャとのだめはランチを終えると、顔を近づけてコソコソと内緒話を始める。  のだめのカフェテラスでの個人授業は、これまでのリュカによる音楽教室から、ターニャによる恋のレッスンABCに変わっていた。  「えと……昨日、千秋先輩がスペインから帰って来て……」  のだめは昨夜の出来事を逐一包み隠さずターニャに報告すると、  「先輩は優しくってカコよくて最高の彼氏デス、はぅん……」  と、惚気《のろけ》る。  「ふん、それは良かったわねっ!  それにしても、あんたってタイミングが悪いというか、チアキはとことんツイてないっていうか……くっくっくっ……」  「それで相談なんデスが、のだめは来るべき日に備えて、何をすればいいデスかね?」  「そーねぇ……エロい下着でも買っとく?」  「先輩喜びマスかね?」  「あの顔は絶対好きよ、エロい下着が」  「がぼん……」 ------------------------------  「はーくしょんっっ!  やべえ、風邪引いたか?  一週間後に備えて、早く治さねーと……」  真一は、ターニャとのだめに好きなように噂されているとも知らず、盛大なくしゃみをする。  昨日は帰宅後、のだめのワイシャツ姿に驚かされ、ヴァージン捧げます宣言に昇天させられ、最終的にはお預けをくらってガッカリさせられたものの、今から思えば、あのまま流れでベッドインするより、覚悟を決めた上で、来るべき決戦の日に向けて、入念な準備をするべきであると前向きに思えるようになっていた。  「のだめの初めてを、いい思い出にしてやりたいからな……」  来るべき日に備えて、準備を進める男子がひとり。  カチャカチャ……。  真一は真剣な眼差しでパソコンに向かっていた。  ヴァージン 初めて 処女膜 挿入 痛くない  「絞り込みすぎか?……お、あった!」  女性の身体を知り尽くした女医 Dr.香水があなたに教える究極のロスト・ヴァージン☆  当サイトで伝授する心得とテクニックで、めくるめく官能の一夜と、素敵なメモリーを彼女にプレゼントしましょう!  「おおおっ! 神だ……」  真一は、検索で一つのサイトを見つけると、真剣に閲覧を始めた。  ヴァージンの女の子とは、まだ快楽も喜びも知らない、真っ白なキャンバスのようなものです。  あなた好みの色に染め上げることができるのと同時に、何も知らないがゆえに行為に対する恐怖心も大きいのです。  あなたには想像できますか? 自分が見たこともふれたこともない場所に、自分以外の人間のモノを受け入れる恐怖心を。  女性は生まれたままの姿になって、その場所を無防備に開放して、そのような行為を、あなたを受け入れるのです。  まだ何も受け入れたことのないその場所は、処女膜にガードされ、初めての行為に痛みを伴います。  あなたはそのような彼女の犠牲と引き換えに、快楽を得ようとしているのです。  まずはそれを十分に認識して、彼女への優しい思いやりをもって、その行為に及んでほしいのです。  ロスト・ヴァージンは、男性の思いやりと正しいテクニックがあれば、決して辛いものではありません。  いかにしてリラックスさせ、恐怖心を取り除いてあげ、初めての快楽を教えてあげられるか……それはあなた次第です!  「真っ白なキャンバス……好みの色に染め上げる……(むっつり妄想中)」  そうだ、のだめはまだ何も知らない。  俺がこれから、あんなことも、こんなことも、全部教えてやるんだ……。  でも、そのためには、最初が肝心だ。初めてが苦痛であっては、その後のいろいろに影響するからな!  真一は気合いを入れ、読み進めていく。  まず、大切なのはシチュエーションです。  できるだけ彼女がリラックスできる、清潔で雰囲気のよい場所を選んであげましょう。  あなたの部屋などであれば、事前に何度か来てもらって、場所に馴染んでもらうとよいでしょう  「よしっ! 俺の部屋ならのだめもリラックスしまくりだろ?  とりあえず一週間はこっちで一緒に寝ることにしよう……」  照明は真っ暗よりも、少し明るいほうが安心できるし、あなたも彼女の表情を確認することができます。  彼女が嫌がっていないか、気持ち良く感じているかなど、表情の確認は絶対に必要です。  間接照明や、リラックスできるアロマキャンドルなどもオススメですよ  「アロマキャンドルだな?  早速午後にでも買い物に行って、のだめに好きな香を選ばせるか。  匂いには人一倍うるさいからな、アイツは」  さて、いよいよ彼女が部屋にやってきました。  でもいきなりベッドに誘ったり、シャワーを勧めるなど論外です!  まずは彼女の好きな音楽を聴いたり、DVDを見たり、お酒を飲むのもよいでしょう。  そうやってふたりっきりの空間を徐々に親密な空気にしていきます  「こ、これって昨日の俺か……(がっくり)  よし……次は絶対にがつがつしねーぞ。  この日は、口当たりがよくて、のだめも飲みやすいロゼのシャンパンでも買って……。」  パソコンに向かって、ひたすら独り言を繰り返す、かなりの不審人物になっている真一だが、今は来るべき一週間後に向けて必死であった。  さて、ふたりの間に親密な空気が流れてきたら、徐々に彼女をエロティックなムードで包んであげましょう。  まずここで大切なのは、ハグやキスなどの行為よりも、あなたがどれだけ彼女を大切にしているのか、愛しているのかを、目や言葉で真剣に伝えること。  男性はとかく、口に出さなくてもわかるだろう?と思いがちですが、女性にとって恋人からの甘い愛のささやきはとっても重要で、ダイレクトにハートに響きます。  そしてキス。初めからセックスを予感させるようなハードなものはだめです。まずはソフトに触れ合うだけのキスから始めましょう。  女性は、焦らされれば焦らされるほど、その後にあるものへの期待が高まり、感じやすくなります。焦ってはだめです、彼女が焦れて求めてくるくらい、ゆっくりとソフトに進めましょう  「なるほど……。勉強になるな、たしかに……」  さて、あなたの甘いささやきや優しいキスで彼女が感じてきたか、表情をよく観察してみてください。彼女の頬がうっすらと桃色に染まって、瞳が潤んできたら、もう彼女の全身が感じやすくなっているはずです。  まだですよ? ここでいきなり胸を触ったり、スカートの中に手を入れるなど、最低です!  何度も言いますが、焦らされれば焦らされるほど、後が盛り上がります。焦ってはだめです。まずは服で隠れていない耳や首筋などを優しく愛撫しましょう。  全身が感じやすくなっている彼女は、それこそ髪に触れられただけで、気持ちよさに悶えるかもしれません。指だけではなく、あなたの唇も使って、愛してあげましょう。  さぁ、いよいよシャワーを勧めましょう。セックスの前に清潔にすることは、お互いへの愛情の証です。そうそう、男性は前日までに指の爪なども手入れしておいてくださいね?  「爪、爪、爪……忘れずに手入れしとかねーとなっ!」  さて、いよいよベッドインです。  どのような格好にするか、これは好みの問題ですからお任せしますが、いきなり真っ裸だけはいけません。ヴァージンは男性自身に対して恐怖心がありますから、いくら自分自身に自信があるからといって、見せつける、触らせるなどの行為を無理強いしてはいけません!  「本人が望む場合は、いいのだろうか……」  ここからは、あなたの本能の赴くまま、彼女を愛してあげましょう。手だけではなく、唇、舌など使って、それこそ頭の先からつま先まで。  彼女はまだ、どこがどのように感じるのか知らないのです。  二人で彼女にとって気持ちのいい場所を探していくことは、恋人同士の重要なコミュニケーションです。  彼女の表情を伺いながら、彼女の感じる場所を開発していくのです!  「開発……俺がのだめを開発……(むっつり爆妄想中)」  言葉をかけることも忘れてはいけません。  「可愛いよ」「好きだ」「気持ちいい?」など、思いつく言葉を素直にかけてあげてください。  言葉攻めではありませんよ? いきなり初めての彼女に「淫乱だな……」とか「もうびしょびしょじゃねーか……」などといった言葉を間違ってもかけてはいけません!  ここで、本能の赴くまま、彼女を愛撫するうえで大切なことを一つ。  彼女が感じる場所を見つけたら、それはもうしつこく、粘着に攻めてください。スピードや強さを変えてはいけません。女性の身体は、同じリズムでゆっくりとネチネチ攻めるほど、感じるものなのです……  「しつこく、粘着に、同じリズムでゆっくりとネチネチ……(得意かもしれない)」  さて、いよいよあなたが一番気にしていることをお教えしましょう。  ヴァージンの証である、処女膜についてです。  処女膜といっても、けっして入り口をがっちりと封じ込めているわけではありません。一センチほどの隙間がすでに開いており、一部が土手のように盛り上がった、狭まった場所と考えておけばよいでしょう。  もちろん、そのためにその場所にあなた自身を受け入れる際には苦痛を伴いますが、その前にあなたが十分に彼女を愛してあげることで、彼女の全身は心地よさに包まれ、その場所はたっぷりと温かく湿っているでしょう。  それではこれから、あなた自身を挿入するまでにどのような手順を踏めばよいのか、いよいよ本題に入りましょう!  「ほわぉ……のだめのココって、こんな風になっているんデスね?」  ぎぎぎぎ……。  パソコンに向かっていた真一の顔が、突然聞こえた恋人の声に、ゆっくりと振り向く。  「……うわぁぁぁぁぁっ!  お、おまっ! いつからそこにいた?!  ひ、人の部屋に無断で入るンじゃねぇっ!」  真一は、突然ののだめの侵入に死ぬほど驚き、椅子からひっくり返りそうになりながら、大声を張り上げる。  「……さっきから声かけてるのに、先輩が全然気づいてくれなかったんじゃないデスか……。  のだめは今朝、先輩が『学校から帰ったら、まっすぐ俺の部屋にこいよ? おかえりのキスするからな……』って言ったから、まっすぐ先輩のお部屋に来たのに……。  お邪魔だったんデスね……わかりまシタ、のだめ帰りマス……」  「ま、待てっ! ごめんっ、俺が悪かった!  の、のだめさん? 待ってください?  美味しいスイーツ作りますから……」  真一は慌ててパソコンをシャットダウンすると、自分の部屋に帰ろうとするのだめを追いかけた。 十三  「それでどうなのよ? 昨日はなんか面白いことあった?」  コンヴァトのカフェテラスでは、すっかり日課となったターニャによる恋のレッスン ABC が今日も開講されていた。  「えっと……昨日は千秋先輩とラブラブ Shopping でシタ! のだめにアロマキャンドルを選ばせてくれたんデスよ?」  「アロマキャンドル……ははーん、当日使おうって魂胆ね?  さすがむっつり、やるわね? ほかには?」  「のだめ、当日どんな格好をすればいいのか、先輩に思い切って聞いてみたんデス」  「え?……あんたって、本当にうぶなんだかよく解らなくなるときがあるわ……。  で? エロい下着でも買ってもらった?」  「えと……なんでもいいと言われたのデスが、せっかくだからパジャマでも見てみるか?ということになって、お揃いのパジャマを買ってもらいまシタ、ゲハ。  昨日からそれを着て、先輩と一緒に寝てるんデスよ、はうん……」  「一緒に寝てるって……、チアキはなにもしてこないの?」  「えっ?! し、してきまセンよ?(めそらし)」  「ふふん、そりゃーあるわよね? 付き合い始めだもの」  「……」  「ほかには? なんか面白いことは?」  「ターニャ……なんだか面白がってまセン?」  「なに言ってんのよ。未経験のあんたの相談にのってあげて、その上惚気話まで聞いてあげてるんでしょ?  あんたが聞いてほしくなければ、私は別にいいのよ?」  「ぎゃぼ、ごめんなサイ、お願いします……」  「で?」  「えと……昨日、先輩の部屋に行ったら、先輩、のだめに気づかないくらい真剣にネットしてて……」  「どんなサイト?」  「それが……ロスト・ヴァージンについて?  しょ、処女膜とか、どうしたら痛くないかとか……」  「そんなことまで調べてるなんてほんと勉強家ね、日本人は。  まぁ、それだけあんたを大切に思ってるってことじゃない?」  「あのぉ……やっぱり痛いんでショウか?」  「痛いなんてもんじゃないわよー!  なかなか挿入できないから、チアキもきっと苦労するわね……くっくっくっ……」  「……ターニャ、何かのだめにできることってありまセンか?」  「そうねぇ……あんた、自分で触ったり、入れたりしたことある?」  「ぎゃぼっ! そ、そんなことあるわけないじゃないデスか……」  「そうよね……あ、今生理中なのよね? のだめはやっぱりナプキン派?」  「そうですケド……」  「じゃあ今日からタンポンに変えなさいよ!  何か入れたことがあるのとないのとでは、違うはずよ、きっと」  「なるほど……それならのだめでも、できそうデス!ターニャ、ありがとデス!」  「どういたしまして……ノダメって素直ねぇ(意味ないと思うけど)……」 ------------------------------  真一は一人、昨日のだめと買い物に訪れた雑貨屋に足を運んでいた。  昨日はのだめにアロマキャンドルを選ばせたあと、  「先輩、のだめどんな格好すればいいデスか?」  と小悪魔的な発言をされ、  「な、なんでもいいよ……」  と、とりあえず答えてみたものの、せっかくだからパジャマでも見てみるか? ということになる。  店のナイティを置くコーナーでペアのパジャマを見つけ、  「お揃いで着るか?」  と、聞いてみたら、のだめがあんまり嬉しそうに微笑むので、思わず買ってしまったのだった。  しかし真一は、その店で見たナイティの中で、もうひとつ気になっているものがあった。  シンプルだがアクセントに胸元と袖口、裾にフリルがついたオフホワイトの膝丈のネグリジェ。  ハイウエストのデザインで、バストの下が絞られているので、その下から自然にギャザーが寄せられ、ふんわりと広がる裾がロマンチックな雰囲気だ。  のだめはそれを見つけると、  「ほわぉ……お姫様ドレスみたいで可愛いデス……」  と、蕩けるように眺めていた。  真一はそのことが一晩たっても忘れられず、結局もう一度一人で来てしまったのだ。  「……」  ネグリジェを真剣な表情で食い入るように見つめる真一に、完全にその一帯だけが異空間になってしまっており、店内の買い物客がびくびくと避けて通る。  そんなことにはお構いなしで、真一は脳内でそのネグリジェをのだめに着せてみせる。  大きく開いた襟ぐりからは、のだめの童顔からは想像もつかない豊かな谷間がのぞき、ハイウエストでバストの下が絞られているので、より大きなバストが強調され、こぼれおちんばかりで。  真一は、その胸元にそっと腕をのばし、胸元に結ばれたリボンに指をかける。  すぅー……。  真一の指によって、解かれてゆくリボン。  ぱさ……。  胸元のリボンが解かれ、少しだけ開かれたそこから、のだめの豊かな胸の盛り上がりがまた少し顔をのぞかせる。  真一はのだめの華奢な肩にひっかかっている布を、少しずつずらしていく……。  ごくり……。  「……お客様?……」  「うわぁぁぁぁっ!」  真一はいつの間にか近づいてきた店員に声をかけられ、飛び上がりそうに驚き、振り返る。  「は、はい?」  「彼女にプレゼントですか? よろしければ……」  あまりに思い詰めたような雰囲気の真一に、店員が助け舟をだしたようだ。  「はい、お願いします……」 ------------------------------  真一は部屋に戻ると、リボンのかけられた包み紙をクローゼットの奥へしまい込む。  そしてもうひとつ、のだめが一緒では購入できなかったビニールで包まれた小さな箱を、ベッドサイドの一番上の引き出し奥にしまい込んだ。  「ふぅぅ……」  がちゃ。  「ただいまデース!」  「お、おかえり……」  タイミングよく、外側からドアが開けられ、ご機嫌な恋人が胸元に飛び込んできた。  ふがふがと胸元の匂いをかぐ恋人に、半ば呆れながらも、その行為を拒絶することはせず、自分もその柔らかい身体を抱きしめ、甘い香りを楽しむ。  「むきゃ? 先輩、いつもみたいに怒らないんデスか?」  「……うん」 ------------------------------  帰宅後、ピアノを弾き終わったのだめに、カフェオレを入れてやる。  最近では練習しろと言わなくても、のだめは自分から進んで練習をする。  それだけコイツも必死だということだよな。  「ほら……」  「ありがとデス!」  「どう? 学校は?」  