□照れ屋な恋人  のだめは今、とっても怒ってるんデス。  真一くんが照れ屋さんだってこと、妻ですからよくわかってるつもりデス。でも、なにも今ここでそんなこと言うなんて…。  ムキッ! どうしても許せないんデス。  「のだめ…、ミネラルウォーター飲むか?」  「……」  さっきから、真一くんはのだめのご機嫌をとろうと、いろいろと試してくるんデスが、そんなことには騙されないんですヨ。無視デス、無視。  あ、真一くんタメイキついた…。 ------------------------------  恋人になって、二人の関係が深くなるにつれて分かったこと。  真一くんは意外と短気であまえんぼうで、のだめに対して腹を立てると、ストレートに言ってくるし、ガンガン自分の気持ちをのだめにぶつけてくる。  顔を真っ赤にして、大声で怒鳴っている真一くんはカミナリおやじみたいで、あの世間ではクールな黒王子と言われている真一くんとは別人って思うと、実はのだめ、怒られてるのにカワイイって思っちゃうんデス。ゲハ。  それに対してのだめは、怒りという感情を表に出すのが苦手なんデス。  決して真一くんに言葉でぶつけたりしないし、小さな怒りであれば、そのまま真一くんに気付かれずに終わってしまう。  のだめは内側に不満を溜めたままだから、それがどんどん積み重なっていくみたいなんデス。  そして、今回みたいにどうしても許せないって我慢できないときは、真一くんの存在自体をなかったことにして、その場にはのだめしかいないみたいに振舞う。  シカトってやつですヨ。お仕置きデス! ------------------------------  のだめがフクレた。なにも、今このときにフクレることねーだろ。  付き合いだしてからわかったこと。  コイツは、普段は感情をどんどん表に出すくせに、俺に対して腹を立てた時だけは、できるだけ表に出さないようにする。  最初は、俺に対して腹を立ててることにすら気付かず、機嫌が悪いのかくらいに思っていた。  そのうち、こんなふうにのだめが俺を無視してフクレた状態に入ったとき、あ、俺に対して腹を立ててるんだなということがわかって。  自分が悪いと思えば、のだめをなだめるように言葉をかけたりもしたが、それでも完全シカト状態が三日も四日も続くと、俺はそれこそ逆ギレし、怒鳴り散らしたりもした。  でも、それが無駄なことだとわかって、しばらく放っておけば何事もなかったかのように戻るアイツに気付いてから、フクレのだめには、『近寄らず、触らず、空気のように接する』という対処法で乗り切ってきた。  だからって……、なぁ? 今の状況わかってんのか?  このままじゃ、どう考えたってまずいだろ? ------------------------------  「なぁ、お前どう思う?」  真一くんがぽつりと呟いた。むきっ! 無視デスヨ、無視。  「なにもなぁ、こんなときに『フクレのだめ』になることないと思わねぇ?」  むきっ! なんでショウ、その言い草。  『フクレのだめ』ってなんデスか? 勝手に呼び名なんてつくらないでくだサイ。  そもそも悪いのは真一くんデスヨ!  「……俺だって、やっちゃったってわかってるんだけどさ。  謝りたくったって謝れねーし。  ……なぁ、お前ならどうする?」  むむ。なんだか真一くんの様子が変デス。  お前ならどうするって……、のだめは怒ってる当事者なんですケド。  その質問の仕方おかしくないデスカ?  本当は今はこの部屋にはのだめしかいないんデスヨ?  真一くんなんてこの世に存在しない設定なんですカラ。  だけど、ちょっとだけ気になってしょうがないので、ひとまずこの設定をタイム! って解除して、真一くんの様子を見てみましょうカネ?  でもでもっ、真一くんには気付かれちゃだめデスヨ。  慎重にミッションを遂行シマス! ------------------------------  「ぶはっっ!」  