「調子いいデスよ? のだめ、最近は初見もなかなかやるんデス」  「へぇぇ……」  大人しくカフェオレを飲んでいたのだめだったが、突然俺のほうに体を向け、何か言いたげにモジモジしだした。  「どうした?」  「あ、あのぅ……先輩と彩子さん……」  「彩子?」  「……付き合ってまシタよね?」  なんだ突然? 一体どうしたんだ?  今まで彩子の話なんて一度もしたことなかったのに。  そもそも、コイツが俺と彩子が付き合ってたことを知ってるのも意外だ。  コイツらしくはないが、もしかして俺の過去の女にヤキモチでも妬いてンのか?  可愛いところもあるじゃねーか。  のだめは、普通じゃないところが魅力だけど、時には、普通の女性みたいな反応をしてくれてもいいのに……と物足りなく思うこともあったから、真一は満更でもない。  うつむいたまま、相変わらずモジモジしているのだめの頬に右手をのばし、のだめの顔を上げさせ、自分のほうに向かせると、真一は熱っぽい視線を向ける。  「どうした? 妬いてるのか?」  「……先輩と彩子さん、名前で呼び合ってまシタよね?」  「……そう……かな?」  「いつからそうなったんデスか?」  「えっ!……なんでそんなこと……覚えてねーよ」  「そういうのって、自然になるものなんデスか?」  「……さぁ……」  「……えと、名前を……」  「名前?」  のだめはそう言うと、上目づかいで潤んだ瞳で真一を見つめ、つぶやく。  「先輩のこと……のだめも名前で呼んでいいデスか?」  なんだ、そんなことか。  ほっとするのと同時に、少しがっかりもしたけど、そんな事いちいち断ってくるなんて、ほんとにコイツは……いじめたくなるほど可愛い。  真一は、そんな嬉しい気持ちは表情には出さす、ぶっきらぼうに返事をする。  「かまわねーけど。じゃあ、試しに呼んでみろよ?」  「えっ……」  「ほら……」  真一は、その美しい顔をのだめの目の前まで近づけ、口角をあげてにやりと笑う。  「のだめ、俺のこと呼んで?」  「し、しん……はうぅ……」  「どうした? 名前で呼びたいんだろ?」  「先輩は意地悪デス! そんなに顔を近づけられたら、のだめ、緊張しちゃって……」  「顔は関係ーねーだろ? ほら、何事も練習だぞ?」  「し、しんいっ……むきゃぁーーーっ! 無理デスっ!」  真っ赤な顔を両手で覆い隠すと、真一の胸に顔を埋めて隠してしまう。  「なんだよ……それぐらいのことで……。  じゃあ、先に俺が呼ぶから、それに応えて?」  「え?」  真一からの突然の提案に、のだめが驚いて顔をあげる。  「俺が先にお前の名前を呼ぶから。  そしたらお前も呼びやすいだろ?」  「……はい……」  「いくぞ……」  「はい、どうぞ……」  「め、めぐみ……」  「し、しんいち……クン……」  「なんだよ、呼び捨てじゃないのかよ?」  「む、無理デス……先輩のこと、呼び捨てにするなんて……」  「しょーがねーな。俺は呼び捨てだからな?」  「はい……名前で呼ばれるって、結構攻撃力ありマスね……」  相変わらず頭から湯気でもでそうなくらい、真っ赤になったのだめ。  真一はなんだかおかしくて、のだめの身体を抱き寄せ、唇をのだめの耳元に寄せる。  「めぐみ……」  「はぅん……真一クン……」  「……なかなかいいもんだな……」  また一歩、恋人としての距離を縮めた、そんな真一とのだめの、ある日の午後。  十四  のだめが、俺のベッドで眠るようになってから五日。  俺は、自分以外の誰かと眠ることや腕枕のわずらわしさより、温かで柔かな愛しいぬくもりを胸に抱いて眠ることの心地よさを知って、今ではその幸せを手放しがたくなっている。  のだめはといえば、ベッドに入るときや目を覚ました瞬間、いまだにドキドキしちゃってだめデス……≠ニか可愛いことを言って、また俺の胸を温かいもので溢れさせる。  ほら? 今だって、少しずつ覚醒する意識の中で、ぼんやりと俺の腕に抱かれていることとか、自分を覗き込む俺の顔に驚いて、目をぱちくりしては頬を赤らめて恥ずかしがって。  「おはよう、めぐみ」  「……おはようございマス、せん……、真一クン」  今朝ものだめは、とっても幸せな気持ちで目覚めまシタ。  はうん……とってもいい匂いがしマス。  目を覚ましたいような、まだしばらく目を瞑ったまま、その優しさに包まれていたいような……。  ゆっくりと瞼をあけると、目の前には朝日を背にして、とびきり優しい笑顔の先輩。  はうぅ……だめデス、そんなにのだめに近づいちゃ。  胸がきゅんきゅんして、ドキドキして、はぅぅ……。  今の自分はきっと、照れて真っ赤になっているのでショウ。  だって先輩が、ちょっとエッチないじわるそうな微笑をしたカラ。  「おはよう、めぐみ」  「……おはようございマス、せん……、真一クン」  まだ先輩のことを名前で呼ぶことに慣れまセン!  もちろん、先輩からめぐみって呼ばれることにも……。  先輩は突然、のだめが困るに決まっているような時を狙うように、のだめのことを名前で呼ぶんデス。  先輩は本当に俺様でカズオで……絶対にSデス! ------------------------------  キッチンで朝食の支度をしていると、自分の部屋で身支度をととのえたのだめが戻ってきた。  「先輩……」  オムレツを皿に盛り付ける俺の背中で、俺のシャツの裾をつまんで、何かいいたげに声をかけてきた。  「どうした? もう出来上がるから……」  「あの……そじゃなくて……えと……」  俺はフライパンをガス台に戻すと、のだめにむき合う。  「なに?」  「あの……もうちょっとデス」  「何が?」  「……だから、その……」  のだめはうつむいたまま、恥ずかしげにモジモジとして、何を言いたいのか俺にはさっぱりわからず……。  「はっきり言わねーと、オムレツが冷めるぞ?」  「ぎゃぼっ……それは困りマスね……」  のだめはしばらくモジモジとうつむいたままだったが、ついに意を決して顔を上げると、俺を見つめて口を開いた。  「せ、生理がもうすぐ終わりそうデス……。たぶん、明日には……」  コイツは……。あいかわらず、どうしていつもそう突然なんだ?しかも朝っぱらから……。  今度は俺が赤面する番だ。  「あっ!……そ、そうか……。  それはお疲れさん……」  「い、いえっ、せ、先輩も……。  た、大変お待たせいたしまシタ……」  ぷっ!  俺たちは一瞬の間のあと、お互いの言葉に思わずふきだす。  「ぎゃはぁー! せ、先輩っ!お疲れサマって……どこのオヤジでスカ?」  「ひっー! わ、訳わかんねー。なんで俺、そんなこと言ったんだ?  お、お前だって、お待たせしましたって……くっくっくっ……」 ------------------------------  自分の部屋にもどって、顔を洗って歯を磨いて……。  トイレに入って気付きまシタ。もう、ほとんど終わりかけデス……。  やっぱり、このことを先輩にお伝えしないといけないでショウか?  だ、だって、このせいで先輩のこと……はぅぅ、お待たせしてるわけデスから……。  のだめから言うの?……先輩、聞いてきてくれないカナ?  でも考え直しまシタ。そんな、なんでも先輩任せじゃだめなんだって。  これからだって何度も繰り返されることだからこそ、最初が肝心デス!  身支度をととのえると、のだめは心を決めて先輩の部屋に戻りまシタ。  ちゃんと言おうと決めていたのに……先輩を前にすると言葉はなかなかスムーズに口から出てきてくれなくて……。  それでもなんとか先輩に伝えることができまシタ!  先輩ってば……ぷっ!お疲れさんって!ぎゃはー!  とっても恥ずかしかったケド、こんな風に笑いあうことができるなんて。  のだめと先輩は、恋人としてまた一歩、距離が縮まった気がしマス! ------------------------------  緊張したり、赤面したり、恥ずかしい台詞を吐いたり、大笑いしたり……。  二人でいると、決して退屈しない。  そんな、なんてことのない、新しい一日のはじまり。  しかし、俺は気付いてしまった。  俺の向かい側で、おいしそうに朝食を頬張るのだめ。  そのよく動く、柔かい唇。ときどきのぞく、桃色の舌。  その……もうすぐ終わるってことは、もうすぐその時がくるということで……。  千秋真一、よく耐えたよな(涙)  でも、その我慢も明日には……!(心の中でガッツポーズ)  明日には、この目の前でがつがつと色気もなく朝食をたいらげていく恋人を、俺は……この俺の手で……ついに女にしてやるんだ……(じーん) ------------------------------   先輩の様子が、なんだかさっきからおかしいデス。  何かに驚いたように、びくっ!と身体を震わせたかと思うと、突然のだめのことを見つめる、思いつめたような視線を感じて。  のだめのことを、頭から胸元まで視線を下ろしていきながら、最後にはエッチな顔になって、ちょっとにやけてマス……。  ぎゃぼっ! も、もしかして……はぅぅっ!  これが視姦プレイってやつでショウか?  のだめは今、先輩の頭の中で、裸にされて、え、エッチなことをされてしまっているのでショウか……。  先輩って……本当にむっつりスケベさんなんデスね……。  のだめ……嬉しいデス!  「先輩ったら……もう……いやデスよ……」  朝食をあらかた食べ終わったのだめが、突然、頬を赤らめ、恥ずかしそうに俺を見つめてつぶやく。  「は? な、なんだよ突然……」  「のだめはヴァージンデスけど……、男の人のエッチな視線くらいわかりマス……。  先輩、今、のだめのこと、エッチな想像して見てたデショ?」  いやん、もうっ!むっつりなんだカラ……。のだめのこと、変態とか言えまセンよ?  「なっ?! そ、そんなこと……」  「否定しなくたっていいデスよ?のだめ嬉しいんですカラ……。  でも……のだめをオカズにしてないで、ちゃんと朝ごはんも食べてくだサイね?」  「!」  はぁ……。コイツはヴァージンのくせに……。  目ざといし、変態だし!  大体そんなこと、まだ身体もかわしてない彼氏に言うことか?  「明日、覚えてろよ……」  「ぎゃぼっ!」 ------------------------------  のだめ驚きまシタ!  今日、ガッコでターニャの恋のレッスンABCが休講だったので、久しぶりにリュカの音楽教室を受講して……。  ふぅぅ……。リュカって子供のくせにとってもインテリジェンスで……。のだめも負けていられまセン!  ちょっとちんぷんかんぷんだったケド、やっとの思いで授業が終わって、帰り支度をして、先輩の待つアパルトマンに帰ろうとした時でシタ。  「めぐみちゃーーーんっ!」  「く、黒木クン?」  コンヴァトのカフェテラスで、R☆Sのオーボエだった黒木クンにばったり会ったんデス!  これは大ニュースデスよ! きっと先輩も喜びマスね?  「黒木クン、よかったらのだめたちのアパルトマンに行きまセンか?  千秋先輩もきっと、喜びマスよ?」  「うん、ぜひ!」 ------------------------------  「ここが千秋先輩とのだめが暮らしてる、アパルトマンデスよ?  のだめみたいな留学生がいっぱいいるんデス!」  のだめは、黒木を連れて、アパルトマンの門をくぐった。  「ほえ? 千秋先輩……」  エントランスの前には、コートを着込み、旅支度をした真一が、時間を気にしてクロノグラフを覗き込んでいるところだった。  のだめは一瞬にしてその状況を覚ると、真一の胸に飛び込んでいく。  「せんぱーいっっ! やだっ! どっか行っちゃうんデスか?!」  真一は、突然胸に飛び込んできたのだめを受け止めると、のだめの髪に顔を埋め、つぶやく。  「ごめん……さっきエリーゼから連絡があって……。  あいつ、きっちり仕事とってくるというか、俺の実力というか……。  オランダに客演で呼ばれたんだ。でも、すぐに帰ってくるから……」  「すぐって……どれくらいデスか?」  今にも泣き出しそうなのだめが、顔をあげて真一を見つめる。  「……ノエルには帰ってくる。  カレー、つくってあるからちゃんと食えよ?  あと、お前の洗濯物、まだ乾燥機に入ってるから……」  「千秋君、久しぶり……」  「えっ! く、黒木君?!」  真一は慌ててのだめを胸からはぎとると、真っ赤な顔で黒木をお化けでも見るように驚いて見つめる。  「なんでパリに!(しかも今、この瞬間に?!)  ドイツに留学中じゃなかったの?!」  「あはは……僕もできたらドイツあたりがよかったんだけど……」  真一は突然の出来事に呆然としながらも、再度時間を確認して慌てる。  「ごめん黒木君、今時間がなくて。いずれゆっくり……」  「ノーンっ! せんぱいっ! のだめにお別れのキッスがまだデスよ!」  「(はぁぁ……状況を考えろよ……)……電話するから(ぼそっ)」  「はぅぅ……せんぱいぃ……」  黒木君に会えたのはうれしいけど……、なんでこの状況でっ?!  のだめが学校に出かけたあと、真一はエリーゼ軍曹からの召集で、突然の出発を余儀なくされる状況に陥っていた。  のだめとはなんとか時間ぎりぎりに逢えたものの、帰ってきたのだめには連れが……しかも黒木君?!  伝えたいこともあったのに……。抱きしめてキスだってしたかったのに……。  くそーーーーっ!  帰ってきたら、覚えてろよっ!(色々)  十五  黒木クンを連れて行ったら、先輩びっくりするだろうなぁーって、のだめワクワクしてアパルトマンに帰ったのに……。  アパルトマンの門をくぐって、エントランスで待っていたのは、旅支度を整えて、旅立つばかりの千秋先輩。  この前、帰ってきたばっかりなのに、またのだめを置いていっちゃうんデスね?  黒木クンが一緒だったことも忘れて、のだめは思わず先輩に抱きついてまシタ。  先輩はごめんって謝ってたケド……先輩が謝ることじゃないデス。  先輩にお仕事がくることはいいことなんだから、のだめは妻として喜ばなくっちゃいけないんデス!  黒木クンに気づいた先輩が、慌ててのだめを振りほどいて、時間がないからと慌しく旅立ってしまって……。  ごめんなサイ、のだめ、このときばかりは黒木クンがいなければよかったのにと思ってしまいまシタ。  でも仕方ありまセン! 先輩はもう行ってしまいまシタから、のだめは妻として、夫の友人をもてなさなければ!  「黒木クン、寄っていきマスよね?」  「えっ! いいの? 千秋君も出かけちゃったのに……」  「このまま黒木クンのことを帰しちゃったら、あとで先輩に怒られマスよ?  先輩の作ったカレーもあるみたいだし、ぜひ食べていってくだサイ!」  「……じゃあ、お言葉に甘えて……」  先輩が行ってしまったのは辛かったケド、こうして千秋先輩以外の日本の知り合いと会って話をするのも久しぶりで、それはそれなりに楽しくて……。  しかも黒木クンはコンヴァトの学生だから、ガッコの話とか、室内楽を一緒にやろうとかかなり盛り上がりまシタ!  千秋先輩のカレーも、美味しいって喜んで食べてくれて、気がつけば……ぎゃぼ! もう二十二時を回ってマス。  「こんな遅くまでごめんね? つい楽しくって長居しちゃったよ」  「いいえー、のだめも楽しかったデス! 黒木クンさえよければ、また遊びにきてくだサイ」  「うん、ありがとう」 ------------------------------  くそっ!どいつもこいつも、俺様の邪魔ばっかりしやがって……。  パリからアムステルダムまで三時間強の列車移動。  真一はイライラしていた。  のだめが学校に出かけて、いよいよ明日は……と期待に胸を膨らませ、いつものように部屋の掃除やら洗濯やらを始める。  特に寝室の掃除は念入りに。  のだめの初めてだから、どんな落ち度もあってはならない。  真一はベッドのマットレスまで外して、アパルトマンの屋上に運び、陽に当てる。  快晴の空が、真一とのだめの初めてを祝福するかのようで、真一はほかほかになったマットレスを持ち上げると、満足そうに屋上をあとにした。  寝室のベッドにマットレスをはめ込み、洗い立ての染み一つ無いシーツを敷きこむ。  ブブブ……。  携帯が着信を知らせて震える。  「げ、エリーゼ……」  仕事のオファーがあるのはとても嬉しい。実力も知名度もまだまだの自分には、今はとにかく経験が必要で、どんな仕事でも受けたいというのが本音。  あれだけ飛び出したかった日本から、やっと出ることができて、ヨーロッパの地を踏みしめ、指揮者コンクールで優勝。日本で腐っていた時のことを思えば、夢のような自分の今。  でも今は……しかもなぜ明日っ!(涙)  ホテルにチェックインすると、さっそくバタバタと別れてしまったのだめのことが気になって、携帯に電話する。  RRR……。  アロー!のだめデス! ただ今電話にでることができまセン! メッセージを……  アイツ……なにやってるんだ?  黒木君と……一緒にいるのか?  イライラは解消されるどころか、募るばかりで。  真一は悶々としながら、明日のリハーサルのために、総譜を広げる。  千秋真一、今は目の前の音楽に集中しろ。 ------------------------------  黒木クンを送り出して、片付けをしたらもう二十三時。  のだめ一人きりの先輩の部屋は広すぎて……。  先輩、もうオランダに着いたカナ? 思わず、先輩の声が聞きたくなって携帯を手にしたら先輩から着信が。  嬉しい! 先輩も、のだめの声聞きたいって、思ってくれたのカナ?  「のだめデス! 先輩、連絡くれまシタ?」  「……うん。急に出発になって、ちゃんと話できなかったから……。黒木君もいたし……」  「黒木クンなら、さっき帰ったところデス。先輩のカレー、美味しいってすっごく喜んでくれまシタよ?」  「え? さっきって……こんな時間までいたのかよ……」  はぁーって先輩の深いため息。なんでショウ? のだめ、なんかイケナイことしたんでショウか?  「えと……」  「お前なあ……一応年頃の女なんだから、そういうこと少しは意識しろよ」  「そゆう事とは?」  「つまり……黒木君は男で、お前は女ってこと。  しかも彼氏の部屋に、彼氏の留守中に男友達連れ込むって、どういう事だよ……」  はぁーってまた、先輩のため息。  「え……だって黒木クンデスよ? そんな心配……。大体、黒木クンに失礼デスよー」  ……コイツは分かってない。黒木君が自分のことを好きだったのにも気づいてないし、俺がどうして不機嫌なのかも。  「……とにかく、俺が留守の間、俺の部屋に人を呼ぶな。夜遅くまで、俺以外の男と二人きりになるな。わかったか?」  「……はい、わかりまシタ……」  二人の間にぎこちない空気が流れる。  こんな小言を言いたくて電話したわけじゃないのに……。  でも、電話してものだめは出ないし、待ってる間もイライラして、やっと連絡があったと思えばこんな調子で……。  このまま話してても、俺はまた変なことを言いだしそうだ。  「ごめん、俺やっぱり疲れてるのかも。  また電話する。お前もなんかあったら電話していいから……」  「……はい、おやすみなサイ」  「おやすみ……」 ------------------------------  どうしてこんな風になっちゃったのカナ? のだめはただ、先輩の声が聞きたかっただけなのに……。  さっきまで黒木クンと一緒だったって、先輩のカレー喜んでまシタって伝えたら、先輩も喜んでくれると思ったのに……。  電話は顔が見えないから、苦手デス。先輩がどんな顔をしているのか想像するしかなくて……不安になるんデス。  先輩、怒ってまシタよね? やっぱりお仕事中は、電話しないほうがいいのカナ?  電話して、先輩の邪魔をして嫌われるのはいやデス。  そんなことになるくらいなら、のだめは寂しいのくらい我慢することにしまシタ。  だって、先輩は出掛けるとき、すぐに帰ってくるって、ノエルには戻るって言いまシタもん。  それまでは、先輩の声を聞きたい気持ちは封印して、のだめもピアノを頑張りマスよ! ------------------------------  リハーサルが終わった。  心地よい緊張感の中でいい仕事ができたと思う。  こんなとき、素直にアイツに報告をして、一緒に喜んでもらいたいと思うのは、当たり前だよな?  簡単な食事をとって、ホテルの部屋に戻る。  シャワーを浴びて、ビールを冷蔵庫から取り出すと、ベッドに上がって携帯を睨みつける。  のだめからの着信はない。  昨日、あんな切り方をしたから、俺はなかなか発信ボタンが押せずにいる。  携帯を睨みつけながら、ビールを一缶あけた。  俺は覚悟を決めて、発信ボタンを押す。  RRR……。  アロー! のだめデス! ただ今電話にでることができまセン! メッセージを……  どうしようか? このまま留守電に昨日のことを謝ってしまおうか?  待て! なんで俺が謝らなきゃならない?  俺は、女としてそのへんの自覚が足りないアイツに、注意を促しただけであって、感謝されたっていいくらいだろ?  プッ!  「はぁぁ……」  大きくため息をつき、携帯を放り投げると、真一は枕に顔をうずめた。 ------------------------------  先輩から着信があったケド、のだめは電話するのが怖くて。  先輩が帰ってくるまで、電話しないって決めたんデス!  だから……。先輩からの着信は涙をのんで無視することにしまシタ。  今は、きっちりがっしりのバッハの懐にどうやって入り込むか、のだめとバッハとの勝負デス。  先輩、のだめ一人でがんばりますカラ。先輩もお仕事、頑張ってくだサイね? ------------------------------  本番が終わった。  携帯をチェックするも、やっぱりアイツからの着信はなくて。  公演がうまくいって気分はいいはずなのに、俺ははっきりいって面白くない。  俺ばっかりが、こんな風に悶々としているのだろうか?  アイツ、俺のこと本当に待ってるんだろうか?  冷静に考えれば大したことじゃないのに、ちょっとした事で俺の心は不安でいっぱいになる。  とにかく、パリに帰ろう。  パリに帰って、アイツの笑顔を見たら、きっとこんな気持ちもあっという間に消えてしまうだろうから。  荷物をまとめ、ホテルの部屋を出る。  真一は、足早にパリ行きの列車に向かった。  十六  ドアノブに手をかける。  「やっぱりいないか……」  鍵をあけ室内に入ると、天井に届いて先の折れ曲がった特大のツリー。  ドアを閉めるのも忘れて呆然としていると、通りかかった長田がのだめが酒屋からもらってきたツリーだと教えてくれた。  「ターニャもユンロンもフランクの実家にいっちゃったし、のだめも学校の友達ンとこに行くって出て行ったぞ?」  「え?」  「せっかく帰ってきたのに、ノエルにひとりぼっちか?  かわいそうだから、夜まで付き合ってやろうか?」  ばたんっ!  「はぁぁ……」  こんなもの(特大ツリー)なんか用意してるんだ、そのうち帰ってくるだろ?  荷物を片付け、洗濯と掃除を軽く済ませると、ツリーを眺める。  ノエルにツリーを用意するなんて、アイツも可愛いとこあるよな。  中途半端で放りだされた飾りつけにクスリと微笑み、真一は箱の中からオーナメントを取り出し、飾り付けていく。  「全然、たりてねーし……」  大きさのわりに寂しい飾りつけに、真一は思いついて、ずっと渡すことができていなかったルビーのネックレスをデスクの引き出しから取り出すと、ツリーの目に付く場所に注意深く取り付ける。  アイツ、これ見たらどんな顔するかな?  奇声をあげて喜んで、胸に飛び込んでくる恋人を想像して、また真一の頬はゆるむ。  出発前に用意していた食材で、ご馳走とまではいかないが、のだめの言うところの呪文料理とやらを準備する。  アイツ、どこいってんだよ……。  やることもなくなり、いくら待っても帰ってこない恋人に痺れを切らし、真一は屋根裏の長田のもとを、オランダ土産のワインを手に訪れていた。  「お、やっぱり寂しかったか? ふられてバンザーイ!(by マッチ)」  「ふられてねぇっ!」  長田の口から語られる、幼い頃の恥ずかしい話に赤面しながら、美味しいワインも味わう余裕がなく、真一は酔いがまわっていくのを感じる。  「そうだ、お前の親父の抽象画あるぞ? 見るか?」  思い出したくもない人物のことを言われ、真一はついに耐え切れず、しっかりとワインを回収して長田の部屋をあとにする。  部屋に戻っても、まだ恋人は帰ってきた様子はない。  「学校の友達って……黒木君かな……」  ノエルだからきっと帰ってくると、心待ちにした人物は、帰ってこなかった。  はからずも長田から引き出されしまった人物との、辛い記憶が思い出されてしまう。  ノエルだから、ツリーなんか用意してあるから、アイツは帰ってくるだろうなんて、俺のうぬぼれなのか?  真一は、どんどんと膨らむネガティブな思考に耐え切れず、部屋をあとにした。 ------------------------------  コートを羽織るのも忘れ、気がつけばポンヌフ橋。  寒さに震えながら、真一らしからぬ行動に、自分でもあきれてしまう。  俺がアイツに期待しすぎなのか?  俺が思うほど、アイツは俺のことなんて、大切に思っていないのだろうか?  ああ、俺って、こんな女々しいこと考えるような男だったのか?  違う! アイツが少しでも、普通に恋人らしい態度で俺に接してくれれば、こんな風に、ノエルに寒さに震えて、悶々としなくていいはずなのに!  なんなんだよ?アイツは!  アイツと付き合う限り、俺はこんな風にずっと振り回されつづけるのか?  それでいいのか? 千秋真一! ------------------------------  ほわぉ……のだめ、頑張ったからでショウか?  ノエルに、宿敵バッハとの戦闘に打ち勝つための、すばらしい経典を手にいれまシタ!  それに……今日は先輩が帰ってきマス!  子供のクリスマス会だから、夕方には終わるだろうと高を括ってまシタ……。パリの子供たちは生意気デス。大川町内子ども会は、十六時には終わってまシタよ?  思ったより、遅くなってしまいまシタ……。  急いで帰って、ツリーの飾りつけを完成させて、先輩とラブラブなノエルを過ごすんデス! ------------------------------  ポンヌフで、悶々鬱々としている真一の視線の先に、今その思考のすべてを占めている恋人がこちらに向かって来るのが見えた。  「のだ……」  (のだめサン、完全にスルー)  自分に気付きもしない恋人に、身も心も完全に凍りつく真一。  いったんスルーしたものの、その動物的嗅覚で愛しい恋人を嗅ぎつけたのだめ。  「せんぱいっ!」  ぷいっ! スタスタ……。  (真一クン、スルー仕返し)  今さら気付いたって遅いンだよっ!  俺は、心の底から傷ついたんだ……。  もういやだ、こんな恋人。  散々振り回されて、女々しい感情に支配されるなんて、こりごりだ。  まだ、今なら引き返せるだろ?  のだめを無視して、アパルトマンとは反対の方角に歩きだす真一のあとを、のだめが追う。  「せんぱいっ、千秋先輩でショ? 待ってくだサイ?  先輩の帰りをイイ子で待ってた、あなたののだめデスよ?」  「しらねーな? そんな奴。  恋人の帰りも待たずに、好きなようにふらふら出歩いて、ばったり会った恋人の呼びかけもスルーするような、冷たい女なら知ってるけどな!」  きっ!  足をとめ、のだめを振り返り、睨みつけて啖呵を切る真一。  ノエルの夜に再会した恋人たちは、何故かポンヌフ橋の真ん中で睨み合っていた。 ------------------------------  「先輩……怒ってるんデスね。  でも……のだめ待ってまシタよ? 先輩のお仕事の邪魔しないように、のだめはのだめで頑張ってたんデス。  今日だって……」  「俺は……お前が普通じゃないことくらいわかってたつもりだったけど……。  もう、お前みたいなタイプのやつに、振り回される人生はこりごりなんだよ……。  同じ星の男を見つけて、お前も幸せになれ。  じゃあな……」  これくらい言っておけば、コイツも少しは態度を改めるだろ?  俺様をあんまりコケにした罰だ! 少しはお前も心を凍らせてみろ!  先ほどの啖呵と、仕返しとばかりに、すがりつく恋人に冷たい態度をとって、自分の鬱々とした気持ちをすっきりと吐き出すと、真一はお仕置きとばかりに、のだめを置いて歩き出す。  と、背中にぞくぞくっと寒気が走ったと思ったら、むきゃぁぁぁーーー!≠ニいう聞きなれた奇声とともに、背中に受ける強烈な痛み。  どぉーんっ! ばたっ!  のだめのとび蹴りが真一の背中にヒットした。  予測もしていなかった突然の攻撃に、真一の体は宙を飛び、ポンヌフの冷たい石畳に激しく叩きつけられた。  は? はぁ? 俺……今、攻撃うけたよな?  しかも相手は……。  痛みに顔を歪ませながら、身体を仰向けに起こすと、自分の前に立ちはだかる、業火を背負って、怒りに燃えるのだめ。  一瞬、恐ろしいと思いながらも、綺麗だと思ってしまった自分の甘さに頭を振り、真一は言葉を失って、ただただ、のだめを見上げる。  「何をめそめそと……ケツの穴のちいさか男ねっ!  そげんか男、こっちから願い下げたいっ!」  くるっ!  いさぎよく、真一に背をむけ、立ち去るのだめ。  え? 何? 俺って今、のだめに捨てられた?  むっかぁーーーっ!  真一の女々しい意地に、粘着な怒りの火がついた。  「待て! この変態女!」  真一は背をむけるのだめのマフラーを掴むと、高校の体育でやって以来の体落としを決める。  「願い下げなのはこっちだ!  ふざけんなっ!」  「ふざけとっとはどっちですかっ!」  のだめはマフラーを真一の足に巻きつけ(カンフー?)真一を再度、石畳に沈める。  「おまっ、いい加減に……」  再度のだめからの強烈な攻撃に、身も心もぐったりと疲れ、真一はなんとかのだめをなだめようと、石畳に横たわったまま、仰向けに身体を起こそうとした瞬間……  「ひぃっ!!!」  真一の上空で宙に舞い、怒りに瞳を燃やしたのだめが襲い掛かってくる。  がしぃっ!  真一の体に跨ると、その弱くはない握力で真一の首をぎりぎりと締め付ける。  「のだめはいつでっちゃ本気とけ……。  なんで逃げるとデスか?!」  のだめの瞳からは怒りの業火は消え、双瞳からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。  「近づいたかち思うたら離れてく……。  先輩も……音楽も……はぅぅぅ……」  「別に俺は……俺から離れたりなんか……」  「たった今離るうかしよったじゃなかデスかぁーーーっ!  うわぁぁぁぁーーーーんっっ!」  ぎりっぎりり……。  のだめは悲しみに我を忘れて、まったく手加減する余裕がない。  や、やばい……マジで殺される……。  「の、のだめ、俺が悪がっだがら……」  真一の言葉に、のだめの両手が弛む。  その隙に真一はのだめの両手を掴み、自分の身体を起こすと、のだめを抱きしめつぶやく。  「もう一度、やりなおそう……な?」  「ほ、本当に?」  のだめはさっきまでの様子が嘘みたいに、俺の言葉に嬉しそうに涙をぽろぽろとこぼして、俺の胸に顔を埋める。  俺は思わず、そんなのだめがやっぱり可愛くて、さっきまでこの宝物を手放そうとしていたなんて、恐ろしい考えを思い出して身体を振るわせる。  「う、うん……」  「はぅぅぅ……真一クン……(さっそく匂いを嗅いでいる)」  怒っていたはずの俺が、のだめに怒られて、捨てられそうになって、そしてすがって謝るなんて……。  やっぱりなんか、納得できねえ!  でも俺はきっと、諦めるしかないんだろう……はぁ……。  真一の脳裏に惚れた方が負け≠ニいう言葉が浮かんだ。 ------------------------------  静まり返ったアパルトマン。  無駄な争いに疲れきって、それでもお互いの胸の思いを吐き出して、もう一度、愛情の確認をすませた二人は、すっきりとした気持ちで部屋のドアを開ける。  「先輩、のだめお腹すきまシタ……」  「うん、準備できてるから……」  オランダの出発前に購入していた、あの日のためのシャンパンをあける。  俺の向かい側で、いつものように美味しい美味しいと次々と口に運んでは皿を綺麗にしていくのだめに、心の底からほっとする。  どこに行っていたのか聞いてみれば、なんだよ、子供のクリスマス会かよ……。  黒木君も一緒だったらしいけど、そんなものに嫉妬してた俺って……(鬱)  「のだめは今日、その頑張りのお陰か、最強の経典を手にいれたんデス!  これでフーガの構造も完璧デスよ!」  「これ……その経典とやらの日本語版な?」  真一は本棚から日本語版を抜き出し、さらっと渡す。  いい気になってはしゃいでるアイツに、ちょっとお仕置きだ。  フルーツとアイスクリームという簡単なデザートでクリスマスディナーを終わらせると、俺はオランダの演奏会がうまく行ったご褒美の、ちょっといいワインを開け、ソファーに移動した。  「のだめ、ピアノ弾けよ?  一人で頑張ってたんだろ?」  のだめは嬉しそうに微笑むと、ピアノに向かう。  教会の響き……。バッハは苦手だったはずなのに……。  近づいたかと思うと離れていくのは、お前だろ?  