フクレのだめがふきだした。  それはまるで、天岩戸に引きこもっていたアマテラスが顔を出し、真暗になっていた世界にもう一度、光が降り注いだように。  「真一くんでばっっ! むひっ、ひひひっ!」  「……そんなに笑うな……」  俺はほっとしたのと同時に、この状況に激しく羞恥を感じ、顔がカァっと熱くなってくるのを感じた。  「ぷぷぷ……、だって、真一くんがっ……ぎゃはぁ!  そんなラブリーなものに話しかけるなんて、西から昇ったおひさまが東に沈みマスヨ!」  「……俺はバカボンか……」  そう、俺は生まれて初めて、このような恥ずかしい行為に及んだ。  だって、仕方ないだろ?  二人きりのこの小さな部屋には、テーブルセットと、大きな姿見と、ちょっとしたチェストが置かれているだけで、この危機的状況を救ってくれるようなものは見当たらなかったから。  ふと目にとまった、チェストの上に置かれた一対のテディベアの、俺と同性と思われるヤツに救いを求めるように、つい手にとってしまった。  「はぁ……」  タメイキをつき、ソイツを眺めるも上手い方法が見つかるわけではなく。  気付いたときには、ぽろっとこぼれた言葉をソイツに向かって話しかけている自分がいた。 ------------------------------  いつもと様子が違う真一くんがつい気になってしまって、真一くん曰く『フクレのだめ』状態のルールを破って、真一くんを見てしまった。  大きな身体を、あまり大きくはないチェアーに窮屈そうにおさめ、背中を丸めてがっくりと頭をうなだれて。  真一くんの両手にはテディベアがちょこんと乗せられて、真っ赤な顔をした真一くんに話しかけられて、居心地が悪そうデス……、ぷぷぷ。  思わず噴出しちゃいましたヨ。のだめの負けデスね?  この部屋のチェストに飾ってあった、一対のテディべア。私たちと同じように純白の衣装を身につけている。  そろそろ許してあげまショウかね? ------------------------------  きっとアイツは、俺が照れ屋で恥ずかしがるだろうと、二人っきりでいいなんて気を使ってくれたんだと思う。  それでも、  『二人っきりでもいいから、ちゃんと神様の前で誓いたいデス。  駄目デスか?』  なんて、いつも以上にかわいい顔で、上目遣いで俺を見上げて。  俺のシャツの袖口をちょんとつまんで、首をかしげてねだられたら、俺が断れねーこと、絶対コイツわかってやってンだろ?  最後まで白の衣装を身につけることについては、絶対に嫌だと拒み続けたけれど、上目遣いの瞳をうるうるさせやがって。口をへの字にまげて、まるで今にも泣き出しそうなのを耐えてるみたいな。  ヤメテクレ。  「あーーー! わかったから! 着ればいいンだろ、着れば!  白だろーと赤だろーと、好きなの持って来いよ! なんでも着てやるよ!(千秋真一、墓穴を掘る)」  のだめは俺の言葉に、あっという間に笑顔になった。  それだけで幸せなんてモノを感じてしまう俺は、完全に負かされていると思う、コイツに。  もうそれだけで、いいじゃないかと思ってしまったんだ、あの時は。  ……あのとき、どうしてアイツの言いなりになったりしたんだ? 俺。  実際にその白いものを目の前にすると、その破壊力に猛烈に後悔が襲う。  「はぁぁ……」  今俺たちは、控え室を中央にはさんで左右につくられた、着替えるためのスペースにそれぞれ一人ずつ入っている。  アイツも部屋の反対側で一人、準備を整えているはずだ。  いまさら逃げるわけにもいかねーし…。  なかばやけくそで白いものを身につけると、ざっと姿見でチェックをして、タメイキをまた一つ、中央の控え室に戻った。 ------------------------------  ヨーコも、辰男も、よっくんだって、二人っきりでと伝えたとたん、電話の向こうでぎゃーぎゃーと騒ぎ出した。  