もう、そんなお前から、俺は離れられない気がしているのに。  「どでシタ?」  わかってるくせに、挑発的な微笑みで、俺の瞳を覗き込むのだめ。  俺は言葉にするのが苦手だから……。  ソファーに座る俺の前に立つのだめの手を引いて、膝の上に抱え込むと、ずっと触れたかった唇にくちづけを。  「せんぱい……」  唇と唇が離れたすきに、のだめが切ない声で俺を呼ぶ。  「名前で呼べよ……」  「真一クン……」  俺は、のだめの耳に唇を寄せ、ささやく。  「めぐみ……」  唇で、耳のふちをなぞり、そのまま首筋をなぞっていけば、のだめははぁ……と息を吐き出しながら、俺の腰に回した手の力が抜けていくのを感じる。  「真一クン……のだめ……」  「なに?」  唇をもう一度耳元に戻して、息を吹きかけながら訪ねる。  「のだめ……お風呂に入りたいデス。  それで……今日、真一クンのお部屋に泊まっていいんデスよね?」  がばっ!  真一は抱きしめていたのだめから身体を起こし、のだめの顔を覗き込む。  「そ、それ……そういう意味だよな?  い、いいのか? お、お前今日は疲れたかと思ったんだけど……」  こくり。  のだめは無言で、首を縦に振り、恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋める。  やったっ!(大きくガッツポーズ)  先ほど、のだめが弾いたバッハがオルガンの音となって、教会の鐘の音とともに脳内で鳴り響く。エンジェルが天井を舞い、真一は祝福の光に包まれた。  「ば、バスタブにお湯、溜めてくるから……」  いそいそ……。  今日は俺、生まれて初めて、女に殺されそうにもなったけど……。  それでも人間、生きてればいいことがあるんだなっ(涙)  ついに、のだめのヴァージンを奪う……。  俺はもう迷わねー!  今夜こそ、決めてやる!  十七  ザァーーー。  簡単にバスタブを洗い流すと、俺はのだめのためにお湯の温度を調節して、バスタブに湯を溜めていく。  ぼぉっとしたままクロゼットにむかい、あの日のために用意していた、リボンのかかった包みを手に、のだめのもとに戻る。  「のだめ、今バスタブにお湯溜めてるから……」  「ありがとデス!  じゃあのだめ、着替えとか持ってきマスね?」  「あ、これ……よかったら……」  後手に持っていた包みをのだめに差し出す。  「これ……ノエルのプレゼントデスか?  のだめ……先輩に何も用意してなくて……ごめんなサイ」  「いや、これは……オランダに行ってなかったら、あの日お前に渡そうと思っていたもので……。  それに……ノエルのプレゼントはもう貰ってるし」  「え?」  真一は、のだめの耳元に唇を寄せるとささやく。  「お前の……はじめて……(爆赤面)」  「……先輩、照れるくらいなら、言わないでくだサイよ……(真っ赤)」  「……ごめん……(ベタすぎる台詞に激しく反省)」  「開けてもいいデスか?」  「あ、ああ……」  のだめはリボンを解き、乱暴に包みをはいでいくと、中身をとりだし、広げる。  「むっきゃぁー! あの、キャンドルを買ったお店で、のだめが見てたネグリジェ?!  先輩、あとで買いにいってくれたんデスか?」  「う、うん……お前、気に入ってたみたいだし……」  俺も気に入ってたから……という言葉は飲み込んで。  のだめは、服の上からネグリジェをあて、俺を見つめる。  「先輩、どうデスか?  のだめ、似合いマス?」  「う、うん……似合うんじゃね?」  のだめの顔がぱっと花が咲くように微笑む。  「嬉しいデス! 先輩、ありがとうございマス!」  のだめはネグリジェをあてたまま、嬉しそうにクルクルとまわって見せる。  「むっきゃぁーーー!  お姫様ドレスーーー!」  「わかったから……早く行ってこい」  「はい……」  俺に促されると、はしゃいでいたのだめが途端に静かになる。  俺はもう一度、のだめの耳元に唇を寄せ、つぶやく。  「お前の全部に触るから。隅から隅まで磨いてこいよ?」  「ぎゃぼっ!」  のだめは顔を真っ赤にして、ドアを飛び出していった。 ------------------------------  のだめは今、バスルームで入浴中だ。  水音に、いろいろ想像して、俺の胸は高鳴り、かなりうるさいが……。  今のうちに俺はやるべき準備を滞りなく完了させておかなければならない。  ベッドサイドの一番上の引き出しから、小さな箱を取り出すと、ビニールの封を切り、一つ取り出すとベッドサイドに置く。  そのまま置いておいたら、アイツ引くかな?  いや、アイツのことだ、これが何かもわからないだろう。  いざというときに見つからなくて慌てるなんて目にあうよりは、このまま置いておこう。  それからティッシュ。真一はティッシュの箱を右手に持ち、重さを確認する。  大丈夫、中身もタップリ入ってる(満足気)  しゅっ!  試しに1枚取り出し、真一はスムーズなティッシュの出具合に合格点を出し、ベッドサイドに置く(さらに満足気)  のだめに選ばせたアロマキャンドルも用意。  ベッドサイドと、リビングにもキャンドルを配置する。  ライターで明かりをつけていくと、のだめが気に入ったワイルドでフルーティーな香りに部屋が満たされる。  まるで、自分の部屋ではないようだ。  「ほわぉ……いい匂いデス……」  いつの間にか、風呂からあがったのだめが、俺のうしろで部屋いっぱいに充満するアロマの香りを吸い込み、香りを楽しんでいた。  「お前……それじゃ風邪ひくだろ?」  ノースリーブのネグリジェ一枚で出てきたのだめは……。  大きく開いた胸元や、袖口から伸びる腕の白さが、キャンドルの光に艶やかに照らされて……。  「ほ、ほらっ、これでも羽織っておけよ……」  俺はクローゼットからカーディガンを取り出し、そっけなくのだめに渡す。  「俺も風呂入ってくるから……。  冷蔵庫にミネラルウォーター入ってるから、飲んどけよ?」  「は、はいっ」  できるだけ、のだめのほうを見ないように、俺はバスルームに逃げ込んだ。 ------------------------------  くそっ! たかがネグリジェ姿くらいにやられててどうする?  真一は頭から熱めのシャワーを勢いよく浴び、気持ちを落ち着かせる。  ずるいんだよ、いつもはそんなこと想像させないくらい無邪気に振る舞っておいて、あんな格好した途端、色気出しやがって……。  童顔のくせしてなんだ? あの胸の膨らみは……エロすぎるんだよ!  がしがしと強めに髪を洗いながら、のだめに対する文句を脳内で叫んでみるが、それはむしろ喜ばしいことだったりする。  徐々に頬は緩み、顔はにやけてくる。  きゅっ!  シャワーを止め、タオルで均整のとれた体を拭き取り、服を身につける。  鏡を覗き込み、顎を手で摩ってみる。  「ひげは……剃らなくていいよな?」  それでも、いつもより入念に歯磨きをして、真一は完璧に身支度を整えると、気合いを入れてバスルームを後にした。 ------------------------------  先輩がバスルームにいってしまいまシタ。  いつもの先輩の部屋のはずなのに、照明が落とされてキャンドルの明かりだけになると、まったく雰囲気が変わってしまって、知らないところにいるみたいでドキドキしマス。  でも、のだめに選ばせてくれたアロマの香りがとってもいい匂いで、うっとりとリラックスさせてくれマス。  それに、ベッドルームには大きなクリスマスツリー。  のだめ、小さい頃からの夢だったんデス。  天井につくくらいの大きなクリスマスツリーを飾ってノエルを迎えること。  リュカからの急な呼び出しで中途半端になってた飾り付け……くすっ、先輩ってば文句いいながらも仕上げてくれたんデスね?  のだめは、見るともなくツリーのまわりを一周してみる。  「ほえ?これは……」 ------------------------------  かちゃ。  なんとなく自分の部屋だというのに、遠慮がちに開けるドア。  そろそろと寝室を抜けリビングに向かうと、のだめが静かにソファーに座っていた。  「水飲んだか? 俺、ビール飲むけど、お前もなんか……」  「先輩、これ……」  のだめは手にルビーのネックレスを持っていた。さっそく見つけたらしい。  俺はまず、キッチンへ向かい、自分のためにビールとのだめのために炭酸水をグラスに注ぎ、ソファーまで運ぶ。  「ほら、喉かわいてんだろ?」  グラスをテーブルに置き、ビールのプルトップをあけ、一口喉に流し込む。  それから、のだめの手からネックレスを掴むと、そのハート型の赤い石を眺めながら俺は話し出した。  「このネックレスは……上海で買ったんだ。  自分では気づいてなかったけど、俺はきっとあの時すでに、お前のことが好きだったんだな……」  ビールをテーブルに置き、あいた手でのだめの頬を包み込む。  ほんのりと温かく、しっとりと吸い付くような滑らかな肌に目眩がしそうだ。  「せん……真一クン、のだめ、嬉しいデス……」  のだめの瞳が潤み、キャンドルの光を受けてキラキラと眩しい。  俺は吸い寄せられるように、のだめの顔に唇を近づける。  のだめの瞼が震えながら閉じていき、キャンドルの明かりでまつげが作る影がふるふると小刻みに震えている。  俺は、のだめをあやすように瞼にキスを落とすと、唇で瞼から鼻筋、頬からこめかみへと、顔中をそっと撫でる。  のだめの顔が気持ちよさそうに緩んでいくのを感じ、俺は両手でのだめの頬を包み込むと、柔らかい唇へと着地させる。  ふっくりと柔らかく弾力のある唇が、俺の唇を優しく迎え入れる。  ちゅっ、ちゅっと何度も音をたてながら、その柔らかさを堪能する。  唇を舌で舐めて湿らせ、唇でのだめの唇を滑らせて撫でれば、のだめははぁっ……≠ニ吐息をはきながら唇を緩める。  焦らすようにちょっとだけのだめの上唇を吸ってやると、待ち受けていたかのようにのだめの唇が俺の唇に吸い付く。  徐々に激しくなるのだめの唇の動き。  俺は、キスに夢中になっているのだめのペースに合わせて、あくまで受け身にまわってみる。  舌をのだめの口内に差し入れてやれば、のだめの舌が夢中で絡んできた。  静かなリビングには、俺とのだめのキスが立てる水音だけが響き渡っている。  しばらく夢中でお互いの唇を貪りあっていたが、さすがに苦しくなったのか、のだめの唇の動きが徐々にペースダウンし、唇がやっと離れた。  はぁ……はぁ……。  肩で息をするのだめの髪を落ち着かせるように撫でる。  「これ、つけてみる?」  俺はまだ右手にもったままになっていたネックレスをのだめに掲げ、訊ねてみた。  のだめは嬉しそうに笑うと、こくこくと首を縦に振る。  「じゃあ、背中向けて?」  「はい……」  のだめは大人しく、俺に背を向ける。  俺は先ほど羽織らせたカーディガンを肩からずらす。  「のだめ、髪、おさえてて?」  のだめが腕を後にまわし、首にかかる髪の毛を押さえると、真っ白なうなじが顔を出した。  日ごろ、目にすることのないそこは、透き通るように白い。俺は、唇を寄せたい気持ちを抑えて、まずはネックレスをのだめの胸元に落とし、留めてやる。  ほんの一瞬、俺の指先がのだめのうなじに触れた瞬間、のだめはびくっと身体を振るわせた。  その初々しい仕草に俺はたまらず、唇をうなじに寄せていた。  「はぁっ……」  唇で、ネックレスのチェーンが触れている肌を辿り、まだ、腕の途中にひっかかったままのカーディガンを両手でゆっくりと下ろしてゆく。  むき出しとなった肩から腕にかけても、触れるか触れないかの強さで、唇を這わせてゆく。  カーディガンをすっかり脱がせ終わると、俺は唇をのだめの耳たぶに這わせ、呟いた。  「めぐみ……お前がほしい……いい?」  そしてのだめの両肩を掴んで俺のほうを向かせると、瞳を覗き込む。  「真一クン……のだめも真一クンの全部が見たいデス……」  のだめの頬は桃色に染まり、瞳は潤んでいて、言葉どおり俺を求めていることがわかった。  俺はのだめの手を掴むと、ソファーから立ち上がり、ベッドへと向かった。  十八  はうう……今のだめは先輩に手を引かれて、寝室へ向かっていマス。  むきゃぁーーー! ドキがむねむねデスよ!  あっという間にベッドにたどり着いてしまって、先輩はのだめの手を離すと、寝具を剥ぎ取ってベッドに上がりまシタ。  「おいで……」  優しい目で見つめる先輩からは、フェロモンがダダ漏れで……はうう。  のだめは催眠術にかけられたように、先輩から差し出された手をもう一度掴んで、ベッドの真ん中で座り込んだ先輩の腕の中へ……。  「寒くない?」  「大丈夫デス」  「怖い?」  「……怖くないケド、すごくドキドキして……」  「俺も……嬉しくて、ドキドキしてる……」  のだめは真一の腕の中で、恥ずかしそうに真一を見つめつぶやく。  「先輩……ぎゅってしてもらえマスか?」  「うん……」  のだめを抱きしめる先輩の腕が強くなって、しっかりと先輩の腕の中に抱きしめられて、とっても嬉しい。  先輩の腕が少し緩んだと思ったら、先輩の手がのだめの顎にかけられたので、のだめはその動きにしたがって顔を上げまシタ。  目の前には先輩の綺麗な顔が近づいてきて……。  はぅぅ、何度近くで見ても、のだめ慣れまセン!  のだめが瞳をとじると、また優しいキスが始まる。  唇と唇、舌と舌を使って、お互いの想いを、熱を伝えあう。  真一の長い指がのだめの髪に差し込まれ、そのまま耳から首筋、肩から背中へと優しく這う。  のだめの唇から耐え切れずに吐息がこぼれ、それを合図にキスが解かれた。  俺は、唇と手のひらでのだめの身体をなぞる。  唇で触れる肌は滑らかで甘く、手のひらで辿る身体は俺が触れるたびに敏感に反応をする。  のだめの口からは吐息が零れていて、のだめは瞳を閉じたまま、時折眉間を寄せる表情が……たまらない。  徐々にのだめの背後に身体を滑り込ませ、唇で耳たぶをもてあそびながら、後ろから、ずっと触れたかったのだめの乳房に両方の手のひらを伸ばす。  ゆっくりと同じペースで焦らず愛撫する。  俺の手のひらには、徐々に立ち上がってくるのだめの蕾を感じる。  指先で、そっと撫でる。  「あんっ、あっ、あぁん……」  のだめの口からは、ずっと聞きたかった甘く啼く声が聞こえてくる。  「のだめ、可愛い……」  耳たぶを唇ではんだまま囁き、指先は蕾とその周囲を交互に撫で続ける。  左手はそのまま蕾を愛撫しながら、右手をネグリジェの肩紐に伸ばす。  耳たぶをはんでいた唇を徐々に首筋から肩に滑らせ、右手の肩紐をずらしながら、唇で辿る。  「あっ、せんぱっ……」 ------------------------------  先輩の唇が耳たぶに触れた瞬間、のだめの身体にはびりびりって電気が走ったみたい。先輩の熱い吐息がのだめの耳や首筋にかかって……。  ゾクゾクしマス。  先輩のえっちな手が、のだめのおっぱいに触れて、さする。  コットンのネグリジェはただでさえ肌触りがいいのに、先輩の手の動きでさらにのだめのおっぱいにこすれて、刺激されて……。  先輩におっぱいを触られるようになって知った、乳首がすごく感じるってコト。  先輩はいじわるだから、手のひらでおっぱいを触るとき、最初はわざと乳首には触れないようにするんデス。  だからのだめは触れられたときのあの気持ちよさに期待が高まって、早く触れてほしくて……。  でも、そんなこと言えないカラ、切なくてもどかしくて……。  のだめはそっと薄目をあけて、胸元に視線を落としてみる。  のだめのおっぱいを触る、先輩のえっちな手が動いてるのが見えて……。  薄いコットンから透けて見えるのだめの乳首は、ぽちんって膨れてしまっているんデス。先輩に早く触れてほしくて……。  あ……先輩の指が……あんっ……だめ……。 ------------------------------  右肩の肩紐がずらされ、のだめの華奢な肩を真一は唇と舌を使って愛撫する。  徐々にさらされていく肌。  真一は後ろから器用に指をまわし、のだめのネグリジェの胸元のリボンを解く。  すでにずらされていた肩紐がそれによりさらにずれ落ちてきて、のだめの乳房はこぼれそうで。  真一はのだめの肩先から覗き込み、ごくりと喉をならした。  そのまま、胸元のボタンを一つ、また一つと外してゆく。  背後から唇で首筋や背筋を愛撫しながら、真一は器用にすべて外してしまう。  肩越しに覗き込めば、のだめの豊満な谷間が覗いている。  真一はのだめの左肩に引っ掛かったままだった肩紐もゆっくりとずらすと、そのままネグリジェをのだめの上半身からずり下ろしていく。  