地元に戻って、親族やお世話になった人、友人たちにもお披露目をして、それくらいの蓄えはあるって、辰男が怒鳴ってる。  ゴメンナサイ。のだめ、親不孝な娘デスね。  のだめの選んだ人は、とっても照れ屋さんで、でも、そんな彼が大好きで。  だから、最後のわがままにしますからって、なんとか許してもらって。  一ヵ月後に届いたヨーコからの荷物はいつもの倍以上の超特大で、それはそれは夢のようにうつくしい白の衣装。  はぅん、のだめ、これを身につけた真一くんを想像して、思わずはぁはぁしてしまいマシタ。ゲハ。  真一くんが着てくれるカナ? ってとっても不安でしたけど、ヨーコからの精一杯の気持ちですから、こればっかりは譲れマセン。のだめ、真一くんをオトすため、いつも以上にガンバリマシタ!  のだめもターニャから特訓されたメイク(最低限のアッサリ、シンプルメイクで! と真一くんからしっかり指定されましたケド)で、髪も簡単にまとめられる方法をマスターして、この日を迎えたんデス。    ステキな真一くんの横に立っても恥ずかしくないように、慎重に衣装を身につけていき、最後にヘッドドレスを髪に乗せる。  はぅぅ…、とっても心配デス。  ブーケを手に取り、姿見で最終チェックをして、真一くんが待っているだろう部屋に戻りマシタ。 ------------------------------  ドキドキしながら、ノブに手をかけて、そーっとドアをあけた。  「…しんいち、くん?」  ……がぼん。真一くんがいまセン。  「はぅっっ!」  ま、まさか、衣装が嫌で逃げ出しちゃったとか?  ど、ど、どーしまショウ?  部屋の窓に駆け寄り、窓から外を覗き込む。  真一くん、お願いだから逃げないでくだサイ。 ------------------------------  控え室に戻ったものの、俺は生まれて初めて身につけた白い衣装に、最上級の居心地の悪さを感じていた。  のだめが準備をしているだろう、となりの部屋はとても静かで、それでもときどき、かすかに衣擦れの音がして、そのたびに俺の心臓が跳ねる。  このときばかりは、指揮者の条件である聴覚のよさを恨んだりした。  「お、落ち着かねー……」  なかなか出てこないのだめに痺れを切らし、隣で準備をしているだろうのだめを想像しては、ありえないほどに膨らむ期待感に押しつぶされそうで、俺は着替える前に身につけていたジャケットの胸ポケットからタバコを探り出すと、部屋の外に出た。  屋外に出て、タバコを一服。  「はぁぁー……」  いまさら、ふたりっきりでいいと言ってくれたのだめに感謝する。  こんなところ、身内とか、峰たちとか見られると思ったら、羞恥に絶えられねーだろ、俺。  一生のうち、こんな思いをするのは今日だけだと考え、一服したら気持ちも落ち着いてきた。  郊外に建つこの建物は、緑に囲まれてとても静かだ。  それでも六月の強い日差しにそろそろ耐えられなくなって、屋内へと戻った。 ------------------------------  ……不意打ちだった。  おかしいだろ? こんなの。コイツとかれこれ、何年いるんだよ、俺。  控え室のドアを開けると、目に飛び込んできたのは、薄暗い室内に光を差し込む窓を背負って、振り返ったのだめ。  ドアの音に驚いたのだろう、顔には驚きと、不安が一瞬よぎったかと思ったら俺の姿を見て、はじけるような笑顔を咲かせたアイツ。  真っ白なドレスに身を包み、うっすらとメイクした顔にはベールがかけられていて、うすく霞がかかっている。  その姿に、背後の窓から光が降り注ぎ、まるで後光が差しているようで。  ……反則だろ。  思わず、『綺麗だ』と、言葉がこぼれそうになったのを、理性を総動員してぐっと飲み込もうとした。  でも、無意識に開いた口は閉じることができず、気管から吐き出した息が漏れる。  「きぃぅっ……、」  のだめ以上に意味不明な奇声を発してしまい、羞恥に顔が熱くなる。  なんとか意味のある言葉をかけなければと焦って吐いた言葉だった。  「ゆ、雪見だいふく……みたいだな」  そう言った瞬間、のだめの顔がくにゃっと歪み、俺は『あ…、やっちまった』と後悔したけれど、一度吐き出した言葉は、元に戻すことができない。  「のだっ……」  ぷいっ!  のだめは窓に向かって身体を回転させ、俺に背を向けた。   振り返り際、ちらっと見えたのだめの頬は、いつもよりも膨れていて。    そして俺のアマテラスは天岩戸に隠れ、世界はこの瞬間真っ暗闇になったことを、俺は受け容れるしかなかった。 ------------------------------  のだめだって、本気で怒ったわけじゃないんデスヨ?  真一くんが部屋に入ってきた瞬間、その顔に浮かんだ表情がどんな感情を表すものなのかくらい、妻ですからわかってるってんデスよ!  でも、のだめだって不安だったんデス。部屋には真一くんいないし、一人ぼっちで支度したから、ちゃんとできてるか心配だったし。  真一くんが戻ってきてくれて、逃げられたんじゃないって安心して。  いつもステキな真一くんだけど、やっぱり純白の衣装は最強に破壊力バツグンで…。  はぅん……って負けちゃいそうだったけど、それ以上にのだめに驚いた真一くんの表情を見て、今日くらい素直に気持ちを伝えてもらえるかもしれないって、ちょっと期待しちゃったんデス。  それを言うに事欠いて、なんデスか? 雪見だいふくとは!  そんな素直じゃない真一くんに、ちょっとお仕置きしようと思っただけだったんですケド……。  のだめに思いっきり笑われて、顔を真っ赤にした真一くん。  こんなにかわいい真一くんを見せられたら、のだめ、降参するしかないじゃないデスか。 ------------------------------  のだめは黙って真一の手からテディベアを奪い取る。  「あっ……」  奪い取ったテディベアを見つめると、キスを一つ。  そして、テディベアに向かって話しかけた。  「あの…、どう思いマスか?  自分の花嫁に向かって、『雪見だいふくみたいだな』という第一声を投げかける花婿を。」  「うっ……」  のだめは、チェストに取り残されていた、花嫁のテディベアも手に取ると一緒に抱え、続けて話しかける。  「テディベアの花嫁さんも、どう思いマスか?  のだめ、このまま結婚してもいいのでショウか?」  「オイ……」  「どう思いマスカ?」  のだめは、テディベアを抱えたまま、真一にむかって顔をあげ、瞳をしっかりと見つめる。  ふくれっつらは元にもどり、微笑をうかべた頬はうす桃色に染まって。  その大きく透明感のある瞳には、いたずらっ子のような光が戻ってきている。  ああ、俺は許されたのか?  真一は、静かにのだめに近づきテディベアの花婿を取り返すと、手に持ったテディベアを自分の顔の前に持ち、その真っ赤な顔を隠して言った。  「すごく綺麗です……。  どうか俺と結婚してください、のだめさん」 --------- End ---- 照れ屋な恋人 番外編 ------------------------------ □ふくれるキミに、振り回されるオレ  結婚して半年以上たっても、アイツは以前のままで、あいかわらず怒ってふくれると口をきいてくれない。  だから、俺の対処法も以前と変わらず。  何を言ってもシカトするヤツに話し掛けたって、むなしいだけだからな。  だから普段であれば、のだめを刺激しないように、家の中では小さくなって、まるで嵐の過ぎ去るのを待つように、なにもせずに時が解決してくれるのをじっとして待つだけ。  でもな……よりによって明日は……まぁいいんだけど……なんとなく……今日のうちに仲直りしておきたいような……。 ------------------------------  真一クンとのだめが結婚して、かれこれ半年が過ぎまシタ。  二人は今も変わらず、らぶらぶデスよ?  