「あっ、だめっ……」  のだめは慌てて、両手でさらされてしまった胸元を肩を抱き抱えるように隠す。  「のだめ……俺のほう、向いて」  「は、はずかしいデス」  真一は自分もTシャツを脱ぎ上半身裸になると、のだめの両肩を掴む。  「ほら、俺も脱いだから。恥ずかしくないから見せて?」  先輩がのだめの感じる部分を何度も撫でるカラ、まだ触れたことのない背筋に先輩の柔らかい唇が触れて撫でるカラ、のだめが気がつかないうちにネグリジェが腰までずり落とされていたんデス。  慌てて胸を両腕で隠したケド、先輩に熱っぽく見せてって囁かれたら、のだめ抗えなくて……。  先輩のほうを振り向いたら、はぅん、先輩も上半身裸で……素敵すぎマス。  先輩の腕が、のだめの腕を優しくほどいて、のだめのおっぱいが先輩に見られているのを感じて、のだめは恥ずかしくて、ぎゅっと目を閉じまシタ。 ------------------------------  恥ずかしがるのだめを、なんとかこちらを向かせて、俺は焦る気持ちを抑えながら、優しくのだめの腕を解いた。  うわ……。  初めて目にしたのだめの胸は、透き通るように白くて、たわわに実って、それは柔かそうで……。  中心の蕾は先ほどからの愛撫にはちきれんばかりに膨らみ、紅く充血していて、乳房の白とのコントラストが美しい。  それは、まだ誰も足を踏み入れていないヴァージンスノーのように、美しく、清らかで、眩しい。  「綺麗だ……」  俺がつぶやくと、のだめはぎゅっと閉じていた瞼を恐る恐る開け、恥ずかしそうに微笑んだ。  俺は誘われるまま、のだめの乳房に唇を寄せ、はちきれんばかりの蕾をそっと口に含む。  「あんっ、あぁん……」  のだめは快感に嬌声をあげ、俺の髪を両手で掴む。  舌で突いたり舐めたり、唇で挟んだりと刺激を繰り返し、もう片方も指先で摘んだり、撫でたり、焦らすように周囲を愛撫する。  のだめは快楽に体を支えきれないようで、俺の髪を強く掴み、胸を俺のほうに突き出しながらのけ反ってゆく。  俺は片腕でのだめの腰を支えながら、のだめの胸に顔をうずめ、夢中で貪った。  十九  真一は夢中になっていた。  はじめて見たのだめの服の下の身体は、どこまでも白く美しく、触れる肌はすべらかで、自分の与える愛撫に敏感に反応して、徐々に感じてゆく身体はうっすらと桃色に染まり、少し汗ばんで自分の手のひらに吸い付いてくる。  真一は支えきれなくなったのだめの身体をベッドに横たえると、腰にとどまっていたネグリジェを抜き取り、自分の下半身もすべて脱いでしまった。  肩で息をしながら、真一の愛撫がとまったことに気付き、ベッドに横たわりながらうっすらと目をあけたのだめは、真一の猛る自身に目をとめ、驚きの表情に目を見開く。  その様子に気付いた真一は、恥ずかしそうにのだめを見つめ、訊ねる。  「ひいちゃった?」  「いえ……素敵デス。自信満々な俺様みたいで。  それより……そんな大きいモノ……本当にのだめの中に入るんデスか?」  コイツは初めてなんだから、比較対象もないだろうし、子供と一緒で正直な気持ちを言ってるんだろうけど……。だからこそ、素直にうれしいというか……。  「ばか……大丈夫だから、心配すんな」 ------------------------------   のだめは気がついたら、紐パン一枚にされてしまっていまシタ。はぅん、やっぱり先輩はエッチでもなんでもスマートで完璧デス。  ほわぉ……。先輩の……オルセーで見たダビデクン(比較対象)のより、何倍もおっきいデス!(あたり前)  それに……ダビデクンのと向きが違うような……あれ?  でも、今はそんな余裕ないから、全部終わったら……先輩に教えてもらおう。  それにしても素敵デス……やっぱりその人と持ちモノって似てくるんデスかね?  それも全部終わったら、聞いてみよう……。 ------------------------------  真一は紐のショーツ一枚だけ身につけたベッドに横たわるのだめを、もう一度じっくりと見つめた。  いつもの無邪気で子供のような表情はなく、瞳は妖艶にうるんで、切なげに真一を見つめている。  唇はキスをたくさんしたせいで、いつもより紅く、ぽってりと膨らみ、何かいいたげに少しだけ開けられている。  華奢な首筋、鎖骨のところには、自分が先ほどつけてやった小さなハート型のルビーが、白い肌に映えて綺麗だ。  あのダイナミックで、力強いピアノの音を弾くとはとても思えない、華奢な肩、二の腕から続くのは……横になっても見事に盛り上がって、さらにその大きさを強調しているたわわな乳房。  真っ白で柔かそうな膨らみの上に、可愛くちょこんとのっている紅い蕾。  大学時代はくびれがないなんて言ったけれど、女性らしい曲線を描く腰の先には、純白の紐のショーツ。  のだめのくせに……変態のくせに……ああ、変態だからか? 紐なんてエロいものつけやがって……。  しかも、その白い布はうっすらと透けていて、その下の恥毛が見えてしまっていて……。  ごくり……。  真一は、いますぐはぎとってしまいたい衝動を、理性を総動員して押さえこみ、もう一度、のだめの身体の上に覆いかぶさっていく。  乳房の下から、舌をゆっくりと這わせていく。のだめは少し開き気味の唇からあっ……≠ニ小さく声をあげ、こみ上げてくる快楽に身体を小刻みに震えさせている。  胸の谷間から、身体の中心に向かって舌をゆっくりと下ろしていく。  小さな臍のまわりをくるくると円を描くように舌で愛撫すると、のだめは両手と両足をむずむずと動かしながらはぁぁ……≠ニ切なげに吐息をこぼす。  ショーツの上まで舌が到達すると、真一はのだめの片足を持ち上げ、両足の間に身体を滑り込ませると、太ももの内側から舌を這わせていった。  「あっ、あぁっん……」  のだめは両手でシーツをぎゅっとつかみ、身体を震わせている。  真一はそのまま、舌をふくらはぎからつま先まで這わせると、指先を口でくわえ、ぴちゃぴちゃと舐め始めた。  「いや……せんぱ……汚いから……やめて、くだサイ……」  「汚くねーだろ? お前、さっきちゃんと洗っただろ? いい匂いしてる……」  そういっていやらしい目でのだめを見つめ、口角を上げる真一に、のだめは先ほど、隅から隅まで洗ったことを見透かされて、まるでこうされることを期待していたように思われたのではないかと恥ずかしくなる。  もう一方の指先も口にふくまれぴちゃぴちゃと舐められて、のだめは羞恥からどんどん自分が感じてしまうことを知った。  つま先から、折り返すように真一の舌がふともものつけねまで戻ってくる。  のだめはその先にある、自分の身体の中心がじわっと熱く、濡れ始めていることを感じていた。    これが……濡れるってことなんでショウか?  実際に触ったわけでも、見たわけでもないので、本当に濡れているのかはわからないケド、でも真一クンにエッチなことされて、気持ちいいって感じるたびに、なにかがじわっと出てくる感じがしてるんデス。  真一クンの顔がそこに近づくたび、熱い息がかかるたび、早く触ってほしいような、怖いような……  はうん……のだめっていやらしい子なんでショウか? ------------------------------  真一は、宣言どおり、のだめの身体の隅々を、そのショーツで覆われている部分以外は、触って、舐めて、味わった。  もう一度、のだめの身体に覆いかぶさると、優しくキスをする。  「お前の身体……すごく綺麗で……」  真一はキスとキスの合間に、のだめの瞳を見つめながら、甘い言葉をささやく。  「どんどんお前に……引き込まれていって……」  普段では絶対に聞くことのできない、真一からの甘い言葉に、のだめは嬉しさを通り越して、恥ずかしさにどうしたらいいかわからず、ぎゅっと真一の身体にしがみついた。  「せんぱい……あんまり言っちゃだめデス……」  「なんで?」  「だって……のだめ、恥ずかしい……」  そんな台詞も、真一ののだめに対する愛情をさらに刺激して、煽るばかりだというのに。  「お前……ほんと可愛いな……」  「ぎゃぼっ! 恥ずかしいから、やめてくだサイ……」  「めぐみ、好きだよ……」  「せんぱ……真一クン、のだめも大好きデス……」  真一は夢中で、のだめの唇に吸い付く。  のだめも真一のキスに応えて、二人のキスはだんだんと激しくなる。  ふたたび寝室には、ふたりのキスがたてる水音と、ふたりの身体とシーツのすれる音が響いていた。  真一は、のだめを抱きしめながら身体を起き上がらせる。  優しいキスを繰り返しながら、のだめのことをじっと見つめる。  のだめはその射るような視線から逃れられず、見つめあったままキスを繰り返すうち、また身体の中心が熱く、きゅんきゅんと腰がしびれるような感覚を覚える。  真一は、のだめの手をそっと掴むと、のだめの手をショーツの上から中心の部分に触れさせる。  のだめの身体がびくっと震えた。  「のだめ……これからここに触るけど……お前怖いか?」  「……ちょっとだけ……」  「お前……自分で触ったことなんか……ねーよな?」  「ぎゃぼっ! な、ないデス……。  ……だめデスか?」  のだめは恥ずかしさに真っ赤に頬を染めながら、真一を上目遣いで見つめ、たずねる。  「だめじゃねーけど……。初めて触れるのが他人の手じゃ怖いかと思って……」  そういうと、真一はのだめを後ろ向きにさせ、自分の胸の中にすっぽりと抱きかかえる。  「のだめ……ちょっと足ひらいて?」  真一は、のだめの背後から膝に手をかけると、のだめの足をやさしく開かせる。  のだめの手を掴むと、その手をのだめの中心へと導き、耳元でささやく。  「ほら、自分の手なら怖くねーだろ? どんなふうに感じるのか、さわってみな?」  「え? のだめが? 自分で?」  「そう、自分で」 ------------------------------  先輩はいじわるデス!  初めてなのに……どうしていいかわからないのに……自分で自分の……はうう、触ってみろなんて……。  でも、さっきまでと違って、先輩の胸の中にすっぽりとおさまって、のだめの背中にはぴったりと先輩の身体が触れているから、先輩をすごく近くに感じて、とっても安心できる。  のだめの手を持つ先輩の手が動いて、のだめの手がショーツの上から中心を撫でつける。  「ほら、怖くないから……」  耳元でささやかれる真一の声に、のだめは抗えない。  そっと目をとじ、導かれるまま、感じるままに手を動かしてみる。 ------------------------------  か、可愛い……。  真一は、自分の胸の中で、そっと目をとじて、羞恥に頬を染めたのだめが、自分の中心を夢中で触っているのを、背後から見下ろしていた。  ときどきのだめは、びくっと身体を震わせ、あっ≠ニ嬌声を漏らす。  真一の自分自身がびくびくと脈打ち、先端から先走るものが滲み出ているのを感じる。  もう少し、もうちょっと待つんだ、千秋真一。  真一は興奮して押し倒しそうになる自分を懸命に抑え、のだめの準備が整うのを待つのだと、もう一度自分に言い聞かせた。  のだめは徐々に自分自身に触れることに慣れてきたようで、恍惚の表情を浮かべている。  真一はのだめの手にかさねていた自分の手をそっとはずし、のだめの両側の腰に結ばれているリボンに両手をかける。  するっ……。  のだめのショーツの紐が解かれ、のだめの中心を隠していた布が真一の手によって、取り除かれる。  真一はもう一度、のだめの手を持つと、直に触れさせる。  「あんっ、いや……だめデス……」  「大丈夫……もっと気持ちよくなるから……」  真一は耳元でささやくと、その舌をのだめの耳の中にしのばせ、ねっとりと舐めあげながら、両手はのだめのふとももの内側をゆっくりと擦る。  「ほら……もっと中まで触ってみな?」  「……はい……」  のだめは真一に言われるまま、自分の中心に指をのばす。  怖いケド……恥ずかしいケド、さっきから自分の中心で熱くじわじわと溢れ出るものがどんなものなのか、知りたいような気もする。  それに、下着の上から触っているうちに、早くそれを取り去ってほしいと感じていたのも事実で……。  真一の指が両腰のリボンに掛かった瞬間、のだめは悦びにぞくぞくっと身体を震わせ、また中心からじわっと熱いものが溢れてくるのを感じた。  二十  「大丈夫……もっと気持ちよくなるから……。  ほら……もっと中まで触ってみな?」  そんなふうに耳元で真一から囁かれ、敏感な耳の中を真一の舌に舐められ、ふとももの内側をねっとりと触られて……。  そのまま、真一に触れて欲しいと思いながら、のだめは自分の中心に恐る恐る指をのばす。  襞の縁をたどり、熱くじんじんとしている部分に指をのばすと、ねっとりとした体液があふれ出していた。  びくんっ!  のだめが小さく身体を震わせる。  そっと触れるだけで、びりびりと快感の波が押し寄せる。  「あんっ……せんぱ……おねがいデス……」  「……俺に触ってほしい?」  真一が焦らすように、のだめの耳元で囁く。  「もうっ……いじわる、しないでくだサイっ……」  のだめは真一の手を掴むと、言葉にできない気持ちを伝えるように、ぎゅっと握りしめた。  のだめからのおねだりに応じて、真一はのだめの溢れ出る泉の中心に指を這わせる。  「あんっ……真一クン……」  のだめの口から、自分の名前を呼ぶ甘い声が上がる。  のだめは待ち望んだ快楽に身を任せ、行き場を失った両手を自分の背後にいる真一の髪に絡める。  真一は、まだ固く閉じられたそこには進入せず、そこから溢れ出ている愛液を指に絡ませると、のだめの花びらを優しくなぞる。  そこはぷっくりと充血して膨らみ、指で辿るだけで、のだめは敏感に身体を震わせる。  少しずつ開かれていく、すらっとのびる白い下肢ににやりと口角を上げると、真一はのだめの身体をもう一度ベッドに横たえ、その横に自分の身体もぴったりと寄り添うように寝転び、のだめの表情を見つめながら優しい愛撫を続けた。  「あんっ! あぁん……」  のだめの腰が激しく跳ねるのを感じながら、真一は身体を少し起こし、のだめの乳房の上の蕾をもう一度口にふくむ。  「あんっ、だめぇ……」  じわっ……。  真一の舌先がのだめの蕾を刺激するたび、のだめの中心からは熱い愛液が溢れ出してくる。  のだめはぎゅっと目をつぶり、頬を桃色に染め、開きっぱなしの唇からは甘く啼く声が途切れない。  真一は、のだめの両足の間に身体を滑り込ませ、両腕でのだめの両足を抱え込むと、中心への愛撫を指から舌に切り替える。  のだめの中心部分を、真一の舌がねっとりと舐めあげる。  「ああんっ、いやっ、せんぱっ……」  ひんやりと湿った真一の舌が、自分の中心をぺろぺろと舐めていることに気付いたのだめは、あまりの気持ちよさに嬌声を上げながらも、いやいやと首を横に振る。  「せんぱっ……やめてっ……」  「大丈夫だから……ここもいい匂いがしてるから……」 ------------------------------  女のココは、ひとつとして同じ形をしてないっていうけど……本当だな。  真一は、キャンドルの薄明かりの中でも、滑り込んだのだめの両足の間で、しっかりとのだめの中心を見つめた。  のだめのソコは、綺麗な桃色で、その姿は可憐な花のようだった。  複雑な形をした襞は、ぷっくりと充血してふくれ、その中心を覆い隠していて、中から溢れた蜜をまとって、てろてろと妖しく真一を誘う。  真一はまず、舌を大きくひろげて全体をまんべんなく舐め上げる。  舐めるたびに、のだめは腰を跳ね上げ、甘い声で啼く。  真一は舌先を尖らせると、誘われるままに襞の中をなぞっていく。  「ああんっ! いやぁっ……」  襞の中に進入すれば、その上にはまるで花びらに包まれていたように可愛らしい真珠のつぶのような珠が、やはり充血して膨れ上がって真一を誘っていた。  舌先でつつけば、のだめは今までより一回り大きな嬌声を上げる。  腰を激しく跳ねあげ、気持ちがいいと真一に伝える。  真一は焦らず、ゆっくりとしたペースで、ちろちろと舌先で動かしたり、唇で挟んでぺろぺろと舐めたりと刺激を繰り返す。  「あんっ、あんっ、あんっ……」  のだめの高まりを予感させる、高く小刻みな啼き声と、真一がたてるぴちゃぴちゃといういやらしい水音が、ベッドルームに響き渡っていた。 ------------------------------  のだめの大好きな、先輩の長くて綺麗な指。  その指が今、のだめの中心に触れていると思っただけで、のだめは……腰の奥のほうがきゅんってして、またじわって何かが出てきちゃうんデス。  あ、だめ……真一クンがのだめのこと舐めて……る?  