結婚してから初めて迎えるバレンタインデー。  のだめは気合いを入れて、手作りチョコに初挑戦デス!  都合よく、真一クンはマルレの練習で不在。夫のいぬ間にキッチンに侵入して、愛のクッキングデス! ------------------------------  「ぎゃぼーーーーーっ!」  手作りチョコなんて、板チョコを溶かして、型に入れて、デコレーションして……ちょろいもんだと高をくくっていたのデスが……。  のだめはどうしてこうも不器用なんでショウか?  ピアノだって上手に弾けるし、髪の毛だって自分でカットしちゃうし、洋裁が得意なヨーコの血を受け継いで、手先は器用なはずなのに……。  「熱っっ!」  溶かしたチョコレートを、型に流し込もうと鍋を持ち上げた瞬間、持ち手の熱さに思わず手を放してしまった。  鍋は不安定に落下、着地に失敗。  溶かしチョコレートの入った鍋は傾いたまま、重力にしたがって床に向かう。  視界の中、まるで時が止まったかのようなスローモーション。  その刹那、慌てて鍋に飛びつこうと踏ん張った右足が、斜め後ろにあるスツールの足に引っ掛かる。  よろける身体、支えようとして延ばした手が、傾いていた鍋を叩きつける。  なんとか床に落下する前に鍋を掴もうとした手は空をきり、そのままキッチンの作業台に並べられたボールやへら、型などをすっ飛ばし、のだめの体はそのまま床にたたき付けられた。  「ぎゃぼーーーーーっ!」  遅れて落下してきたチョコレート入りの鍋、ボール類が頭上からふりかかる。慌てて両手で頭を隠したケド……。  ガラガラがっしゃーんっ!  身体にかかるチョコレートの熱さにのたうちまわり、気づけばキッチンの床も、のだめの体もチョコレートだらけで……。  はうーーーっ!(号泣)  「……何事だ?……」  ショックのあまり、身動きできずに床に寝そべったまま、固まっていたのだめの上から、不機嫌な声がふりかかってくる。  真一クン、帰ってくるタイミング、悪すぎデス……。 ------------------------------  マルレのリハーサルは最悪。  今回、新しいプログラムに挑戦することになったのだが、一部の団員の極度の練習不足により、奏でられる演奏はバラバラになったパズル絵のようで。  就任した直後のような演奏。  デジャブか?  コンマスの眉間にも、俺の眉間にも、深く刻まれるシワ。  ところが、まともな演奏もできねーくせに、大多数の団員がそわそわと時計を気にして、心ここにあらず。  あまりに纏まりのない演奏に、俺は団員を責めるだけではなく、自分の力不足も思い知らされ……かなり落ち込む。  これから繰り返されるであろう団員との先の長い攻防を思い浮かべ、怒鳴り散らす気力も起きず、予定時間を残して早々に切り上げると、コンマスの声にも振り返らずに練習場を後にした。  鬱々と帰宅すれば、俺の城であるキッチンから、恐ろしい叫び声と破壊行為でも行われているかのような大騒音がする。  慌てて駆けつけてキッチンを覗き込むと……俺がつねに清潔に美しく手入れしているキッチンが、侵入者により見るも無惨な状況になっていて……。  ムッカァーーーッ!  ったくっ! どいつもこいつもっっ!  俺をバカにしてんのか?  床いっぱいに散らかされたキッチンツール。  なにか黒っぽい液体のようなものがあちこちに飛び散っていて、スツールと一緒に床に横倒しになっている侵入者は、黒い液体にまみれて汚れている。  甘い匂いがする……ん? これはチョコレート?  「……これはどんな嫌がらせだ?」  押さえきれない不機嫌な口調で、真一は侵入者を尋問する。  「あは……し、真一クン、お早いお帰りで……」  「……あまりに演奏が酷かったから、今日は練習は諦めて帰ってきた……」  「ぎゃぼ……とゆことは、ご機嫌はあまり……」  「かなり悪い……」  「い、いますぐ片付けマスから、今日はひさしぶりに外食デモ……」  「……散らかしたヤツが片付けんのは当たり前だろ?  それに……食欲とか全然ない。悪いけど今日は適当に食べてくれ。  俺はもう寝る……」  「え、そんな……だって今日……」  「はぁ……料理の腕をあげてくれとは言わねーから、せめて俺の城を荒らしてくれるな、頼む……」  「……」 ------------------------------  俺はのだめの顔も見ずに、寝室に向かってしまった。  さっとシャワーを浴びると、そのままベッドに潜り込み、何も考えたくない一心で思考をシャットアウトし、ふて寝を決め込んだ。  翌朝、目を覚ますと、ベッドの隣にのだめの姿はなく、リビングに向かうとダイニングテーブルにはピンクのリボンが掛けられた真っ赤なボックス。  プレゼント? 俺、なにか祝われることあったか?  しかも、このうっとうしいくらいに甘甘な色合いはなんだ?  ……(ぽくっぽくっぽくっ……ちーんっ!)  はっっ!  昨日はもしかして……ば、バレンタインっっ?!  新しいプログラムの勉強に夢中になっていて……そんな世の中のイベントになんて、気付きもしなかった。  あ……それでマルレのやつらも、昨日は上の空でそわそわしてたのか……。  もちろんプロなんだから、そんなこと、ひどい演奏の理由にはならないけど……。  リボンを解き、ボックスを開けてみる。  中には、不恰好なハート型の手作りチョコレート。  「……」  白のチョコペンでへたくそな字で書かれているのは……。  大キライ≠フ文字。  はぁ……。またやっちまった。泣けてくる。  「のだめ? おい、いないのか?」  家の中を探してみたが、のだめの姿は見当たらず。  「はぁ……」  自分のついたため息が、しんとした部屋に響いて。  「どうしたもんかな……」  とりあえず、寝すぎてボケボケの頭をすっきりさせようと、バスルームに向かった。 ------------------------------  罪滅ぼし……ってわけじゃないけど。  ひさしぶりに気合を入れて呪文料理を作る。  料理のための買い物に出かけて……通りかかった花屋で、すごく小さいけど、ブーケまで買ってしまった。  現在、時刻は二十一時半。  はぁ……メシは食わないつもりだな?  行き先はターニャのところか、はたまたニナ邸か?  ま、まさかっ、リュカとかいうヤツのところじゃねーだろうな?  出るはずはないと思いつつ、携帯に連絡してみるが、留守電に繋がるだけ。  NODAME, SHINPAI SHITERU.   IMA DOKONI IRU?  ピッ!  がちゃ。  メールを送信した直後、玄関のドアが開いた。  かっこ悪いけど、俺はおもわず玄関に駆けつける。  「の、のだめさん? おかえりなさい?」  ぷいっ!  のだめは、ゾクゾクするほど怒りに満ちた瞳で俺をひと睨みすると、ほっぺたを膨らませ、ご丁寧に、俺がたっているのと反対側に顔をそらし、視界に入らないようにして廊下を進む。  「あ、あの……昨日はごめん?」  意味がない事だとわかっちゃいるけど、俺を無視して進む背中に、お詫びの言葉を投げかける。  ズカズカズカッ! がちゃっ、ばたんっ! がちゃりっ!  のだめは大きな音を立てながら、親父専用のピアノが置かれたゲストルームに入り、内側から鍵をかけた。  「はぁぁ……」  どがーんっ!  「ひぃぃっっ!」  のだめの篭った部屋から響いてくる曲は、ショパン「革命のエチュード」  渾身の、怒りのメロディ。  出だしのfをfffで……(怒りの強弱は最強ってことだな……)  でも、すごい……。  怒りに我を忘れ、情熱的にピアノに身をゆだねて。  真一は、自分が置かれている立場など忘れ、のだめのピアノに背筋がゾクゾクするような快感を感じ、廊下に立ち尽くしていた。 ------------------------------  バレンタインから二日。  昨日のあのピアノの様子じゃ……のだめの怒りが収まるのは最低でも五日間くらいはかかりそうだ。  