そんなことしちゃ……だめデス……でも……すごく気持ちいい……。  あんっ! そこは何? いやっ、だめ……あぁ……。  のだめは今、ビリビリと痺れるような初めての快感の波に襲われていた。  「あんっ、あんっ、あああんっ!」  びくびくっ……。  のだめはひときわ大きな嬌声を上げ、腰を大きく震わせて、ぐったりと身体をシーツに沈ませた。 ------------------------------  ぼーっとする意識の中で、うっすらと目を開けてみれば、自分を覗き込む、優しい微笑みを浮かべた真一が映る。  真一は優しく、のだめの髪を撫でていた。  「せんぱい……のだめ……」  「のだめ……すごく可愛かった」  「今の……なんデスか?」  「今のが……イクってこと。  ……次からは自分で教えろよ?」  「……教えるって?」  「今みたいにイキそうになったら、俺に教えて?」  「……はい……」  二人は同じように頬を桃色に染めて、肌はじっとりと汗ばんで……。  くすくすと笑いながら、優しいキスを交わす。  徐々に熱くなる真一のキス。  のだめの身体を這う手のひらも動きが強く、激しくなって……。  「のだめ……そろそろいいか?」  「……はい……」  真一の両手が、のだめの両足を掴み膝を立てさせ、その間に身体を滑りこませると、ふたたび真一の長く美しい指先がのだめの中心を愛撫し始めた。  「指、入れるから……少し痛いかもしれないけど……」  「……はい……」  固く閉じた入り口からは、まだ愛液が溢れ出ている。  真一は左手の指でのだめの花びらを開き、右手の中指に愛液を絡ませると、ゆっくりとねじ込んでいく。  「あぁんっ……」  のだめは先ほどと同じように、気持ちよさそうな声を上げているけど……。狭いしキツイし、最初だけだろうな……。  真一は、ゆっくりと中指を第一関節までねじ込むと、指の腹でのだめの中を探る。  「!」  え?  真一は自分の指の腹が感じ取った感触に違和感を感じ、頭の中が真っ白になった。  おい……嘘だろ……。  落ち着け、千秋真一。  今日はのだめとの初めての日で……予想以上だったのだめの身体とか、反応とか、そりゃ俺も久しぶりに抱く女の身体だから、いっぱいいっぱいなところもあるけれど……。  だからってこれは……。  真一は自分を落ち着かせるように、一度深呼吸をする。  のだめの中につっこんだままの中指をもう一度ゆっくりと回転させ、それでも納得できずに、もうすこし押し進める。  のだめの中を押し進めながら、やはり指が感じ取る違和感。  こ、これは……。  真一は驚きのあまり、高まる胸に押しつぶされそうになっていた。  俺は思春期の頃から、そっち方面にはあんまりガツガツしてなくて、エロ本とかAVとかあまり興味も持たずに来てしまった。  だからセックスに関しては、実地でほとんどの知識は得たといってもいいだろう。  それでも、男同士で飲む機会があれば、好むと好まざるに関わらず、そういう話になる場合もあり、興味津々でなくとも蓄えられてゆく知識というものがあるわけで……。  だから、聞いたことはあった。  でもそれは、ツチノコとか、河童とか、それこそ都市伝説レベルの、男にとってのお伽話なんだと思っていたのに。  二十一  真一の脳内には今、ツァラトゥストラはかく語りきの冒頭のトランペットが鳴り響き、まるで一人きりで、広大な宇宙空間に放り出されてしまったかのように感じていた。  広大な宇宙空間から、懸命に自分が突然探り当てた未開の地を表現する言葉を探す。  つぶつぶ? ぷちぷち? ざらざら?  うん、つぶつぶのぷちぷちがびっしりで、ざらざら……これだな。  これは……擬態語でしか表現できねぇ!  これ……中に入れたらどんなふうになるんだよ……。  真一は想像するだけで、強烈な快感が背筋を走る思いに蕩けそうになったが、ブンブンと頭を振って現実に帰ってくると、自分に言い聞かせる。  想像だけで気持ち良くなってどうする?  千秋真一、しっかりしろ! お前は今までいろんな壁にぶちあたってきたじゃないか?  それに比べれば、つぶつぶのぷちぷちのざらざらくらい……真一は冷静さを少しずつ取り戻しながら、ある単語を思い出し納得する。  そうだ、たしかそんな名前だったな? カズノコ天井……。  初めて中指を挿入したのだめのソコは、真一が今まで体験したことのない、まさに未知の世界だった。  指を入れた瞬間に感じた違和感。  そんなに女性経験が多いわけではないけれど、今まで自分が体験した女性の中の感触とは全く違う。  のだめの中は、粒子のようなものでその全体をびっしりと覆われているようだ。  まだ全体を探ったわけではないけれど……。  これGスポットとか普通にあるのか?  のだめの様子をうかがっても、まだ初めての刺激に戸惑っているようで、眉間を寄せて、先ほどまでは嬌声を上げるために開きっぱなしだった唇も閉じられ、何かに耐えるような表情だ。  全体が感じるってわけじゃないみたいだし(当たり前)とにかく、もう少し押し進めてみるか……。  手のひらを上に向け、真一は中指の腹に全神経を集中させる。  視線の先にはのだめの表情を捉え、様子を伺う。  第二関節まで押し進めた辺りで、真一の指先が、ほかの部分からは少し盛り上がり、ぷっくりとしたふくらみを探り当てた。  これか?  真一は、のだめの様子を伺いながら、まずはその小さな丘陵とその周囲を、行ったり来たりをゆっくりと繰り返す。  最初、のだめの様子に変化はなかったが、その緩やかな丘陵を掠めるたびに、閉じられていた唇が少し開き、はぁ……と小さな吐息を漏らし始める。  真一は指先をその小さな膨らみの中心に置くと、ゆっくりと押し込むような刺激を始めた。  徐々にのだめの様子に変化が現れる。  もぞもぞと手足を動かし、少し開かれた唇からは色づいたあっ……≠ニいう声が上がり始める。  俺、見つけたか?!  真一は喜びと同時に、もっと感じさせたい、もっと乱れさせい……と貪欲になっていく。  焦らず、のだめの様子をうかがいながら、真一は愛撫を続ける。  少し変化をつけて、円を描くようにくるくると刺激すると、のだめからは本格的な嬌声が上がりはじめた。  「あんっ、ああんっ……」  刺激を強めたわけでもないのに、のだめはどんどんと感度を高めてゆく。  気がつけば、のだめの中からはとめどなく愛液が溢れ出しており、真一が動くたび、くちゅくちゅといやらしい水音を立て、真一の指からは溢れ出した愛液が伝って、流れ出ていた。  「のだめ? 気持ちいいか?」  「あっ……いいデスっ……」  「イキそうになったら……」  教えろと言おうとしたところで、のだめの出口付近が膨張して真一の指を締め付け、のだめの口からは絶頂が近づいたことを教える啼き声が上がる。  「あっ! あつ! イクっイクっ、イキマスっ、ああんっ、真一クンっ!」  ビクンっ!  のだめは声を張り上げ真一の名前を呼ぶと、腰を跳ね上げた後、ぐったりとして動かない。  真一の中指は、のだめの中の壮絶なうねりを感じていた。  おい……。これマジで中でイったらどうなるんだよ……。 ------------------------------  のだめの中がおさまると、真一は指を静かに抜き、のだめの上に覆いかぶさっていく。  「のだめ……?」  おい……マジかよ……。  のだめは完全に意識を飛ばしていた。  そうだった、コイツは楽屋でキスしたときも……。  はぁ……結局こういうオチかよ……。  真一は、のだめの隣に身体を滑り込ませると、ごろんと仰向けになり、手足をぐったりと放り出した。 ------------------------------  先輩の指がのだめの中を探ってる。  入ってきた瞬間は初めての場所に先輩の指が触れたと思っただけで感じてしまったけど、徐々に中に侵入されるたび、感じる違和感。  セックスってこんな感じなの?  先輩に触れられているのはそこだけで、先輩もなんだか遠くに離れてしまったような、不安な気持ちになる。  でも、先輩の指がある部分を刺激し始めた瞬間、のだめの体は何かのスイッチが入ったように、腰の奥がじんじんしてきて……やめないで、もっと……って、のだめの頭の中はそのことだけ。  先輩の声が聞こえる。  気持ちいいんデス。  先輩ってすごい。  どうしてのだめの気持ちいいところがわかっちゃうんだろう?  やっぱり先輩は、魔法使いだと思いマス。  あっ、じわじわとした気持ちよさが加速度をつけて強まっていって……これはさっき、先輩に教えてもらったイクっていうことカナ?  先輩はまたイキそうになったら教えろって言ってたケド、どうやって……あ、だめ……もうなにも考えられないっ!そう思ったのを最後に、のだめの口からは自然に声が上がっていたんデス。  「あっ! あつ! イクっイクっ、イキマスっ、ああんっ、真一クンっ!」  ああ、もうだめデス……。 ------------------------------  「せんぱ、い……?」  ぐったりと横になっていると、俺を呼ぶのだめの声が聞こえてきた。  首を横に向けてみれば、意識を回復したのだめが桃色に頬を染めた顔で、俺を覗き込んでいた。  「大丈夫か?」  「……大丈夫というか……大丈夫じゃないっていうか……だって先輩……」  「なんだよ?」  「のだめ初めてなのに……二回も……」  「嫌だった?」  俺は上半身をのだめのほうに起こし、肘を立てた左手に頭をのせ、右手でのだめの髪を撫でながらたずねる。  のだめは一瞬驚いたように目を見開き、そのあと困ったように俺から目をそらすと、もじもじしながら小さな声で嫌じゃないデス……≠ニ呟いた。  「もう……今日はこのまま寝ちゃうか?」  「え?」  「なに?シャワー浴びたい?  そんな元気残ってねーだろ?」  「……えと、そうじゃなくて……」  「ん?」  のだめは俺の体に擦り寄って来て、俺の胸に頭をくっつけると、顔を伏せたままつぶやく。  「まだ先輩のこと……のだめの中に受け入れてまセン……」  俺はゆっくりと身体を起こして、のだめを仰向けにすると、上から覗き込み言う。  「……無理すんな」  のだめは俺から視線をそらさずに答える。  「だって……今日はそうするって、先輩と一つになるって決めてたんデス。  無理してるのは……先輩のほうでしょ?」  そういうと、のだめは俺を見つめたまま、まだ強度を保ったままの俺に触れた。  ビクンっ!  おい、俺! そこで反応すんなよ……。  「ほら……」  のだめがいたずらっ子のような表情で微笑む。  「お前……あとでどうなっても知らねーからな」  「ぎゃぼ……」 ------------------------------  俺たちは、もう一度シーツの上で抱き合い、キスから始める。  一度中でイったのだめは、ねっとりと舌を絡めるだけで、全身の感じる部分、すべてが感じるようで、せつなげな瞳で俺を見つめると身体をくねくねと揺らす。  言葉はないけど、早く欲しいと訴えかけてくるようで、俺はベッドサイドに置きっぱなしにしておいたパッケージをつかみ取ると、性急に歯で噛みちぎり開封し、右手でのだめの身体を辿りながら、左手で装着する。  「のだめ……いいか?」  のだめはせつなげな瞳で俺をまっすぐに見つめ、こくんと首を振った。  「めぐみ……」  「真一クン、大好き……」  甘い声で俺の名前を呼ぶのだめにたまらず、俺はのだめの濡れそぼったソコに自身を擦り合わせ、ゆっくりと慎重に侵入してゆく。  「あっ……」  のだめからは気持ちいいのか苦しいのかどちらともわからない声が上がる。  眉間は寄せられていて、きっと初めての押し広げられる苦痛もあるだろう。  のだめの中は狭いしキツイけど、俺の今の十分な固さにはちょうどいい刺激で……それに無機質な膜を通しても十分に感じるあのざらざらとした感じが……たまらない。  のだめの様子をうかがいながら更に押し進めていく。  たっぷりと溢れ出している愛液のおかげで、キツイながらも順調に侵入していくが、やはり少し押し進めた途中で行く手を遮る場所にぶちあたる。  きっとこれが処女膜だろう。  「のだめ、少し苦しいかもしれないけど、我慢しろ」  「……はい……」  のだめの細い腰を掴み、ぎゅうぎゅうと突き上げるとのだめは途端に悲鳴を上げる。  「ああっ! い、痛いっ! 痛いデスっ!」  「ごめん、もうちょっと我慢して……」  のだめのとまらない悲鳴を聞きながらも、俺は止めることができない。  こんなとき、男はやはり獣なんだと思う。  それでも、何か引きちぎるような感覚があり、のだめが一層高い悲鳴を上げながら俺の名前を叫んだと思うと、のだめの悲鳴が止んだ。  「はうう……」  のだめが肩で呼吸をしながら、息を大きく吐き出す。  「続けていいか?」  のだめが目をとじたままうなづいたのを確認して、俺はさらに押し進める。  のだめは破《は》瓜《か》の痛みが過ぎてしまえば強い痛みはないようで、眉間は寄せられているものの、唇は少し開かれてはぁ……はぁ……≠ニ規則的に呼吸を繰り返している。  俺はのだめの中から溢れ続ける愛液に導かれるように、そのすべてをやっと、のだめの中におさめた。  のだめの中は温かく、そのざらざらとした壁面が俺を強く包み込んで、ぴったりと張り付いて……この感覚は初めてだった。  もう、今すぐにでも動いて、吐き出したい欲望を抑えるのが難しいくらい、気持ちいい。  「のだめ……全部入ったから……」  「……本当に?……」  「うん……」  のだめはゆっくりと目を開けると微笑んで一言、うれしい……≠ニいって、静かに涙を流す。  「……辛いか? 痛くない?」  「……さっきは凄く痛かったケド、今は大丈夫デス……」  真一はのだめを抱きしめると、優しくキスをする。  今の自分の気持ちを言葉にするのはすごく難しくて、キスで気持ちが伝わればいいのに……と思いながら。  二十二  二度目に先輩にイかされた時……。  凄かったんデス。  先輩に指で触られてたトコだけじゃなくて、のだめの身体の気持ちがいいところの全部が繋がってるみたいにビリビリって感じて……。  だから、こうして先輩にキスされたり、身体の線を手のひらで辿られているだけでも、全身の感じるところがジンジンと疼くみたいに……。  もう怖いとか思ってる余裕はなく、気がついたら先輩の熱いものがのだめの中を押し広げるように侵入していて……。  でも突然、激しい痛みに襲われまシタ。  これがターニャが言ってたやつデスね?  はぅっ! 壊れマス! 破けちゃいマス!  やっぱり先輩のアソコって、大き過ぎるんじゃないでショウか?  でも、先輩はやっぱり素敵でシタ。  ぐいっ! て躊躇なくのだめの処女膜を突き破って、その熱いものをのだめの中にすべておさめて……。  ほわぉ……先輩ののだめを見つめる目、千秋真一史上最高に色っぽいデス。  のだめの中、気持ちいいのカナ?  もしそうだったら嬉しい。  先輩は辛い? 痛くない? って聞くけど、不思議デス。  さっきはあんなに痛かったのに、今は痛みはなくて、初めての押し広げられるような圧迫感があるだけ。  それも大好きな先輩の一部なんだと思うと、それで自分たちが繋がっているんだと思うと、すごく嬉しくて……。  先輩がまた優しくキスしてくれる。言葉はないけど、優しくてえっちで蕩けるようなキス。  大好きだよ、気持ちいいよって囁かれているようで……。  あ……先輩の手が、またのだめのおっぱいを触ってマス……。  「あっ……」  キスが解かれ、真一の顔がのだめの乳房に埋められると、唇がのだめの蕾をくわえて、舌先で転がす。  その刺激に感じて、のだめの中が真一を抱きしめる。  「はぁ……」  思わず、真一の唇から吐息がこぼれた。  ヤバイ。  動いてないのに、中にいるだけで、のだめは温かく俺を包み込んで、その壁面全体の粒子が俺を気持ち良く刺激して……。  のだめが感じると中も連動してさらに俺を抱きしめるようで……ああっ……。  俺はどんどんと高められていく。  初めてだから遠慮してたけど、中は十分に濡れてるし、感じやすいコイツならもしかして……。  乳房に顔を埋めていた真一が顔をあげ、のだめを見つめ呟く。  「……のだめ……動いてもいいか?」 ------------------------------  先輩の熱く濡れた黒い瞳は、とてもえっちで、のだめは見つめられるだけで蕩けてしまいそうなのに、そんなふうにお願いされて、断ることなんてできるわけありまセン。  それにのだめも、先輩がもっと乱れて、感じる姿を見てみたい。  先輩がのだめみたいにイクところ、見てみたいんデス。  「大丈夫デス、先輩の好きなようにしてくだサイ……」  好きなようにって……ああ、もうコイツの言葉に振り回されるな、俺!  コイツは何も考えずに言ってるに違いないんだから。  とにかく、了解は得た。  無理はさせたくないけど、俺もそろそろ限界だ。  俺はおさめたものを一度、少し引き抜くと、先ほど中指で見つけたのだめの感じるところを目がけて、ゆっくりと動かす。  俺の先端でのだめのいいところを突き上げる。  のだめの中が擦れる動きに傷つかないように、ゆっくりと。  それでも、のだめの中は俺の先端の一番感じる部分を強烈に刺激して……最高に気持ちいい。  薄めを開けて見下ろせば、俺の腰の動きに合わせて、のだめの白い裸体が妖しく揺れていて……たまらない。  のだめは徐々に俺が中にいることにも慣れてきたようで、いいところを突き上げられることに感じ始めたようだ。  紅い唇が開かれ、嬌声が上がり始める。  「あっ、ああんっ、真一クン……」  そんなふうに名前を呼ばれたら……ああ、もうだめだ。  「めぐみっ……」  俺はのだめの細い腰を掴むと、自身をぐっと奥まで突き上げる。  激しく腰を振り、のだめの中を突き上げると、壁面全体の粒子すべてが擦れて俺を激しく追い込む。  「あっ……いやっ!」  「うっ……ああっ!」  のだめの苦痛に歪む表情を見下ろしながら、俺は強烈な快感が背筋を駆けぬけ、膜の中にすべてが吐き出されるのに身をまかせた。  やっぱり男は獣だ。  自分の下で、女が辛そうに悲鳴を上げているのに、イクときの快感には抗えない。  俺だけが気持ちいい。  のだめ、ごめん……。  ぐったりと上半身をのだめの柔らかい身体に投げだし、後ろめたい思いでのだめを抱きしめた。 ------------------------------  先輩の身体が、のだめの上で揺れる。  のだめの中を、先輩の熱いものが突き上げて、入口を何度も擦りあげる。  苦しいような……でも徐々にのだめの感じる部分が先輩の熱いものに突き上げられて、感じて……。  思わず漏れた、のだめの先輩を呼ぶ声に、先輩も応えるように名前を呼んでくれたかと思ったら、先輩が弾かれたように腰の動きを早めて……。  ああっ! 先輩の熱いものがのだめの全身を貫くように激しく突き上げて、だめデスっ! 苦しいっ! いやっ! って思わず叫び声を上げたのに、先輩は止まってくれなくて……。  でも好きにしていいって言ったのはのだめデス。  それに……いつも冷静でクールな先輩が止められないほど、我を忘れて夢中になっちゃうなんて……セックスってすごい……。  先輩に激しく揺さぶられて、のだめはそんなことをぼーっとした頭で考えていまシタ。  突然、先輩が壮絶に色っぽい声を上げる。  ビクンッ!  のだめの中の先輩が激しく脈うち、びくびくっとうごめくのを感じる。  先輩の激しい腰の動きがおさまったかと思ったら、ぐったりとのだめの上に先輩の身体がのしかかってきて……。  もしかして、これが先輩のイクってことカナ?  すごい……先輩ってば獣みたいデス、はぅん。  先輩の顔を見たいけど、先輩は顔をのだめの身体に埋めたままで動かない。  あ、ぎゅって抱きしめられまシタ。 ------------------------------  「のだめ……ごめん。  でも気持ちよくて……止められなかった」  先輩が顔を上げて、恥ずかしそうにのだめのことを見つめる。  気がつけば先輩はじっとりと汗ばんで、顔も赤らんでいで、肩で息をしている。  そんな先輩を見るのって初めてだから、のだめはまたドキドキしちゃうんデス。  「……好きにしていいっていったデショ?  先輩……すごく色っぽい声、出てまシタよ?」  先輩は一瞬驚いたように目を見開いて、そのあと、すごくいやらしい顔で笑ったから、のだめはまた身体の中心がきゅんっ! となっちゃうんデス。  先輩がまた、優しくキスしてくれる。  目と目があって、また恥ずかしそうに微笑んで。  ふぅ……って息を吐き出しながら手をベッドサイドに伸ばして、しゅっしゅっ! ってティッシュを引き抜く音。  「のぞくなよ?」  先輩はそういうと、身体を起こしてのだめの中から抜け出す。  なにしてるのかな? でも見るなって言われたし……。そんなこと言われたらすごく見たくなるのに……。  もんもんとしていたら……ひゃあっ!  先輩がまた、のだめの中心を舐めてる。  だめ……そんなことしたら、また……のだめイっちゃいマス……。 ------------------------------  俺は、心地よい満足感と、後ろめたい罪悪感にさいなまれて、恐る恐るのだめを覗き込み、すごく恥ずかしかったけど、告白をする。  「のだめ……ごめん。  でも気持ちよくて……止められなかった」  それなのにアイツは……本当に小悪魔だろ。  愛しい気持ちが溢れて、また言葉にできずにキスでごまかす。  俺って……。  まぁ、人間そんな少しの時間で変われるわけないだろ?  覗くなとアイツに釘をさしてから後処理をして……。  このままだと悔しいから、濡れたアイツのここは俺が舐めてやることにする。  綺麗にしてやるつもりだったのに……。  だってアイツが……初めてのくせに感じやすいから……。  舐めて、触って、またアイツのここはとめどなく溢れる愛液でぐしょぐしょになって……。  結局、またイかせてしまったけど……俺がまた綺麗にすればいいんだろ?  のだめの真っ白で透き通る、ヴァージンスノーのような身体が、俺が触れることで桃色に染まっていく。  誰にも文句はいわせねー。  のだめはもう、俺のものだから。 -------------------------end-- Virgin Snow 番外編 ------------------------------ □Virgin Snow その後  あのノエルから、もうすぐ二ヶ月が経とうとしている。  のだめの学生生活も順調なようだ。  俺は与えられた仕事があれば、とにかく今は経験値を上げるためにがむしゃらにこなしている。  こんな生活がいつまで続くのかと、不安になるときもあるけど……。  俺とのだめの関係は……どうなんだろう?  アイツは俺から見るかぎり、今まで通り……ある一点を除いてだが……のように思う。  それに比べて俺は……気付いていなかった感情に気付かされてからは、その想いは膨らむばかりで……。 ------------------------------  ノエルから二ヶ月が経とうとしていマス。  先輩はお仕事を次々とこなして、指揮者として自信をもって突き進んでいて、立派デス。  のだめも、次から次へと出される課題に、なんとか食らいついているケド……先輩の背中を見るたびに、不安におし潰されそうになるのは、誰にも内緒デス。  先輩とのだめの関係は……あの夜から、何か変わったのカナ?  確かに二人で過ごす夜は……先輩との距離が縮まるような気がしマス。  先輩のキスも、素肌で抱き合うのも、とても気持ちがよくて安心できるし、なによりこんな無防備な先輩の姿を、こんな近くで触れて、見つめることが許されているのは、のだめだけなんだと思うと、ちょっと優越感。  でも最近思うんデス。  のだめのお休みと先輩のオフが重なると、必ず先輩の部屋に泊まる。  えと……泊まるっていうのは、すなわちえっちするってことなんデスけど……。  先輩はそれだけでいいのカナ?  のだめとどこかに出掛けたいとか、お話をしたいとか……思わないのカナって。  普通の恋人同士は、お休みの日は待ち合わせをして、映画をみたりショッピングをしたり……デートして過ごすんじゃないのカナ?  そんな事を考え始めると……馬鹿みたいに不安になるんデス。 ------------------------------  「明日……休みだよな?」  先輩が食事のあと、さりげなく尋ねる。  「はい……お休みデス」  「……風呂、先に入るか?」  えと、その質問は……、当然のことのように、のだめは泊まることになってるのでショウか?  「えと……あの……今日はのだめ、自分の部屋に帰りマス……」  「え? どうした?」  もうアレだっけ? って、先輩は全然わかってないみたい。  「あの……先輩はのだめのこと……体が目的だったんデスか?」  「はぁぁ?!」  先輩はのだめからの思いがけない言葉に驚いて、言葉も出てこない。  「……それ……どういう意味だよ?」  「だって先輩……お休みになると絶対……えっちするんデスもん……」  「……あ、ああ……」  先輩はのだめの言葉に真っ赤になって、俯いて頭をがしがしとかいて、ごめんと小さく言った。  「べつに……体だけとか……そんなわけねーだろ?  お前が嫌なら、無理にしなくたって……そういうもんじゃねーし……」  嫌なわけじゃないんだケド……なんていうか……女の子の複雑な気持ち、わかってほしいんデス。  「嫌なわけじゃないんデス……。  でも、そればっかりじゃ……なんというか……淋しいっていうか……」  はっきりしないのだめの言葉に、先輩は一生懸命考えて答えた。  「わかった。今夜はお互い自分の部屋で過ごそう。  明日はお前がしたいこと、なんでも付き合ってやるよ。それでいいか?」  「はいっ! ありがとデス!」  嬉しい!  明日は先輩とデートデス! ------------------------------  驚いた。  というより、のだめからそんなこと言われるなんて……かなりショックだ。  でも、俺は俺なりにこれでも遠慮していたというか……本当はそばにいれば抱きしめたいし、朝まで一緒に……って思う。  だけど、アイツにだって課題はたくさんあるし、翌日学校があると思えば、そういう気持ちになっていたとしても、我慢して部屋に帰していたわけで。  俺は普段、いちゃつくなんてできるタイプじゃないし、その反動なんだろうか? 夜、二人っきりの時は……と思ってしまう。  それに、夜、二人っきりの時のアイツは……なんというか、昼間、みんなと一緒にいる無邪気なだけのアイツじゃなくて、すごく可愛くって。  そんなアイツに、俺はどんどん引き込まれていってる。  そんな俺の気持ちが、逆にアイツを不安にさせていたんだなんて……ちょっと落ち込むというか……。  俺って……いろいろ過剰なんだろうか? ------------------------------  翌朝、のだめは少しおしゃれして姿を現した。  胸元には、俺がプレゼントしたルビーのネックレス。  鼻歌なんて歌ってる。  本当は昨夜、あれからいろいろと考えてしまって……かなり悶々と過ごしたのだが、こんなに嬉しそうなのだめを見たら、そんな気持ちは吹き飛んでしまった。  「ぷっ! お前、小学生の遠足みたいにはしゃいでんな?」  「はいっ! だって千秋先輩と外でデートするなんて、ひさしぶりデスもん!」  「……そ、そか……」  アイツはそんなつもりじゃないんだろうけど、なんだかそんな一言に胸が痛む。  「どこ行くんだよ?」  「えと……まずは映画が見たいデス!」  「映画?」 ------------------------------  フランスといったらシネマ、恋人たちが見るシネマといったら恋愛映画デス! と、アイツの選んだ映画のチケットを購入して、映画鑑賞を始めたが……。  すこー。  難解なフランス映画に、ものの五分ほどでのだめは寝息をたて始めた。  大体、恋愛映画なんて興味もないくせに……。  俺の肩に頭を預けて眠りこけるのだめにデコピンをくらわせ、俺は1人映画鑑賞を続けた。 ------------------------------  「おい、のだめ……映画終わったぞ?」  よだれをたらして熟睡していたのだめを起こす。  「へ? あ、あれぇ……?」  「何がデートといえば恋愛映画だよ……。  お前、開始五分で寝てたぞ?」  「ぎゃぼっ!なんで起こしてくれないんデスか……」  「そんな恥ずかしいことできるかっ!  ほら、行くぞ? 次はどうすればいいんだ?」  「のだめ、お腹すきました……」  「……」 ------------------------------  腹を減らしたのだめを連れて、カフェでランチをとる。  一体何が、いつもの俺たちと違うのか、さっぱりわからないけど……。  「このあとは?どうするんだ?」  「えと……カフェでお茶をしながら、さっき見た恋愛映画について語り合うつもりだったのデスが……」  「ぷっ! お前、語りあうネタがあんまりねーな」  「むきっ! 先輩が起こしてくれないカラ……」  「普通、映画が始まって5分で寝ないだろーが……」  「そだ……どんな映画だったのか、先輩が教えてくだサイ」  「はぁぁ? めんどくせー……」  面倒がる俺に、ちょっと寂しそうな表情をしたから……。  「しょうがねーな。今回だけだからな?」  アイツは嬉しそうに目を輝かせた。  俺もなんというか……ほんの少し罪悪感というか……すまないと思うところもあったから。 ------------------------------  「花屋の女がいて……。お客の男に恋をする。  男は週末になると必ず花を買いに来る。  女は……男に会えて嬉しいんだけど、男が誰かほかの女に花を贈るところを想像して、嫉妬に苦しんでるんだ」  「その男の人は……誰に花を贈ってるんデスか?」  「……誰にも。男も花屋の女のことが好きで、贈る相手もいないのに毎週花を買いにくるんだ」  「ほわぉ……お互いに好きなんじゃないデスか!」  「うん……でも、どっちも内気で、いろいろ想像しては舞い上がったり、落胆したりして……相手の気持ちには気付かない」  「むむん……イライラしマスね?」  「かなりな……」  「それで? どなるんデスか?」  「ある日、男はやっと決意をして、女から花を買って、それを女に贈ろうとする」  「おおっ! やっとデスね?」  「ところが、女は男のことを叶わぬ恋と諦めて、すでに店を辞めてしまっていて、逢うことができない」  「ええっ!」  「この映画、最大のがっかり¥齧ハだ」  「で? どうなるんデスか?  はっ! のだめわかりまシタ!  悲嘆にくれた男は、違う街に引っ越すんデスけど……その街のお花屋さんで彼女に再会して……。  『君のことがずっと好きだったんだよ、マリー!』『まぁっ! 私もよ、ピエール!』って感じのハッピーエンドデスね?!」  「……なんだその少女漫画みたいな展開は……。  残念ながら、映画ではがっかりして終わりだ。  要するに、さっきのシーンがこの映画最大のがっかり場面であり、最大の見せ場ってことだ」  「ええー! なんですかそれ!  ヒドイ! ひどすぎマス! 金返せってんデスよ!」  「五分しか見てねーくせに……。  大体お前、金払ってねーだろ……」 ------------------------------  「次は公園をお散歩しまショウ!」  カフェを出て、のだめが言い出した。  「おい……寒いんだけど……」  「寒いからこそ、恋人同士寄り添って歩くのがいいんじゃないデスかー!」  人もまばらなリュクサンブール庭園を、寒さに震えながら歩いた。  なにが嬉しいンだか、とりあえず、のだめは喜んでいるようだ。  「先輩、今日はのだめに付き合ってくれて、ありがとうございまシタ」  「……寒い。こんなデート、どこがいいんだよ?」  寒さに首をすくめながら、文句ばかり言う俺に、のだめは微妙な微笑みを浮かべた。  「さっきの映画の話ですケド……」  「ん?」  「のだめと先輩は……がっかり≠ェ最大の見せ場にならなくって、よかったデスね?」  のだめは、寒さに赤く染まった鼻をして、俺を見上げる。  「……まだわかんねーだろ?  俺たちの最大の見せ場が、どんなシーンになるかは」  「ぎゃぼっ! ひどい夫デス……」  「だれが夫だ……。  でも、とりあえず今日最大の見せ場を、がっかりにしなくて済む方法なら知ってるけど?」 ------------------------------  寒いだけの公園をあとにして、旨いフランス料理でも食べさせてやろうと思ったのに、のだめは意外にも早く部屋に帰りたいデス≠ニ断った。  仕方ないのでマルシェに寄って、少しいい食材を調達して、アイツのいうところの呪文料理を作ってやる。  なにがデートだよ?  結局、こうなるのかよ。  「やっぱり夫の手料理が一番デス!」  「夫じゃねえ」  まぁ、いつも本当に旨そうに食ってくれるから……料理人として、こんなに嬉しいことはないけど。  ワインを飲みながら、あっという間に綺麗になっていく皿を、満足気に見つめる。  「これが俺たちの、今日最大の見せ場か?」  のだめは十分満足してるみたいだし……。  俺は、こんな日もたまにはいいかと思ったりして、言った言葉だったのに。  ところがアイツは……。  俺にはもう、何がなんだかさっぱり……わかんねー。  