無駄だとわかりつつ、朝食を作るとゲストルームに向かい声を掛ける。  「の、のだめさん? 朝食ができましたけど……」  ……。  はぁぁ……。やっぱだめか。  諦めてリビングに戻り、ダイニングで一人寂しく朝食を食べていると……。  がちゃり。  ドアの開く音がして、目の下にくまをつくったのだめがリビングへ入ってきて、俺の向かい側に無言で腰かけた。  「お、おはよう……カフェオレでいいか?」  こくん。  俺の問いかけに首を縦にふったのだめ。  「い、今入れるから……」  俺は、のだめが反応してくれたことだけで、すごく嬉しくて。  カフェオレを速攻で入れて、のだめの前に置いた。  「どうぞ?」  ちらっ。  のだめは、俺を虫けらでも見るように、侮蔑の視線を投げかけると、黙々と朝食を食べ始める。  千秋真一……いま怒ったらだめだ。元も子もないぞ?  耐えるんだ……そもそも俺が悪いんだから……。  黙々と食事をするのだめに向かい、俺は二日前の自分の状況や、バレンタインに気付いてなかったことなど、散々言い訳をして、あの日ののだめに対する俺の態度を心から詫び、許しを請う。  しかし、予想通り、まったく無反応なのだめ。  俺はお手上げ状態で、大きくため息をつき、頬杖をついてのだめから視線をはずすと、所在なくリビングを見渡した。  その時、あるものが目に入る。  俺は椅子から腰をあげると、それに近づき、すがるような思いで手にすると、のだめの元に戻った。 ------------------------------  「の、のだめさん、一体どうしたのかな?」  「のだめさんは、怒っているのよ」  「ど、どうして?」  「真一クンがひどいことをしたからよ」  「へぇ……それはいけないね。真一クンは謝ったの?」  「謝ったけど……あんなもんじゃ、のだめさんの機嫌は直らないわよ」  「そっかぁ、困ったね? 真一クンはどうしたらいいのかな?」  「そうねぇ……そうだ! のだめさんに聞いてみましょう!」  「うん! それがいいね! のだめさんに聞いてみよう!」  「「ねぇねぇ、のだめさん? どうしたら真一クンのこと、許してくれる?」」  のだめの目の前に、一組のカップルが顔をのぞかせ、語りかける。  「……ぷっ!」  「あれぇ? のだめさんが笑ってるよ?」  「ほんとだ! のだめさん、ご機嫌直ったのかしら?」  「ひっ、ひっーーーっ! や、やめてっ……ぎゃはぁーーーっ!」  のだめは目の前で繰り広げられる状況に、たまらずふきだし、おなかを抱えて笑いだした。  のだめの目の前には、一組のテディベア。  真っ白な衣装を身に纏ったそのテディベアは、イタリアの小さな教会に飾ってあったものを譲り受けた、二人の思い出の品だ。  その、二体のテディベアを手にした真一は、アルトとソプラノで男女のテディベアの口調を使い分け、まるでパペットを操るように寸劇を繰り広げた。  ひとしきり笑い転げて、やっと落ち着いたのだめが真一に目をやると、困ったような苦笑いを浮かべて、頬を赤く染める真一がいた。  「羞恥プレイ……デスか?」  「……しらね」  お誕生日前にのだめさんのご機嫌を無事に回復した真一クンは、それはそれは甘いバースディを過ごしましたとさ。  真一クン、ハッピーバースディ! □照れ屋な恋人 □香水(ひょんそい) □2011.2.20 □芒果布甸/Mango pudding □http://hongsoi.hannnari.com/ □kyari.sky★orange.zero.jp(★→@に変換) ※このファイルは、のだめファンによる二次創作小説サイト、芒果布甸/Mango puddingにて公開している小説をまとめたものです。 二次創作小説にご理解のある方に個人で楽しんでいただくためのものです。従って、無断で複製、配信、公開、改変等をすること、および第三者への頒布はされないようお願いします。