「……どうでショウ?  のだめ……今日は泊まっていってもいいデスよ?」  「……へぇ……」  「先輩のやる気次第デスけど……」  「……風呂、先に入るか?」  「……お願いしマス」 ------------------------------  ぷぷっ。先輩ってば、さりげなくバスルームに準備に行くみたいなふりして、鼻歌なんて歌ってマスよ?  のだめ、なんとなくわかりまシタ。  つまんないことに、こだわってたみたいデス。  先輩が話してくれた、今日のがっかり映画じゃないデスけど……あれこれつまんないことにこだわって、本当に自分が欲しいものを欲しいって言わないと、それこそ馬鹿みたいデス。  先輩がのだめの事……当たり前みたいにしてくれるのだって、よく思えばそれは、二人の距離が縮まったってことで。  それに、今の先輩の反応を見れば……決して当たり前の事じゃなくて、その……えと……のだめとえっちするの、嬉しいみたいだし。  今日みたいに、お外でデートするのも楽しいケド……。  先輩と腕を組んで公園を歩きながら、早く部屋に帰っていちゃいちゃしたいって思ってたのは……絶対に先輩には内緒デス。 ------------------------------  「じゃあのだめ、お風呂入ってきますケド……」  「う、うん……」  「……先輩、一緒に入りマス?」  「……」  先輩は、少し間があったあと、のだめのほうを振り向くと、こくりと首を縦にふった。  「じゃあ、先に入ってマスね?」  のだめと先輩の今日最大の見せ場は……これからデス。 -------------------------end-- Virgin Snow 番外編 ------------------------------ □Virgin Snow 彼のその後  朝起きると、どんよりとした曇り空。  パリの冬は毎日、こんな調子だ。  「さむっ!」  震える身体を両手で抱えて擦りながら、ジョギングの準備をする。  アパルトマンの外に出ると、さらに冷たい空気が頬につきささった。  ぶるっ。  体を寒さに震わせながらも、振り切るように真一は走り出す。  ジョギングはいい。  その間だけは、頭をからっぽにして、ただただ走ることだけに集中できるから。  ピッチと呼吸だけを意識して、パリの街を走る。  仕事のことや、自分の将来のこと、それに……今自分を悩ませていることは一切考えない。  その時だけは頭をからっぽにして、まるで冬の空気に溶け込んだかのように自分を無にするのだ。 ------------------------------  「ただいま……」  誰も待っていない部屋に入り、誰にというわけでもなく、声に出してみる。  すっかり暖まった体を、さらに熱いシャワーで刺激すれば、血流が促進され、脳が活性化してくる気がする。  髭をそり、歯磨きをして、朝食の準備をする。  オムレツがいい匂いを漂わせたころ、隣の住人が顔を出した。  「千秋先輩っ、おはようございマス!  今朝もいい匂いデスね?」  「おはよう……ほんと動物的な臭覚だな……」  自分に向けられる(朝食にむけられる)のだめの笑顔が眩しい。  毎日のように顔を見て、一緒に過ごしている相手なのに、今日もこうやって笑顔でやってくるのだめに、最近の俺は胸が高鳴り、喜びを感じているらしい。  「先輩、今日のご予定は?」  「……特に何もない」  「そデスか。のだめはレッスン室が借りられたら、みっちりピアノ弾いてきマス!  今、すごく乗ってるところなんデスよ」  「そっか。あんまり暗くならないうちに帰れよ?」  「はーい!」  のだめは慌しく朝食を平らげると、ばたばたと飛び出していった。  「ふぅ……」  窓辺で食後の一服をしながら、アパルトマンの中庭を走って横切るのだめを見送り、真一は煙草の火を消した。 ------------------------------  俺は、しばらく仕事がない。  日課のピアノのレッスンを終えて、勉強のためにデスクに総譜を広げる。  学生たちの出払ったアパルトマンは、とても静かだ。  勉強するには好ましい状態なのに、今の俺は集中することができない。  この前のだめに、ショックなことを言われた。  先輩はのだめのこと……体が目的だったんデスか?  アイツはそもそも語彙が貧困だから、まるで俺がケダモノのような恐ろしい表現になってしまうのはそのせいだとして、あの台詞がそのままそういう疑問ではないとしても……。  それはつまり俺が……休みのたびにアイツを求めてしまっているという事実を物語っている。  そして、そのたびに俺が甘い言葉を囁いたり、ロマンチックなムードをつくって誘うこともなく、その状況に突入してしまうから……。  アイツにすれば、俺が当然の事のようにアイツを抱いているのだと不安になったのだと思う。  それはなんとなく理解できる。  なんとなくどころか……自分でもこんなに気持ちが抑えられないこととか、アイツへの愛情がどんどん増幅しているような気がすることとか……。  過去の自分の恋愛と比較して、かなり戸惑っている。 ------------------------------  とても勉強を続ける気分ではなかったので、メールチェックでもとパソコンを立ち上げた。  ぼーっとしながらメールをチェックしていると……ん?コイツからメールをもらうなんて、初めてじゃないか?  懐かしい仲間の名前、メールの内容は近々パリに行くので、時間があえば会いたいという内容で……。  日付をチェックすれば……ちょうど今、滞在中のようだ。  今までの俺なら、自分から積極的に連絡をとったりする相手ではないが……。  今の俺には、まさに救世主のように感じられた。  「もしもし? 千秋ですけど……」  気がつけば、携帯に手をのばし、発信ボタンを押す自分がいた。 ------------------------------  「やあ! 千秋くん、久しぶりー!」  待ち合わせのカフェで、約1年ぶりの再会をする。  「……相変わらずだな?」  待ち合わせの相手は、真一を待つわずかな時間も無駄にせず、趣味にせっせと精を出していた。  男は、声を掛けていた女性にメモを渡すと、なにやらジェスチャーをして話を終わらせ、やっと真一に向き合う。  「あははは! だってさー、やっぱりパリジェンヌは可愛い子が多いよ?  千秋くんが羨ましいなぁー! どう? パリの女の子は?」  「菊地……一体なにしにパリまで来たんだよ?」  「うーん……なんというかボストンも滞在が一年近く経つとなかなか住みづらくてね。  ちょっとした緊急措置というか避難的な休暇?」  久しぶりにあった菊地は……相変わらずのようだった。 ------------------------------  「避難って……やっぱり女関係か?」  「あははは! 千秋くんはやっぱりきびちーなぁ。  まぁその通りなんだけどさ、こればっかりはね、僕の唯一の趣味で特技だから」  「菊地は……いつも複数の女性と付き合ってるけど……。  やっぱり、一人にどっぷりのめりこんで、夢中になるなんてことはないのか?」  いつものように穏やかな微笑を浮かべて、カフェからパリの通りを眺めていた菊地は、真一の言葉に驚いたように、振り返る。  「千秋くんが恋愛の話を自分からするなんてめずらしいね?  あ、もしかして好きな子でもできたの?」  眼鏡の奥の瞳が、面白そうに輝く。  「えっ!……うん、まぁ……三ヶ月くらい前から付き合ってる女性がいる……」  「へぇー! やっぱりパリジェンヌ? 千秋くんのことだから、知的美人系かな?」  「いやっ……なんていうか……大学の時の後輩で……。  全然、そういうタイプじゃないことは確かだけど……」  「へぇぇ……桃ヶ丘の子かぁ……。  僕、大体チェックは済んでるつもりだったんだけど……どんな女の子?」  「いやっ! 別に今日はのだめの話をしに来たわけじゃなくて……(ぽろりっ)」  「ああ! のだめちゃんかぁー!  黒木君が一時期惚れてた子だね?」  「……知ってるんだ?」  「当たり前だろ? 僕の趣味を甘く見ないでよ。  可愛い子はチェック済みだよ?」  「……あ、アイツ……可愛いか?」  「可愛いじゃないかー!  童顔でさ、ちょっと子供っぽいけど、胸なんかDカップはあるだろ?  ああいうタイプはさぁー、男次第でかなり磨きがかかるタイプだよ?  そっかぁー! 千秋くんに持ってかれたかぁー!(悔)」  「……お、おい……」  「大丈夫だって! 僕は鬼畜かもしれないけど、友達の彼女にまで手を出すほどじゃないから、安心してよ」  菊地はいつものように、いかにも紳士然とした穏やかな微笑を浮かべる。  この笑顔に、いったい何人の女性が騙されたのだろう?  真一はそんな考えを浮かべながら菊地の微笑をみつめ、微妙な微笑みを返した。 ------------------------------  「それで? 千秋くん、のだめちゃんにどっぷり夢中になっちゃって、悩んじゃってるとか?」  「えっ!……」  菊地は、真一のめずらしく戸惑う様子にくすっと微笑むと、カフェをすすりながら話し出す。  「さっきの千秋くんの質問だけど……。  例えば、お寿司屋さんに行くじゃない?  美味しそうなネタがいろいろ揃ってるんだ。  僕は、そのいろいろなネタを美味しく味わってみたいタイプなんだよ。  好きなネタだけ、ずっと食べ続けるわけじゃなくてね」  「なるほど……(まったく意味がわからねぇ!)」  「でも……もしも滅多に出会えないような幻のネタみたいなものに出会えたとしたら……。  しばらくは夢中になって、そればっかり注文しちゃうかもしれないね」  「幻のネタ……」  「それからさ……僕は悪いけど、のだめちゃんには食指が動かない」  「……」  「のだめちゃんって、ヴァージンだったろ?  僕はさ、美味しいところだけ味わいたいんだよ。  千秋くんってたしか……料理するの好きだったよね?  千秋くんみたいなタイプは、素材を手に入れて、それに下ごしらえして、調理して味わって……そういう一から作り上げる醍醐味というか、喜びみたいなものを知ってるタイプだと思うな。  僕はさ、そういう面倒なのは苦手で……だからヴァージンの子はどんなに魅力的でも避けて通るね。  千秋くんはそういう意味でも、のだめちゃんにどっぷりはまちゃう要素、十分だと思うな」 ------------------------------  菊地に誘われるまま、真一はカフェからブラスリーに移動する。  なんとなく、今の自分を救ってくれるのは、この男しかいないような気がしたから。  程よくアルコールも入って、真一もやっと照れずに自分の聞きたいことを、素直に菊地に対して言葉にするようになっていた。  「俺はさ……今まで付き合った女性には、そんなにがっつくことはなかったんだよ。  別に性欲が少ないってことじゃないと思うんだけど……。  相手がそれを求めている場面とか、この場面はセックスするべきだと感じたときだけ、いくというか……」  「うわっ! 千秋くん、それヒドイよー!  僕が千秋くんの彼女だったら、さっさと見切りをつけるよ?」  「うん……まぁだから……気付けば振られていたというか……。  むしろ、振られていたことにも気付いていなかったというか。  とにかく、思考が女性でいっぱいになるとか、やりたくってしょーがないとか、そういうことは俺には縁のないことだと思っていたから……」  「へぇぇ……千秋くん、のだめちゃんとやりたくってしょーがないんだ?」  「……うん。かなり不本意なんだけど……」  ビールジョッキを片手に、菊地が弾かれたように笑い出す。  「あはははっ! サイコーだよ、千秋くん!  僕は千秋くんが羨ましいよ?」  「え?」  「千秋くんってすごいな……。師匠って呼んでもいい?」  「はぁぁ?!」 ------------------------------  「よくさ、男と女の体の相性が、いいとか悪いとかいうじゃない?  でもさ、そんなの幻想だよ。  僕は女の子がひらめだって、中落ちだって、あなごだって、女の子が完璧だと思うセックスをする自信があるよ」  「へぇぇ……(ここが日本語が通じないフランスでよかった)」  「千秋くんの悩みってきっと……。  自分があまりにのだめちゃんに夢中になっちゃってるから、運命の女性なんじゃないかとか、もう離れられないんじゃないかとか、そんなふうに大げさに考えちゃって、悩んじゃってるんじゃないかと思うんだけど……。  違うかな?」  「……いや……そうやって言葉にされると、すごいプレッシャーがかかるんだけど……」  「よく人は、ベターハーフだとか運命の人だとか言うけど……。  確かに僕はそういう相手に出会ってないだけかもしれないけど……。  でもさ、要はどれだけ相手を愛していて、大切に思っているかっていうことだと思うな。  男女の体で相性とか……くだらない言い訳だと思うよ。  僕はたしかに、いろんな女の子を美味しくいただきたいと思っているずるい男かもしれないけど……。  一人一人の女の子に対して、その瞬間の愛情はその子のためだけにすべて注ぎ込むよ?」 ------------------------------  「つまりその……この今の俺の、今までになかったような感情の正体というのは……」  真一は、すっかりアルコールで朦朧とした意識の中で、すがるように菊地に問いただす。  「はぁ? 千秋くん、この後に及んでまだわかんないの?  音楽については優秀かもしれないけど、恋愛についてはまだまだだよね?」  「おっしゃる通りで……。  菊地先生、ぜひご教示のほど……」  「だ・か・らさっ! 千秋くんにとって、のだめちゃんはそれだけ魅力的で、大好きで、愛してるってことだろ?  そして、千秋くんにそこまで想わせるのだめちゃんも、千秋くんに対してそれだけの愛情を持っているんだと思うな。  まぁ、そこまで想いあえるってことは……ある意味、千秋くんにとってのだめちゃんは、ファム・ファタールっていうことかもしれないね?」  「……」 ------------------------------  真一は、なんだかすっきりしたような、しないような複雑な心境ではあったが、とにかくもう女関係の話は十分という気持ちになるまで、熱心に菊地先生のうんちくに最後まで耳をかたむけた。  つくづく勉強熱心な男である(笑)  「千秋くん……」  菊地は帰り際に真一を呼び止めると、真剣な表情で切り出した。  「さっき、僕はのだめちゃんには食指が動かないって言ったけど……。  それはヴァージンのときののだめちゃんに対してだから(きっぱり)  今となっては、もし千秋くんとのだめちゃんが別れるようなことがあったら、僕は遠慮しないよ?  むしろ、この千秋くんをそこまで夢中にさせるのだめちゃんに、俄然興味が湧いてきたし……。  じゃあ、いろいろ頑張ってね?」  「……うん……」  菊地は、背筋がぞくっとするような、なんともいえない微笑をなげかけ、パリの街中に消えていった。  真一は無性に焦りを感じて、携帯の発信ボタンを押す。  「もしもし、のだめ? 俺だけど……」 ------------------------------  千秋先輩が、べろんべろんに酔っ払って、のだめの部屋にやってきたのは夜中の二時近く。  「ぎゃぼっ……先輩、お酒くさいデスよ……」  「おう? すげー飲んだからな……」  「自分のお部屋に帰って、寝たほうがいいデスよ?」  「……のだめが一緒じゃなきゃ寝ない……」  「ええっ?! どしたんデスか?」  「……どーもしない……。  悪いか?」  「わ、悪くないデスけど……。  先輩、今日はこのまま、のだめの部屋で寝ます?」  「うん……寝る……」  先輩は、そう返事をすると、大きい子供みたいに、のだめの胸にもたれかかったまま眠ってしまいまシタ。  のだめ……最近、思うんデスけど……。  先輩ってもしかして……のだめのこと、すごく好きなんじゃないデスかね? -------------------------end-- □Virgin Snow □香水(ひょんそい) □2011.2.13 □芒果布甸/Mango pudding □http://hongsoi.hannnari.com/ □kyari.sky★orange.zero.jp(★→@に変換) ※このファイルは、のだめファンによる二次創作小説サイト、芒果布甸/Mango puddingにて公開している小説をまとめたものです。 二次創作小説にご理解のある方に個人で楽しんでいただくためのものです。従って、無断で複製、配信、公開、改変等をすること、および第三者への頒布はされないようお願いします。